第3回 深い眠りのとき、脳は記憶を圧縮する。

[池谷]
睡眠というのは、一種独特の生理現象なんです。
私たちの脳がやっていることは、大きく分けて、
「情報を集めてくる」
「それを保管しておく」
というプロセスがあります。
コンピュータだと、情報を集めることと、ハードディスクに保存することを同時に行います。
でも、どうやら脳はそれができないみたいです。
「まず集めておいて、あとで保存する」
これを交互にやるんです。
起きているときは意識レベルが常に高いけれども、睡眠に入ると、意識レベルにゆらぎが生じます。
レベルの上下を何度かくり返し、やがて人は起きます。
だいたいこんな感じです。



情報を集めることができる時間は当然起きているわけですが、情報の保存は意識レベルの低いときにやります。

[糸井]
だから、深い眠りのときに脳細胞がフルに働くんですね。

[池谷]
たぶん、そういうことだと思います。
私は海馬の専門家なんですが、なかでもCA3野という場所の専門なんです。

[糸井]
CA3、ですか。

[池谷]
CA3は、昼間に情報を集めます。
保管場所は大脳皮質。
このCA3で、睡眠中、それもとくに深い眠りのときに、すごくおもしろいことが起こるんですよ。
それはですね、情報の圧縮です。



[糸井]
ヘぇ!

[池谷]
ネズミの実験の話がもっともわかりやすいので、それで説明します。
実験で、ネズミを歩かせます。
ある場所に行ったときに特定のニューロンが活動します。
「場所A」のニューロンは
「場所A」に行ったときにだけ活動する。
「場所B」のニューロンは
「場所B」だけで活動する。
そういうしくみになっています。
ですから、研究者はネズミを見ていなくても、海馬から記録されるニューロンの電気信号をモニターで見ているだけでネズミがどこをどう歩いているかわかります。



[糸井]
頭の中はすごいことになってるんだね(笑)。

[池谷]
起きてるあいだ、ネズミに同じ経路をA→B→C→D、A→B→C→Dと何度も歩かせます。
そうするとモニターでもA→B→C→D、A→B→C→Dと出ます。
その直後、ネズミを寝かせます。
すると、眠りの浅いとき、つまり夢をみているときに、ちゃんとA→B→C→D、A→B→C→Dって、ニューロンが活動するんですよ。

[糸井]
え‥‥?!



[池谷]
起きていたときと同じ順番で、です。
おそらく、A→B→C→Dの夢を見てるんでしょう。
夢の中で、寝ながらA→B→C→D、A→B→C→Dを体験します。
では、眠りの深いときには、脳ではいったい何が起こっているのでしょうか。
それはですね、やっぱりA→B→C→Dを再生しますが、ものすごい早送りでやるんです。
最速で100倍以上の速さになります。
それが、深い眠りで海馬のCA3がやっていることなんです。

[糸井]
圧縮した、速い再生を。

[池谷]
はい、やっています。
起きてるときはA→B→C→D、夢を見てるときもA→B→C→Dだけど、深い眠りのときだけ、とっても速くABCD!、ABCD!です。
CA3が、記憶を圧縮するんです。
圧縮すると、今度はそれが大脳皮質に戻ります。
リップルと呼ばれる、大脳皮質に届く脳波が出て、情報が大脳皮質に戻り、保管されます。



[糸井]
それ用の脳波がちゃんと出るんですね。
不思議です。



(つづきます)


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