第4回 面接。

2011年2月下旬。面接、当日。

早朝に京都を出た志谷さんは
約束の時間より、だいぶ早く到着しました。

その強張った面持ちから
かなーり「緊張」しているのがわかります。

会話をしても長く続きませんし、
お茶を飲むペースが、超はやい。

同室にいた僕たちは
志谷さんの「緊張感」を共有したまま、
黙しがちな時間を過ごしました。

‥‥20分ほど、経ったころでしょうか。

「ふんふふーーん‥‥」と
いつもの社内ミーティングと変わらない感じで
鼻歌交じりの糸井が入って来ました。

「面接」は唐突に、はじまりました。

糸井 あ、あなたがメールをくれた学生さん?
よろしくお願いします。糸井重里です。
志谷 はい、志谷啓太と申します。
今日は、よろしくお願いします!
糸井 あなた、いいお友だち、持ってますね。
推薦状、読ませてもらったけど。
志谷 あ、柿添くんのことですか?
糸井 ああいうお友だちを持っていると
あなたの点数も、上がりますよね。
志谷 ‥‥僕も、そう思います。
糸井 だって、みごとな推薦状でしたから。

必ずしも、あなたのことを
すべて肯定しているわけじゃないって部分が
きちんと、表現されていて。
志谷 はい。
糸井 企業にしてみたら、彼は「ほしい人」かもね。
志谷 はい、彼は就職、うまくいくと思います。

いったい、どんなことになるんだろうと
思っていた「面接」ですが
なんだか、すうっと、はじまった感じでした。

今、ここにいる人たちは
全員が「面接」のために集まっていますが、
でも、世間一般の「面接」とは
やっぱりだいぶ、ようすがちがいます。

糸井 大学では、何をやってらっしゃるんですか?
‥‥「面接」みたいなこと聞くけど(笑)。
志谷 僕が通っている「総合人間学部」というところは
わりと何でもありなんですけど、
僕は主に「プログラミング」を学んでいます。

でも、卒業研究では
すこし、ちがうことをしたいと思っています。
糸井 ほう?
志谷 僕、コーヒーを淹れるのが好きなんです。

だから、コーヒーのことで
何か、できないかなって考えていて‥‥。
糸井 へぇー‥‥。
志谷 今日も、コーヒーを淹れる道具を一式、
持ってきたんです。

もし、何もしゃべれなくなったときには
コーヒーを淹れようと思って。
糸井 あはは(笑)。

でも、そんなに好きなんだ、コーヒーが。
志谷 はい(笑)。
糸井 僕も好きですよ、コーヒー。
志谷 わあ、ほんとですか?

志谷さんの「大切にしてきたもの」のひとつは
「コーヒーを淹れること」でした。

だから、その話題を出すことができて、
ずっと、キッと結ばれていた志谷さんの口元が
すこーし、緩んだように見えました。

糸井 そもそも「なぜ僕に面接してほしいのか」を
もう一回、聞いてもいいですか。
志谷 はい。

僕は面接の場で、志望動機だったりとか、
その会社について話すことより、
僕自身に関して
もっと知ってほしいという思いがあるんです。

それを知ってもらってから、
合格なら合格、
不合格なら不合格をつけてほしいんです。
糸井 その気持ちは、わかる。
志谷 つまり「僕が大切にしてきたもの」について
もっと「雑談」させてもらえたら
わかってもらえるのにな、と思っていて‥‥。
糸井 つまり「コーヒーが好きなこと」だとか?
志谷 はい。
糸井 コーヒーが好きで
大学ではプログラミングを学んでいるけど
コーヒーのことで卒業研究をやろうとしている、
そういう学生なんですけど
この会社で
いっしょに仕事させてくれませんかって?
志谷 そうです、はい。
糸井 あの‥‥僕なんかが勝手に思うのは
「その姿勢で、いい」気がするんですけど
ただ、面接官は
あなたのことを「愛して」はいないでしょ?

たった今、面接の小部屋に入ってきた
「多くの学生のうちのひとり」でしかない。

愛そうとも思っていない「他人」なんです。
志谷 ‥‥はい。
糸井 そういう「他人」の、コーヒーの話。
志谷 だから、聞いてくれないんですか?
糸井 今まで、面接で「コーヒーの話」をしたら
どうでした、反応は?
志谷 たいがいは
「その話はもういいから」みたいな空気に
なりました。
糸井 まぁ、そうかもしれないね。

つまり、もっと言うと愛情の問題ですらなくて、
企業の採用面接というのは
人を「機能」として選別する場所ですから。
志谷 僕、それがすごく嫌なんです。
糸井 でもさ、
たとえば「荷物を持ってほしい」ときには
「いい人かどうか」よりも
「荷物をちゃんと持てるかどうか」が
大事だとされているし、
仕事の現場では
実際、それが大事なのは、わかりますよね?
志谷 ‥‥はい。
糸井 それでもやっぱり、そう思うんだ?
志谷 はい。
糸井 「荷物をきちんと持てない人には
 荷物を預けられない」
という、そこのところを見極めたくて
面接してるんだよね、企業は。
志谷 でも、僕が荷物を持ってもらうとしたら、
やっぱり
気持ちよく持ってくれる人がいいです。
糸井 それは、誰だってそうです。
志谷 だから「荷物を持てるかどうか」よりも
もうひとつ、
大事なことがありそうな気がするんです。
糸井 ああ、おもしろいね。

企業の採用面接についての会話が、
面接という形式のなかで、交わされています。

志谷さんは、糸井との「やりとり」を
ひとつひとつ、
真剣に咀嚼しようとしているように見えます。

糸井 今まで、何社くらい受けたんですか?
志谷 5社か、6社くらいです。
糸井 その「5社か、6社」というのは
ぜんぶ「受かりたい」と思って受けた会社?
志谷 受かりたいと思って受けた会社もありますし、
正直に言って
「取りあえず」という会社もありました。
糸井 「取りあえず」は
落とされても、しょうがないですよね。
志谷 はい。
糸井 受かりたかったのは、そのうち‥‥。
志谷 1社‥‥あるかないかです。
糸井 それじゃあ、ぜんぶ落ちても仕方ないな。
志谷 ただ、採用試験を受けてみて思うんですが、
僕はもう
「取りあえず」で割り切っちゃったほうが
無駄につらい思いをしなくてすむというか‥‥。
糸井 行きたい会社でも?
志谷 ‥‥はい。
糸井 その考えは、テクニックに囚われ過ぎてる。
それじゃ、ダメだと思う。
志谷 そうでしょうか。
糸井 そこはちゃんと、フラれといたほうがいい。

「テクニックに囚われ過ぎない」
「ちゃんと、フラれておくこと」

志谷さんと糸井のやりとりを聞きながら、
僕らも、自分を省みたりします。

糸井 うちの会社は、一般的な企業よりも
「機能」で面接をやってないと、思うんです。

ただ‥‥大量の学生と会わなければならない
ふつうの企業の面接では
たぶん「出会いかた」が、ちがうんだと思う。
志谷 出会いかた、ですか?
糸井 就職の採用のプロセスでは
志谷くんと企業は
どこかで「出会う」ことになりますよね。

「そっちが、オレのところに来い」
かもしれないし、
「そちらへ、うかがいましょうか」
かもしれない。

で、そう考えたときに、僕は
今の学生さんは
企業の側の都合に、合わせ過ぎてると思う。
志谷 それは‥‥はい。
糸井 就職氷河期だから、しかたがないと言ってもね。

だって、少なくとも僕と、僕らの会社では、
「プロポーズする」のは
「両方」だと思ってますから、あくまでも。
志谷 ああ‥‥。
糸井 そうじゃないと、うまくいく気がしないし
そこのところをわかっている人となら、
学生であろうが、
社会人の経験者であろうが、
いっしょに仕事ができるんじゃないかなあ。
志谷 そうなんですか。
糸井 少なくとも、そういう「心構え」でいられたら、
むやみにつらい思いなんか
しなくてすむと思うんですよね、学生の側も。
志谷 そうか‥‥はい。

もし、そう思えたら、コーヒーの話だって、
へっちゃらで
できるかもしれないなと思いました(笑)。

聞いてもらえなかったとしても‥‥。
糸井 でしょ?
志谷 プロポーズするのは、両方なんだからって、
そう、思うことができていれば。
糸井 あの、思ったんだけど。
志谷 はい。
糸井 志谷くん、もうさ、就職試験の面接なんて
やらなくてもいいんじゃない?
志谷 え、どういうことですか?
糸井 コーヒー屋に、なったらいいんじゃないの?

<つづきます>

2012-04-25-WED