第4回 よくわからなかったことが、一日経つと、わかる。

[池谷]
ところで、海馬は記憶に大切だといわれますが、実は、どんなタイプの記憶にも海馬が大切というわけではありません。
動物の目に空気を吹きつけるという、記憶に関する実験がよく行われます。
人間でもそうですが、目に空気がパッと入ったら嫌だから、まばたきのように一瞬目を閉じますよね?
そういう実験です。
まず、動物に音を聞かせてから目に空気を当てるようにします。
ブーッと音が鳴ったら空気がパッと当たる。
「ブーッ・パッ  、 ブーッ・パッ」
これをくり返します。
そうすると、音を聞いただけで目を閉じるようになります。
いわゆる「パブロフの条件反射」ですね。



「音が鳴ったら空気が来るぞ」とわかるのは、記憶があるからです。
脳のどこかでそのことを覚えているんですが、意外なことに、この記憶には海馬は必要ありません。
そこで、ひとつ段階を増やします。
まず、音と同時に、動物に光を当てておきます。
その後に、さきほどの音+空気の組み合わせの
「ブーッ・パッ」をやります。



そうすると今度は、光を当てられたら、それだけで目を閉じて待つようになります。
この記憶には海馬が必要なんです。
このふたつは一見よく似ていますが、何が違うかというと、
「空気が出る」ことと
「光が当たること」のふたつが同時には与えられずに、時間的に離れている、ということです。
時間的に離れた事象を結びつけるのは、脳にとって、ものすごく難しいことなんです。
光と音は同時に与えられて、音と空気は同時に与えられる。
しかし、光と空気が同時には1回も与えられていません。
よく考えると、これは三段論法なんですよ。
光ならば音、音ならば空気、よって光ならば空気、ですよね?



[糸井]
なるほど。

[池谷]
三段論法は、海馬がないと理解できないんです。
ここで、さきほどの眠りの「ABCD」の話に戻しますよ。
ネズミが歩いて経験したAとBとCとDは、実際には離れた地点です。
しかし、深い眠りのときに記憶を圧縮して送るリップルは、これを「ABCD!」と、ほぼ同時に出します。
A→B→C→Dは時間的に離れていますから、本来なら経路として、まとめて記憶できるはずがないんです。
場所的に離れた経路を「ABCD!」とバッと圧縮できると、これが一連の道筋になっていることがわかる。
海馬は三段論法を使って、時間的に離れたものにいかにして気づくかを睡眠中に行っているということです。
コップを倒したら水がこぼれることは目の前にあって起こることだから海馬がなくてもすぐに因果がわかるけれども、私たちの住んでる世界の因果関係は、なかなか、そういうことばかりじゃない。
ときには、次の日にやっとわかったりすることだってあるわけです。
一見、離れた場所に遠くにある事象でも、因果関係に気付くのは、おそらく海馬があるからなんです。
因果関係をつなげて、情報を圧縮できるのは睡眠のなかでも、深い睡眠のときです。
これはすごくシンボリックだと思います。
ですから僕は、「寝る」ということは、あれこれ離れた現象について
「これとこれ、意外と関係あるかもしれない」といういわば「気づき」を与えるんじゃないかな、と思うんです。



(つづきます)


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