第5回 コーヒー。

志谷 ただ‥‥コーヒーで生きていこうと思ったら、
そうじゃないことを
いっぱい考えないといけないじゃないですか。

その自信が、ないです。
糸井 そうじゃないことって?
志谷 お店の経営の方法だとか
「コーヒーをおいしく淹れる」以外のことを
考えたりしているうちに
コーヒーをおいしく淹れたいという思いから
ずれたり‥‥してしまいそうで。
糸井 そんなふうに考えそうなんだ、自分が。
志谷 はい。
糸井 だったら、そうなるんじゃない?
志谷 えっと‥‥。
糸井 で、失敗するんじゃないかな、一回。
志谷 それは‥‥こわいです。
糸井 推薦状にも書いてあったと思うけど、
どうしてそんなに「臆病」になるの?
志谷 うーーん、わからないです。

柿添くんの言う「悪意に弱い」というのは
たしかに、そうだなと思うんですけど。
糸井 僕だって、弱いよ。
志谷 ‥‥ほんとですか?
糸井 僕だって弱いし、
それは、僕や志谷さんだけじゃなくて
誰だって弱いよ。
志谷 そうなんでしょうか?
糸井 ちょっと「先輩がた」にも聞いてみる?

先に「志谷さん」を知っていた僕たちは
言えることだけを、言いました。

僕たちが、志谷さんと会って思ったのは
たしかに
「気が弱くて、臆病」なんだろうけど
根底には
「みんながつらい思いをするのは、嫌だ」
「これから社会に出ようとしているのに
 どうして、
 楽しい気持ちになれないんだろう?」
という思いがあるんだなって、感じたことを。

糸井 なるほどね‥‥。

あのさ、志谷さんってさ、自分のことを
「正円」みたいなイメージでいる?

「まんまる」でありたい、みたいな。
志谷 それは、はい。できるなら。
糸井 僕は、学生と社会人のあいだに
何か差があるとしたら
「まんまる」なのか「ごつごつ」してるか、
その差だと思ってるんです。
志谷 まんまると、ごつごつ‥‥。
糸井 つまり、ここにいる人たちって、
みーんな「ごつごつ」してるんですよ。

自分とこの社員を褒めるわけじゃないけど
その「ごつごつ」が、それぞれ、
その人の「おもしろさ」になってるの。
志谷 そうなんですか。
糸井 でもね、みーんな、
はじめは「まんまる」だったんだよね。

それが社会に出て、いろんな経験をして、
だんだん、だんだん、
「ごつごつ」になってくるんです。
志谷 へぇ‥‥。
糸井 志谷さんくらいの年齢だと
まだ「自分のフォームは変えたくない」とか
思ってる時期かもしれないけど。
志谷 フォーム‥‥ですか。
変えたくないことは、もちろんあります。
糸井 これ、助言になるかわからないんだけどさ、
僕、あなたと同じくらいの年齢のとき、
面接試験に行って
ケンカして帰ってきちゃったことがあって。
志谷 えっ。
糸井 面接官の人に
「得意なことは何?」って聞かれたんだけど
特に思い浮かばなかったから
「特にないです」って返事したんですよ。
志谷 ‥‥はい。
糸井 そしたら次に
「じゃあ、
 どんな商品のコピーを書いてみたい?」
って聞かれたから、
「うーん、そういうのもないです」
って答えたんです。

本当に、なかったから。
志谷 はい。
糸井 そしたら面接官、急に怒りだしちゃって。
志谷 えー‥‥。
糸井 「得意なことが特にない、というのは
 ぜんぶ得意だって
 言ってるのと同じことだぞ!」って。
志谷 ああ‥‥。
糸井 もう、その時点で
「あ、オレはこの会社には縁がないな」
と思ったんですけど、
考えてみれば
オレはオレで「小生意気」だったから
「フォームを変えなかった」んですよ。
志谷 はい、なるほど。
糸井 そこ、別に行きたい会社じゃなかったからね。

でも、もし、あの会社が
「本気で行きたい会社」だったら? 

今、話をしながら考えたんだけど、
もしも、
あの会社が「本気で行きたい会社」だったら
「ぜんぶ得意だって言ってるのと
 同じことだぞ!」って怒られたたときに
別のスイッチが、入ったかも知れないんです。
志谷 別の‥‥スイッチ。
糸井 つまり、
素直に「フォームを変えた」かも知れない。

「本気で入りたい会社」だからこそ
「フォームを変え」たっていい。

そのことを、わかっているだけで
学生さんの「呼吸」は
ずいぶん楽になるんじゃないかと思います。

志谷 でも、そういう「本気で入りたい会社」が
僕にも見つかるでしょうか。

こんなこと聞いても
しょうがないかもしれないですけど‥‥。
糸井 あなたがコーヒーの話をはじめたときに
コーヒーやればいいのにって
僕は、けっこう真剣に思ったんだけどね。
志谷 本当ですか。
糸井 あなたの淹れるコーヒーがおいしいのかとか、
何かめずらしい特徴があるのかとか、
そんなことは知らないけど、
そんなに「コーヒーが好き」なんだったらさ。
志谷 好きです。
糸井 コーヒーをやるのは、自分のお金ですよね。
繁盛するのも潰れちゃうのも、自分の責任。

お客さんにワガママを言われたときに
どういう態度をとるかまで含めて、本気です。
志谷 はい。
糸井 逃げられません。
志谷 ‥‥はい。
糸井 コーヒー屋やってて
お前のコーヒー、まずいよって言われたら、
本気で怒りますよね。
志谷 そう思います。
糸井 たぶん、そのときの志谷さんは
採用面接の試験場に座ってる志谷さんより
ぜんぜん「本気」なんじゃない?
志谷 ‥‥そうだと思います。
糸井 だったら「そっち」なんじゃないのかな。

だからもう、軽トラ一台ででも何でも
コーヒー屋さんを
はじめちゃえばいいのにって、思ったの。
志谷 ‥‥‥‥‥‥。
糸井 京大出らしいぜとかって噂が立ったりしてさ。
志谷 ‥‥はは。
糸井 コーヒーやってから勤めたって、いいんだし。
志谷 そうか‥‥。
糸井 たぶん「フォームを変えない」というのは、
そのくらいの覚悟が要ることだよ、本当は。
志谷 はい、そう思いました。
糸井 コーヒー屋をはじめるのに
どれくらいかかるとかって、知ってる?
志谷 知らないです。
糸井 知っといたほうがいいね。
志谷 ‥‥はい。
糸井 豆を仕入れるルートは?
志谷 わからないです。
糸井 調べといたほうがいい、念のため。
志谷 ‥‥はい(笑)。
糸井 有名なコーヒー屋さんの多い京都って町で
京大出の、
ひとりぽっちのコーヒー屋が
ケンカ売ってるとしたら
けっこういい度胸してるよね、そいつ。

「コーヒー屋になれば?」という助言は
「極論」なのかも知れません。

でも、あとから話してわかったことですけれど
このとき、その場にいた僕たち全員が
理由はうまく説明できないものの
志谷さんのことを
「なんか、うらやましいな」と思っていました。

そして当の志谷さんは、
今日でいちばん、身を前に乗り出しています。

糸井 つまり、こんなふうに
面接で「コーヒーの話」をしたかったの?
志谷 はい。だから、うれしいです(笑)。
糸井 でも、これはしょうがないことなんだけど、
志谷くんのコーヒーの話を
本当に興味を持って聞いてもらえるのって
「面接の場」ではないんだ、たぶん。
志谷 そうなんですか?
糸井 どこでもいいけど、どこかの会社に入って、
うれしいこととか、大変なこととか、
仲間といっしょに、いろんなことを経験して
ようやく「3年後」くらいに
「志谷のコーヒーの話、聞いたことある?
 なんか、いいんだよ」
とかって言われ出すんだよね、たいがい。
志谷 ああー‥‥。
糸井 まったく同じ話でも、さ。
志谷 はい。
糸井 ‥‥こういう展開になるとは思ってなかった。
志谷 僕もです(笑)。
糸井 ふつうの企業も受けるんでしょう、やっぱり?
志谷 たぶん、受けます。
糸井 受けてどうなるか、だよなぁ。
志谷 そうですね、はい。
糸井 で‥‥仮にダメだったときにでもさ、
すでに「コーヒー」のことが頭にあるから‥‥。
志谷 はい(笑)。
糸井 や、やっぱり見たいわ、そのコーヒー屋。
志谷 うーーん‥‥(笑)‥‥あの、糸井さん。
糸井 はい。
志谷 僕のこと、今日、どう思われましたか?
糸井 ふつうの子。
志谷 ふつう。
糸井 だいたいの子は、ふつうの子。
志谷 そうですか。
糸井 特別だなって子は、あんまりいないよ。

その年で「すごいなー!」って子も
あんまりいないし、
逆に、
こりゃダメだーって子も、いないよね。
志谷 そうなんですか。
糸井 だって、みんな、
まだ「ちっちゃいコーヒー豆」が並んでる
みたいなもんなんだからさ。
志谷 ‥‥はい。
糸井 ‥‥で、肝心なこと聞くけど、
おいしいんですか、あなたのコーヒーは?
志谷 自分では、おいしい‥‥と思っています。
糸井 じゃあ、僕にも飲ませてもらえます?
志谷 えっ、いいんですか!?
糸井 もし、よろしければ。

最後、コーヒー好きの就活生が、
面接官に
一杯のコーヒーを、真剣にふるまいました。

こうして、時間にして2時間半にもおよんだ
世にもめずらしい「面接」が、終わりました。

<つづきます>

2012-04-26-THU