大竹昭子さん、写真のたのしさ、教えてください。

2「いい写真集」ってなんだろう?

── この写真集を読んでいる間、
次は何だ? 次は何だ? と
ページをめくっていくのが楽しみでした。
そして、すぐにもう一回
読みたいと思って。
大竹 ああ、それは、
ほとんど写真を撮ってるのと、
同じ感覚になっていたんじゃないのかな。
── えっ?
といいますのは?
大竹 これらの写真には、ものすごく特殊なものが
写ってるわけではないですよね。
でも、もう一回読みたくなったってことは、
何かに惹かれたってことですよね?
── はい、
とっても惹かれるものがありました。
大竹 惹かれるものを感じながら
ものを見てるときって、
写真を撮ってる状態に、
すごく近いんじゃないかと思うんです。
たとえば、日常生活の中にも、
なーんか気になって、
すぐ目がいってしまうものってありますよね。
── ただ、見えているだけじゃない何か、ですか?
大竹 そうそう。たとえば、
隣の塀から突き出ている妙な形のものとか、
デスクの上のペン皿とスタンドの間の距離とか、
ハンガーにかかっているセーターの
だらんとした片袖とか。
そういう、
どうってことないものを見ているときって、
自分の心が、無意識と意識の間で
揺れているんですね。
つまり、心のカメラで写真を撮っている。
だから、本物のカメラでシャッターを切っても、
結構いい写真になるんじゃないかと思うんです。
── ほんとうにそうかもしれないですね。
お話を聞いていて思い出したのですが、
通勤路だとか、
そういうなにげなくいつも目にしている風景を
引きで写真に撮ると、
「とある路地の風景」というふうに普遍化されて、
写真になったときに、
全然知らないところに見えるらしいんですよ。

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大竹 それ、よく分かります。
── ということは、人はふだん、
自分では気づかないうちに
カメラみたいに
フォーカスをどこかに当てて
「もの」を見てるんですかね?
大竹 そう、引いたり、寄ったり、
フレーミングしていたり、
トリミングしたりして見てますよね。
ただ、そうしていることを、
自分ではほとんど意識してないです。
だから写真に撮ってみて驚くわけです。
あれ、こんなふうに見てたのかと。
それと、気象や光の状態によっても、
風景の見え方は変わりますよね。
── 雲が多くて暗かったり
雨が降っていたりすると、
昼間でもなんとなーく
不穏な感じに見えたりもしますよね。
大竹 つまり、人が何かものを見るときって、
自分の気持ちを介して見ているんですね。
カメラは機械ですから、
カメラのメカで撮るわけですけど、
ファインダーをのぞいたり、
出来あがった写真を見るニンゲンのほうは、
意識を持っている。
だから同じものが一回ごとにちがって見える。
── よく「心の目」なんて言いますけど、
結局は見たものに何を感じるか、なんですね。
大竹 そう、そう。だから優れた写真は、
見る側の意識をも変えてしまうんです。
たとえば、写真集を一冊見て外に出ると、
目の前の風景がぜんぶ、
さっき見た写真のように
見えることってありませんか?
── あります、あります。
その写真家の目線や角度で、
ものを見てるってことですね。
大竹 そう、そう。
だから、そういう変化が起きるかどうかが、
いい写真集かを判断する
一つの基準になるとも言えます。
── なるほど。
大竹 今日は街がとてもきれいに見えるなあ、
と思ってよく考えると、
その前にとってもいい写真を見ていた、
なんて場合があります。
文字通り、目が洗われるんですね、きっとね。

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大竹 でもね、これまでの話と矛盾するようだけど、
写真集って、編み方次第で
一冊できてしまう部分もあるんですよ。
── どこに、どの写真をどう入れるか、
いかようにも構成できるということですね。
大竹 極端な言い方をすれば、
編み方によって、
実力以上のものを作れちゃうこともあります。
── でも、たくさんの名作から
選び抜いて作った写真集とそれを比べると、
どうですか? 
大竹 それが、不思議なことに分かっちゃうんですよ。
少ないものから編んだのか、
写真の森をかきわけて作ったのかっていうのは。
なんか発するエネルギーがちがうというか、
視線の密度に差が出るんですね。
── ああ、やっぱり。
大竹 写真というのはすごく繊細で、
曖昧さを持ったものです。
それで、その曖昧さは
どこから来ているかというと、
結局は人間の意識の
あやふやさではないかと思うんですよ。
この「あやふやさ」って
決して突き止められないでしょ。
だから写真が曖昧なのは宿命なんです。
それを捨ててしまうと、写真らしくなくなる。
人間が作ったものらしくなくなるんです。
(続きます)
2008-11-05-WED
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