今日は、何回、ワタシのところに
お店の人がやってきてくれただろう?
それもおべっか使いではなく、
真剣な表情とともに料理を運ぶ。
あるいはワタシたちのためになる
何か作業をしにきてくれる。
その回数の多さ、少なさがサービスの良し悪しをきめる、
ひとつの指標‥‥、とボクは思ってます。
当然、回数だけがすべてではないけれど、
だれにでも分かりやすくて、しかも人に伝えやすい。
好き、嫌い。
個人的な感覚や主観的な価値観に左右されない、
数字で表現することができる客観的なおもてなしの指標。

そう考えると、居酒屋なんて
素晴らしくサービスがいいお店だというコトになる。
小さな食器に収められた愛らしい料理が出来上がるつど、
テーブルにひとつひとつ運ばれる。
アルコールのお替りをするたび
グラスがうやうやしくも運ばれる。
何度も何度も、料理やお酒が運ばれて、
しかも運がよければそのたび、
お店の人の笑顔がもらえる。
海外から来た人に、
気軽な日本の良いサービスを
味わってもらおうというとき、
一番良いのは繁盛している元気な居酒屋。
言葉が通じなくても、
何度も何度も料理ができるたび運んでくれる、
その気遣いに
「こんな値段でこんなにサービス良くしてもらって」
と、必ず満足してもらえます。

かと思うと、高級な日本料理屋さんで
宴会でもしましょうか‥‥、と。
予約までして到着したら、
なんと、料理がズラッとテーブルの上にもう並んでいる。
そのまま宴会がスタートできるというのは便利。
けれど、果たしてそれをもって
サービスがいいと思うかといえば、
「手抜きだなぁ‥‥」と言われるのがおち。
そこの料理がたとえどんなにおいしくっても。
そこのお店が名前が通った高級な店だとしても、
みんなの記憶に残るのは
「サービスを、はしょられてしまった」
というコトになる。

とは言え、回数だけ重ねればそれでよし‥‥、
というコトでもないのは当然。
ボクは「サービスの回数とお客様の満足」の
関係を説明するのに、
エアラインでの食事の提供のあり方を例に
考えるコトにしています。




通常、国際線の飛行機の中には、
ファーストクラス、ビジネスクラス、
エコノミークラスという3つのクラスが用意されてる。
座席の大きさ。
シートの背もたれが倒れる角度などなど、
ハードウェアの快適さがまず違う。
けれどそれ以上に、違いがでるのがサービスレベル。
そもそもキャビンアテンダントひとりあたりの乗客の数が
クラスによって違うのですから、しょうがない。
当然、ファーストクラスが最もサービスが良く、
エコノミークラスは合理的なサービスが
提供されるとされています。
そして、その違いがよくわかるのが機内食。

エコノミークラスでは、
すべての料理がトレーの上に並んできます。
サラダやパン、前菜などの料理が
ズラッと並んだトレーに、
メインディッシュをひとつ選んで並べてもらう。
合理的な提供方法。
多くの人の食事を、短時間で提供しようと思うと
こうしたやり方をしなくちゃいけないのでしょうネ。
乗り物で食事をするということは、
つまり「駅弁」みたいになるんだろうなぁ‥‥、と。
しょうがないことなんだろう‥‥、と。
そう思っていて、
ところが生まれてはじめてビジネスクラスにのったとき。
それはそれはビックリしました。

お食事の準備ができましたと、
キャビンアテンダントがいいながら
ひとりひとりのテーブルの上に
テーブルクロスをひいいていく。
その儀式からまず機内食がスタートするんです。
ナプキンにくるまれたナイフフォークに、
ソルト&ペッパーの小さな容器がキレイに並ぶ。
お水がグラスで供されて、
「食前酒でもいかがですか?」
ゆっくり飛行機の中がレストランに変わってく。

お待たせしましたと前菜のお皿がやってきます。
テーブルクロスの上にはお皿。
お皿だけ‥‥。

そうだ、なるほど、そうなんだ‥‥、と、
ボクは本当に感動しました。
何がなるほどと言えば、そこにはトレーがないのです。
エコノミークラスの食卓はトレーで覆われ、
だからあくまでそこは飛行機のシートのテーブル。
決してレストランのようには見えない。
トレーからの開放こそが、人間的で上等な食事の証。
と、そのときボクは思ったのです。
当然、料理は何度も何度も運ばれます。
運ばれるたび、前の料理のお皿はなくなり、
新たなお皿で景色が変わる。
ときに和食の松花堂のように、
箱型の器にいくつかの料理が盛り込まれたものが
一度にやってくることはある。
けれど、箱は箱だけそこにおかれて、
決してトレーと一緒に置かれることはないのです。

日本のバフェ(ビュッフェ)にあって、
アメリカのバフェにないモノ。
それはトレーです。
日本の人はいくつものお皿を
ズラリと並べて食事をしたがる。
アメリカの人はコースをたのしむように
一皿、一皿、食べ進めていく。
大きな一皿にいくつもの料理を盛るのを好むアメリカ的。
ひとつの料理が入った小さなお皿を
いくつも用意するのを好む日本的。
アメリカ的ならトレーは必要ないモノで、
一方、日本的な食べ方をしようと思うと、
トレーにお皿を並べる方が便利で快適。
だから日本ではかなり高級なバフェレストランでも
トレーが用意されている。

問題はトレーはトレーであって、
本当は料理を運ぶためだけのモノ。
例えば家庭で、おかぁさんがお盆に乗せたおかずを
そのまま、テーブルの上にお盆ごと置いたとしたら、
あれっ? て思う。
なのになぜだか、
バフェレストランではほとんどの人が
料理を運んだトレーをそのままテーブルに置き、
なんの疑問も持たずにそんまま食事をはじめる。
その景色。
あたかも社員食堂やセルフサービスの学食で
食事をしているようですよね。
そしてそれはまさにエコノミークラス的であって、
ビジネスクラス的ではない。




ホテルの高級バフェにいて、
学食的なる食事をしている人をみると、
おしゃれじゃないなぁ‥‥、と思います。
上等とエレガンスはトレーから食器を解放するコト。
だからボクは、トレーで食器を運ぶことがあっても、
必ず食器をトレーから直接テーブルの上に置き、
それから食べる。
用を終えたトレーは近くにいるお店の人に手渡すか、
あるいはバフェカウンターまで戻しに行けば
テーブル周りもスッキリします。
まるで誰かがボクの代わりに整えてくれたテーブルで
食事をはじまるような気持ちにもなれたりします。
とってもステキ。
バフェだけじゃなく例えば
セルフサービスのファストフード。
スターバックスやマクドナルドでも
トレーをはずせばまるで
カフェレストランのテーブルのようにみえてくる。
カメラのレンズを向けて写真を撮るとテキメン。
トレーがあるとないとでは
まるで違ったお店の料理のようにみえてくる。

レストランのランチタイムで、
トレーやお盆に一人前の料理をあれこれのせて
一度に持ってきて、
そのまま置いてそれでおしまい‥‥、
ってお店がよくある。
お昼ごはんは時間をあまり使えぬご飯。
だから一度に料理を運んで差し上げるのが、
お客様にとっても都合よく、
けれどトレーのまんま
おいてこなくちゃいけない理由はどこにもない。
後片付けが簡単になるという理由が
一番大きいのでしょう。
ボクはまず、自分のお店のランチでは、
トレーに乗せたランチに絶対せぬように‥‥、
と心がけるようにしたのです。
一度で持ってく。
一度で下げる。
合理的だけど味気ない、
そんなランチにしたくなくって、
まずはすぐにお出しできる前菜のようなモノを出し、
それからスープ。
なるべくテーブルの上で取り分けるよう、
そしてお替りもできるようにと
大きなボウルにたっぷりいれて持っていく。
料理ができたら、ご飯と一緒に持って行き、
様子をみながらご飯のお替りいかがですか? と。
ただこれだけで、ボクはお客様のところに5回。
必ず近づき、そのたび笑顔で一言、ふた言、
会話ができる。

ただこれだけでは、理想のランチにはまだほど遠い。
ヒントは実はファーストクラスを利用したときの、
ある思い出にありました。



2011-07-21-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN