第2回 脳は眠らない。

[池谷]
「睡眠」イコール「充電」というイメージが定着してしまっていると思います。
でも、そんなことはないんじゃないでしょうか。

[糸井]
うーん。
そのあたりがきっと、ポイントになりそうですね。
睡眠は充電にあらず、ですか。

[池谷]
ええ、少なくとも、脳から見ると、まったく違うんじゃないかなと思うんです。

[糸井]
「まったく」違うんですね‥‥?

[池谷]
はい。脳の神経の活動を追っていると、よくわかるんですが、大脳皮質の神経細胞は、寝ているときのほうが活動しています。

[糸井]
寝ているときのほうが?

[池谷]
はい。起きているときはたいしたことはないんです。
しかも、もっと正確に申し上げると、人間は浅い眠りと深い眠り、つまりレム睡眠とノンレム睡眠を周期的にくり返しています。
驚くことに脳は、深い眠りのときに最も活発に活動します。

[糸井]
‥‥してるの!



[池谷]
「深い」「浅い」という言い方は、活動する神経細胞の数ではなくて、意識レベルの話です。
ここがおもしろいところですね。
もうすこしくわしく話しましょう。
例えば、100個のニューロン(神経細胞)があったとします。
起きているときには、特定の瞬間だけみるとある瞬間に30%ぐらいだけ、ニューロンは動いています。
長い時間で見れば全部のニューロンが動いているといってもよいでしょうが、特定の瞬間では、だいたいニューロンは30%ぐらいしか使われていないんです。
逆に言えば、そういった、
「部分的に必要な分だけ ピックアップされた活動」が、おそらく私たちが「意識」と呼んでいるものなんでしょう。

[糸井]
なるほど、なるほど。

[池谷]
浅い眠りのときは、起きているときの状態によく似ていて、ニューロンは30%ぐらいしか活性化していません。
ですから、こういう実験をすると、
「夢の中にいるときには、ちゃんと意識があって それを“体験”しているんだなぁ」
としみじみ感じたりします。
ところが、深い眠りのとき、ニューロンは100個、全部が動いているんです。
ですから、私なんか
「脳が活動しすぎちゃうということは、 逆に、意識があまりないということなのかな?」
と思っちゃうほどですよ。



[糸井]
驚きですね。

[池谷]
はい。ですから、寝ているあいだ脳はものすごく活動している。
そういうふうにみると、少なくとも脳は「充電」はしてないですよね。

[糸井]
そうか・・・・・・そうか。

[池谷]
寝ているとき、体は休んでいますから、体の疲れはとれるかもしれないですが。

[糸井]
「充電」というイメージはどうしてできちゃったんでしょう。
そのイメージがなくなれば、眠りに対して、もう少し前向きな解決方法がありそうです。

[池谷]
そうですね。
実は私も自分で研究を開始するまでは、
「充電」のイメージを持っていました。
でも、研究してみたら、これは違うんじゃないか、と思いはじめたんです。

[糸井]
でも、よく寝ていない人がテストをすると間違いが多くなるとか、そういうことはありますね。

[池谷]
あります。もう、てきめんに出ます。

[糸井]
眠りが充電じゃなくても、必要なものだ、ということは、言えますよね?

[池谷]
はい。そもそも寝ずにいると死んじゃいますから、睡眠は生命に必要なものではあります。
短期的な意味での「集中力」にも睡眠は必要だといえます。
しかし、やはり睡眠と記憶の関係では、
「充電」の範疇に入らないようなおもしろい一面があるんですよ。
朝に何か、ものを覚えるとします。
例えば、英単語をたくさん覚えるとしましょう。
夜になってどのくらい覚えているかをテストしてみると、当然ですが、ある程度忘れています。
でも、いったん夜に寝て次の日の朝に試してみると、忘れていたはずの単語が、復活したりするんです。

[糸井]
ああ、そういうことはありますね、たしかに。

[池谷]
この現象をどう解釈するかでいろいろと見方が違ってきます。
これは私の憶測になっちゃいますが、成績が上昇するところをみると、やっぱり、睡眠不足は「記憶の定着」にひびくのかな、という感じはあります。

[糸井]
記憶の定着。

[池谷]
はい。ただ、睡眠は、ただ定着させるだけじゃないんです。
「こなれた記憶」にするんです。
記憶というものは、そのままではまったく意味がなくて、消化しないとダメなんですよ。
睡眠は、その消化器官‥‥というか期間、そういう意味があるんだと私は思います。

[糸井]
ほお。



(つづきます)


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