東京にいると、国境という概念が日々、
希薄になっているというコトを思い知ります。
銀座、新宿、あるいは渋谷。
かつて日本中から人が集まる場所と知られた街々に、
今では世界中から人が集まる。
そうした街のスターバックスに座っていると、
周りのテーブルから聞こえてくる会話が
みんな日本語じゃない‥‥、
ってそんなコトが日常的に起こるようになってきました。

ひと目で日本にやってきた人だなぁ‥‥、
ってわかる人たちもいる。
明るい色の髪の毛や瞳の人たちもいる。
けれど黒い髪、濃い瞳の色をした日本の人と
区別がつかない、けれどどことなく
「あぁ、この人は日本にやってきた人なんだろうなぁ‥‥」
と、思う小さなヒントを見つけるコトがある。

韓国から来たオトコの人たちの
スパッと切り落とされたもみあげと、
青々と刈り上げられた襟足。
光沢のある体にピタッと貼り付く素材のTシャツを、
体型あらわに着てのしのし歩くおじさんたちは、
おそらく中国からの観光客。
それぞれの国での当たり前のコト。
あくまで「訪問者として」異国情緒をたのしむだけならば、
お国らしさを通せばいい。
けれど郷に入っては郷に従え。
現地に溶けこむことでこそ、
はじめてたのしめるコトがたくさんあって、
例えば気軽な雰囲気のレストランで
「違和感をもって浮き上がってしまう」コトって
ちょっと勿体ないなぁと思ったりする。

見た目じゃないんです。
ふるまい。
笑い方とか陽気に騒ぐさわぎ方。
お酒を飲むとどうしても自分たちの
普段の楽しみ方が体からしみだしてくる。
シットリとしたフランス料理のビストロで、
陽気に「乾杯!」をくりかえし、
そこだけまるで宴会場のようになってしまって
ひんしゅくを買う。
勿体ないなぁ‥‥、と思ったりする。

そういうボクら、日本の人も案外
「やっちゃう」コトがある。




ハワイ。
日本にとってもっとも近いアメリカであり、
熱帯の開放的なるリゾートでもある。
そこには当然、日本人のように見える人も
たくさん住んでいるけれど、
日系人やアジア系の移民、住人も多く、
日本人として緊張を強いられるような息苦しさがなく、
居心地が良い。

歳をとったらこんなところに住めるといいわね‥‥、
って母はハワイが大好きだった。
家をもってまで住むのは大変。
けれど、ときおりハワイに来て
「生活しているような気持ちになって」日本に戻ってく。
年に2度ほどのリフレッシュメントのお供はたいていボクで
ずっと20年ほど。
ハワイに到着するとまず、訪れる場所がありました。

ホノルルを代表するショッピングセンター。
その中心にあるオープンエアの大きな広場にある
小さなカフェ。
ショッピングセンターにやってきた人が
かならず前を通る場所で、
広場に面した椅子に座って行き交う人を
2人でまずはボンヤリ眺める。

東京からやってきた飛行機は日付変更線を超えて
明け方、ホノルルにつく。
飛行機の中でぐっすり寝てもなお、
ハワイ時間のお昼すぎには必ず眠たくなるもので、
ホテルの部屋にじっとしてると、気づくと寝てる。
時差調節にそこで失敗してしまうと、
それから先のホノルルステイがつまらなくなる。
だから街にでて、お茶でも飲んでいれば
眠らずにすむんじゃないかと、
最初はそう思ってはじめた習慣。
眠るなんて勿体ないほど、街角観察はたのしくって、
しかも同時にためになるコトに気がついた。

「ここで住んでいる人たちのかっこいい」と、
「ここにやってくる人たちのかっこいい」が違うコトが
何度目かにわかったのです。




キッカケは母のいたずらゴコロ。
目の前を歩く人が、どこから来た、どんな人なのか?
ってコトを、当てあいましょうよ‥‥、と、
眠気覚ましのゲームをはじめる。
もともと人間観察が嫌いな方じゃないので、
ボクも大乗り気。
カメラを首からぶら下げた白髪うつくしい老夫婦をみて、
「アメリカの田舎町に住んでるご夫婦で、
 多分、ご主人が引退なさったのよ‥‥、
 その記念で夫婦水入らずのハワイ旅行なんて
 ステキだわ‥‥」。
あるいは
「あの人たちってなんで
 私たちはハネムーンで到着したばかりです、
 って格好をしているのかしら」
と、派手な揃いのアロハを着ている
若い日本のカップルをみて嘆いてみせたり。
「あのグループはオーストラリア人。
 ハワイ慣れしてるけど、ゴルフシャツを着ているのって、
 なんだかおしゃれじゃないわよね‥‥」
って見事に日焼けをしたおじさんたちをみては言うなど、
手厳しい。

そうこうしているうちに、あぁ、この人たちは
ハワイに住んでる人なんだろうなぁ‥‥、
とわかるようになるのです。
特に日系人。
顔つきや体格はボクらとほとんど変わらぬ人たちが、
颯爽と歩く姿に、
「ここに住むってこんなふうに装い、
 ふるまうってことかもしれない」
って思うようになってくる。

突然、母が立ち上がる。
「ワタシ、あの人にならなきゃいけないんだわ」
‥‥、ってそう言いながら、
とある女性の後姿を追いかけていく。
たしかにその人。
母と背丈がほとんど同じで、
黒髪にスッと伸びた背中の豊かな肉付きが、
遠目にみても母に似ている。
フワッとやわらかな質感の
落ち着いた色のワンピースを着て、
明るい萌黄の薄手のカーディガンを羽織った姿が
色っぽくも凛々しくて、なんだかステキにかっこいい。
彼女はショッピングセンターの中にある
アパレルショップに吸い込まれていく。
日本ではほとんど無名の婦人服の店。
何度もお店の前を通っているのに、目にも入らぬ店だった。
なのに中に入るとそこには、おしゃれな女性が
何人もニコニコしながら洋服選びをしているのです。

「何かお手伝いすることがございますか?」と言いながら、
近寄ってくるセールススタッフに、母はニッコリ。
「あまりにステキな女性をみつけて、
 思わずあとをついてきたらココのお店に入ってたんです」
と、正直にいい、ワタシをステキな
ローカルレディーにしてくださらない‥‥、って。
ノースリーブに薄手のカーディガンは、
室内の冷房が強いハワイの女性が好むスタイル。
最近のレストランや商業施設は、
強い照明で昼のように明るくするのがブームだから、
お洋服は深い色のモノを選ばれた方が、
光に映えるお洒落になると存じます‥‥、と。
それで母が選んだのが、深い緑のワンピースに、
光の加減で明るいオレンジ色から
渋い柿色に色合いをかえる
麻糸を編んで作ったカーディガン。
試着室から出てきた母は、日系マダムになっていた。
そのお店のスタッフに紹介してもらった
男性用のカジュアルウェアの店でボクは、
ハリのある麻の生成りの長袖シャツを選んでもらい、
見事ローカルボーイの装いとなる。




その夜、ボクらは当時話題のレストランにいき、
生まれて初めて
「ハワイにお住まいになってらっしゃるんですか?」
と言われる誉れに浴します。
母は思い切り背筋を伸ばして胸をはり、
「今は仮住まいなんですよ‥‥、いい家が見つかるまでの」
とほんの少しの嘘をつき、
「またのお越しをお待ちしております」
と言われて送り出される。
飲食店の人がお客様にかける言葉の中で
最高クラスの賛辞が、
「またのお越しをお待ちしております」という一言で、
ボクらはその夜、あっさりそうした言葉を引き出すコトに
成功したワケです。

それからボクらはハワイにくるたび。
そのカフェのその椅子に座って、
今のハワイではどんな装いがお洒落なんだろう‥‥、
って観察するのがたのしかった。

ところがここ4、5年のコト。
ファッション世界がグローバル化してしまった‥‥、
というコトでしょうか?
日本のお洒落とハワイのお洒落に、
昔ほどの差がなくなってきてしまってる。
母と一緒に、あの人たちステキね‥‥、って追いかけた
仲がよさそうな中年カップル。
日本の人かしら、それとも現地の人かしら。
遠くからではしゃべっている言葉の内容も聞き取れず、
どうなんだろう? って思った答え。

とある仕草でわかってしまう。
彼らは日本人であったのですけど、
はてさて何がキッカケでわかったのでしょう。
答えは来週、ごきげんよう。


2012-10-18-THU


© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN