建築内部の空間を決定づける要素には、
素材の種類やスケール感など
さまざまなものがありますが、
なかでもいちばん大事なのは、光だと思います。
毎日くり返し東の空から昇って西の空に沈む太陽。
四季をつくるのは、この太陽の光です。
そんな光を建築の中でどう扱うのか、
どう取り込むのかを想像=創造することが、
設計の大切なポイントとなります。
スケッチし、図面を描いて、模型をつくる。
設計を進める上で欠かせないこのプロセスは、
なによりも空間における
光の効果を検討するためにある、
と言っても過言ではありません。

凱風館では、3つのガーデンテラスや
窓などたくさんの開口部が、
外部から光を取り入れる装置となっています。
そこから内部に入ってきた太陽の光が
それぞれの空間に対して
どのように機能するかを考えました。
例えば玄関を入ってすぐ左手の壁。
ここには4枚のガラスが
京都美山町の土壁の中をスリット状に貫入しています。
ガラスを面として使用しないで、
壁にそのまま刺しているのです。
これは、シャープな光によって
来客をゆっくりと道場のほうに
吸い寄せられないかと考え、
玄関に入ってくる人の目の高さにデザインしたものです。
特に西日が壁に当たった時、
土壁の中に4本の光の線が輝いて、
人々の運動を誘発するように演出したいと考えたのです。

▲道場へと誘う光の4本線

太陽の光はつねに運動しています。
季節やお天気にも影響されるので、
まったく同じ光というものは存在しません。
そうした日々の変化を発見しやすいような空間づくりを、
凱風館では目指しました。
そこで大切な役割を果たすのが、カーテンです。
ひと口にカーテンと言っても、
多種多様な素材やデザインがあり、
選び方次第で空間に新しい表情を与えるものです。
壁や床、柱などの直線が作りだす
ハードな境界とは対照的に、
布という素材が光を調整することによって、
カーテンは内部と外部を
じつに柔らかく仕切ってくれます。
凱風館ではすべてのカーテンの選定と制作を
テキスタイル・デザイナー・コーディネーターの
安東陽子さんにお願いしました。
安東さんは、伊東豊雄氏、隈研吾氏、青木淳氏など
世界的に活躍する建築家たちと
多くのプロジェクトを完成させてきた、
第一線で活躍中のプロフェッショナルです。
布という素材の可能性や、
空間を柔らかく分節する可能性を追求する彼女の仕事は、
いつも驚きの連続で、高い創造力に満ちています。
なにより決まったスタイルに固まることなく、
つねに自由な感覚で
空間と向き合っているのが素晴らしくて、
いつか一緒に仕事をしたいと思っていた方なのです。

▲安東さんの代表作のひとつ、
 多摩美術大学の図書館のカーテン(設計:伊東豊雄)

といっても、お名前は存じあげていましたが、
お会いしたことも
お顔を拝見したこともありませんでした。
建築家の藤原徹平さんが個人で初めて設計した
住宅の完成内覧会に出かけた時のことです。
完成したばかりのカーテンにアイロンをかけたり、
縫製の確認をしながら、
地べたに座り込んで仕事をしている女性がいました。
すると、藤原さんが
「この方がカーテンをやってくれた安東さんです」
と紹介してくれました。
ちょうど凱風館のカーテンをどうするか
悩んでいた時期でしたので、
またしても勝手に運命を感じてしまいました。
思い切って出会い頭に
凱風館のカーテンを依頼したところ
「いいわよ、今度打ち合わせしましょう」
という返事をもらいました。
聞けば安東さんも内田さんの読者で
多く著作を読んでいるとのことで、
施主がその内田さんということに驚かれていました。

安東さんと打ち合わせをしていると、
当然のことかもしれませんが、
研ぎすまされた感性と、それに裏打ちされた
空間認識のスピードの凄さに驚かされます。
なんというか、図面と模型を見ながら
僕の事務所で打ち合わせしている時も、
実際に凱風館の現場に来てもらって
あれこれ検討している時も、
たくさんの言葉を費やす必要がないのです。
初めて会った時から
どこか本質を見抜かれているとでも言うか、
言葉で伝えなくても分かってくれているのが
顔の表情からも伺えます。
これぞプロだと思いました。
もちろん施主の内田さんとの打ち合わせでも、
丁寧に要望やイメージを聞き出して、
提案を固めていきます。
この“言わなくても分かる”感覚を共有するというのは、
かんたんには
たどり着くことのできない境地だと思いますが、
安東さんは、ご自身の感覚と
柔軟なコミュニケーション力で
短時間でこうした信頼関係を築き、
仕事を進めていきます。

▲初めての打ち合わせで
 たくさんのサンプルを持参してのプレゼン。
 凱風館にて

▲現場を見に来てくれた藤原さんに、
 更衣室の暖簾を説明する安東さん

安東さんのつくるカーテンは
単なるカーテンではありません。
空間に対する想像力から生み出されたものであり、
建築を構成する壁や床、天井と
なんら変わらない大切な要素のひとつなんです。
凱風館がどのような建築で、
なにを意図して設計が進めているのかについて説明し、
抽象的なコンセプトのレベルと、
具体的な空間の見え方や光の入り方の
両面から話し合った結果、安東さんは
「パブリック/セミ・パブリック/プライベートな
 3つの空間としての特徴を分節するのではなく、
 柔らかく繋げるような素材の選び方」
を提案してくれました。
近隣からの目線を考慮して、
道場には耐久性の高いロール・スクリーンを導入し、
それと同じ布に着色をほどこしたもので
男女更衣室の暖簾(のれん)をつくってもらいました。
この布は裏と表で濃淡の異なる表情をもつので、
書生部屋と書斎のカーテンも道場とは
色違いの同じ布を使って計画しました。

▲道場の窓のロールスクリーン。
 窓越しに見えるのが脩二さんの瓦の塀

キッチンやロフトには、オーガンジーの素材を
あしらった光を優しく透過する布を採用し、
同じ素材のグリーンをアクセントとした
カーテン・パネルを
2階のガーデンテラスに使うことで、
光のグラデーションを演出することができました。
プライベートな寝室は、遮光性を高めるためと
目線をシャットアウトする必要から
カーテンを二重にしました。
このように安東さんのプランは、
機能性と美的感覚のバランスがとても心地よく、
打ち合わせもいつも楽しいものでした。

▲ガーデンテラスからグリーンのカーテン・パネルを通して
 セミ・パブリックな客間に差し込む冬の朝日

▲カーテンの重なりが生む光のグラデーション

彼女はご自身のことを
「テキスタイル・デザイナー・コーディネーター」と
称しています。
テキスタイル(=布地)という素材を最大限に駆使して、
建築空間をより豊かで魅力的なものにするために、
光との共演を演出するんです。
彼女のようにカーテンのことを考え、
活用した人はいないと思います。
これまでの建築設計では、
カーテンはお施主さんの好きなようにどうぞ、
というのがふつうでした。
しかし、建築にとって光がいかに大事であるかを知れば、
カーテン一つとっても空間を圧倒する存在になりえます。
そこに安東さんはチャレンジしているんだと思います。
テキスタイル・デザイナー・コーディネーターとして、
まさに建築界に新しい風を吹き込もうとしている
パイオニアであることは間違いありません。
今年「安東陽子デザイン」として独立した安東さんからは、
テキスタイル・デザイナー・コーディネーターという
新しい職業を切り開いていく責任感を強く感じました。
それが高い水準でデザインされたテキスタイルを
つくっていく原点ではないかと思っています。

▲完成したてのカーテンをバックに、
 お稽古途中の内田師範、安東さんと記念撮影

次回につづきます。

2011-11-18-FRI
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