ボストン産の活きたオマールがございます。
お二人さまで、とりわけされて
ほどよいサイズがございますので、
そちらをグリルでお召し上がりになってみては
いかがでしょうか?と。

お二人さま用。
Serving for Two。
実はそれまでボクはあまり
「お二人さま用」という料理が好きではなかったのです。
自分が好きなモノを互いに選んで、それを分け合う
レストランという場所ならではのシアワセを、
捨ててしまう。
そんな気がして、かたくなに。
どんなお店で薦められても固辞するコトがほとんどでした。
そもそも、2人以上でなくては作ってやらない‥‥、って
客商売にあるまじき横柄さを感じてしまう。
日本のレストランでも
「鍋料理」なんていうのがその典型で、
本来、二人分の手間をかけなくちゃいけないところを、
一人分の調理でお茶を濁して2人分の値段をとるのか‥‥、
と、どうにも好きになれなかったというのもあります。

けれどその日は支配人がこう続けます。

お一人さまには少々大きく、
しかしお二人さま用としては
いささか物足りないかもしれぬサイズでして、
けれどおそらく、味は抜群。
消化もよくて、夜のお腹にも
やさしゅうございましょう‥‥、と。
それもそうかと、それにする。

同じ舞台をみて、同じように感動をして、
その思い出を語らいながら
同じ物を分けあい食べる時間もいいかと、
しばらく待ちます。




ステキな夜を寿ぐシャンパンが、
キリッと冷えたシャブリに変わって
それも半分ほどが、気持よくお腹の中に収まった
その頃合いで、おまたせしましたと
大きな皿がテーブルの上におかれます。
赤く見事に色づいたオマール海老。
大きなハサミが壊れぬように細紐でくくられたまま、
まだ湯気のたつホカホカで、
殻のところどころには小さな貝殻や
フジツボのようなモノがこびりついていて、
長い時間を一生懸命、海の底で生きていたのでしょう。
ありがとう‥‥、大切にキレイに食べてあげるよと、
手を伸ばそうとしたらば、
すっとオマール海老をのせたお皿が持ち上がり、
いつの間にか用意されたワゴンの上にストンと移る。
支配人ともう一人。
サービススタッフがうやうやしく、
殻に収まっていた身をひきだして
お皿に食べやすいように盛り分ける。

目の前で最後の調理をしてくれる、取り分け料理。
小さな晩餐会のようなうやうやしさ。
周りのお客様の注目を集めてしまう優越感よりも
気恥ずかしさが先立つ、この大げさが
ずっと苦手でもあったのです。
けれどその日は、その大げさが心地よかった。
オペラという大げさに大げさを重ねる、
非日常的なドラマの続きが
今、目の前で繰り広げられていると、
そう思うとなんだかウットリしてくる。
ついさっきまで、オマール海老の形をしていた
真っ赤な物体がみるみるうちに、
おいしげな料理に変わっていく様。
ドラマの続き。
大きな爪が、まるで手袋を脱ぐように
スルンと器用に抜けて、
プルンと爪の形の身が飛び出してきたときには
拍手をしたくなるような気持ちになった。
一尾のエビが、ちょうど半分づつを分け合う形で
2人前の料理ができる。
恋する料理だ‥‥、
って勝手にロマンティックになっていたらば、
厨房の中からシェフが小さな鍋を手に、
飛び出してきてボクらのお皿に
エビの殻からとったソースをタランとかける。
お腹がなって、「花より団子・恋よりオマール」。
ふたりは夢中でその一皿を平らげた。




今でも彼女とこの日の夜のコトを話すと、
見事な舞台とふたりで
ひとつのエビを分けあい食べたという、
2つのコトで盛り上がる。
実はそれまでボクは彼女がとても鼻っ柱が強い、
扱いにくい女性とばかり思ってた。
気まぐれで、それまで何かに執着していたかと思うと、
プイッと気持ちを他にそらして周りのボクらを翻弄する。
男兄弟の中でただ一人の女の子として
甘やかされて育った、扱いづらいわがままさん。
そう思っていて、だからその日はちょっと緊張していた。
ところがボクと同じ料理を食べながら、
彼女がつぶやく一言ひとことが
ボクが感じるのと同じような内容なのに、
ちょっとびっくり。
何より彼女の、人を観察するのが好きで、
その観察眼のちょっと意地悪で、
でも愛情に満ちたところがいいなと思った。
それは彼女も同じだったようで、
ずっとボクを新しもの好きで
自分が大好きなひとりよがりな
生意気な奴と思っていたのだという。
まぁ、当たらずとも遠からずなところもあるけど、
彼女はボクにこう謝った。

私はあなたのコトがかなり好きかもしれない。
新しもので自分が好きなコトにかわりはないけれど、
人をたのしませることが好きな
決してひとりよがりさんじゃないってコトが
わかって今日は良かったわ‥‥、と。
それに私、自分が好きじゃない人を、
好きになることはできないから‥‥、って。

ただその「好き」という言葉は
「Love」ではなくて「Like」であった。
そこがとても彼女らしくて、むしろホッとしたのだけれど、
互いの理解を深めることが
「お二人さま用」の料理が持ってる魔力なんだと、
そのとき思った。
同じ物を食べて互いの共通点や、
異なるところを伝え合って理解し合う。
同じモノを前にして、これだけ違った感想をもてた、
それもステキな発見だろうし、
もしかしたら同じ舌をもって生まれてしまったのかもと、
運命的を感じることもステキのひとつ。
だからそれから、「二人用」。
あるいは同じ料理をみんなで分け合うときには、
これぞ相互理解の絶好の機会って
みんなで感想を言い合うコトにしています。
鍋の季節もそう考えると、
みんなが仲良くなる季節なんだなぁ‥‥、と。

だからエマが
「お二人さま用のメニューがあるわよ‥‥、
 なんだか試してみたいかも」
と、言ったときにはあまりの意外にびっくりしました。
彼女は誰と相互理解を深めたいのか?
その相互理解は果たして成功裏におわるのだろうか?と。
スリリングにしてエキサイティングな話が次に続きます。


2012-02-16-THU




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