『21世紀の
 スキッツォイド・マン』
 キング・クリムゾン

 
1969年(昭和44年)
 アルバム
 『クリムゾン・キングの宮殿』収録曲

告白されました。
ただただ重たくて、
苦しかった。
  (さすらい )

(冒頭のイントロの)
ジャーン ジャジャジャン
ジャッジャーン

昨日、生まれて初めて告白されてしまいました。

30歳を超えた私に向かって飛びこんできた
「つきあってください」発言。
それは、ときめきとかキラキラわくわくという類のものではなく、
ずどーんと鉛のように重く、
夜の漁港の海の色のような暗さを、私の中に残しました。

彼は私よりいくつか年下で、
大学の後輩ですが、卒業してから彼のことを認識しました。
卒業後に地元に戻って就職した彼がこちらに遊びにきたときに
サークルのOBが集まった飲み会で会い、
そこで初めて顔と名前が一致しました。

それから少しして、ある先輩が私に教えてくれたのです。
「あいつはお前に気があるらしい」と。

彼氏もいない、浮いた話の1つもない私のことを知る先輩は
よかれと思って2人きりになるよう仕向けたりもしてくれたのですが、
何時間たっても、何日たっても、私にとっては「後輩の1人」。
それ以上にも以下にもなりそうにない。

みんなに好かれる気持ちのいい好青年。
安定した収入のある仕事にも就いています。
条件だけで見れば申し分ないどころか、
こんな恵まれた人からの申し出は、
私の人生ではもう二度とないかもしれないのに。

彼のことを好きになれそうな自分を探し続けましたが、
どこからも光が差し込んではくれなくて、
恋愛経験も少ない私には、遊びでつきあうとか
いたずらに弄ぶことさえやり方もわかりません。

ちょっといいですか、と廊下に呼び出されたシチュエーション。
いつか読んだ少女漫画のような憧れの一場面。
宙に舞うような気持ちになるものだと思っていました。

でも、私に残った気持ちは、ただただ重たくて、苦しかった。

そのあとで聴こえてきたのが、今回の恋歌に選んだ曲です。
映画『脳男』の予告編で知った曲だったので、
歌詞はおろかタイトルも知りませんでしたが、
曲の始まりのギターの混乱したような音が
私の頭の中をぐるぐると駆け巡って、私の気持ちそのものでした。

その場でごめん、と断りを入れるべきだったのか、
彼を傷つけない断り方はどんな言い方なのだろうか。
それとも、今はまだ土の中に眠っているだけで
いつか私の気持ちは芽を出すのだろうか。

考えても出るはずのない答えに、今はただぼーっとするばかり。

と同時に、これまで私がしてきた叶わなかった恋のいくつかも、
相手にとっては重たいだけだったんだろうか‥‥と思うと、
いらない思い出までよみがえってくるようで、それもまた切ない。

今夜もなかなか寝付けないような気がします。

(さすらい )

誰かを好きになることや
誰かを好きになれないことの理由を、
自分でもうまく説明できないことがあります。
「よくわかんないけど、なんか好き」
「嫌いになる原因はひとつもないのに、その気になれない」
このコンテンツでは、何度かそのテーマで語り合いました。
動物としての脳がくだすジャッジ。
こればっかりは仕方がない。
ピンとこないものは、もう、申し訳ないけれど仕方ない。
その彼がいい人なだけに切ないですが、
「ピンとこない」はお断りするときの正直な理由です。

でも‥‥この投稿が届いたのは数ヶ月前。
(さすらい)さんは結局、どうしたのでしょう?
もしかして、お付き合いしていたりして?
それも、ないとは言いきれないですよねー。
動物としての脳がくだす判断ですから。

それにしても、この名曲が登場するとは!
インパクトあるジャケットは、名盤中の名盤。
何度も聴いたアルバムです。
まだお若い(さすらい)さんの心のなかで、
この曲が渦巻いたという事実を、
(恋愛問題の深刻さはとりあえず別にして)
ちょっとうれしく思いました。

タイトルでピンとこない人も、
聞いてみると「ああ、この曲!」って
思うんじゃないかなという名曲です。
ていうか、この曲、タイトル、
いまこう呼ぶんだ‥‥。
諸事情により、以前の邦題は
いまはもう使われていないんだそう。

そして、なるほど、告白されて
この曲が鳴り響いちゃうというのは、
もうどうしようもない直感的判断なんでしょう。
「ない! ないない!」
としか言いようがないんでしょう。

好き好きオーラ全開かあ。
ぼくも、どっちかっていうと、
恋をするとそうなっちゃうタイプですから、
よくわかります。彼の気持ち。
それでうまく行くこともあるんですよね。
さいしょは気乗りしないけどそのうち、
っていうパターンも。
でもねえ、やっぱり
『21世紀のスキッツォイド・マン』
だからねえ。ないんだろうなあ。

でね、いいんです、はっきり断ってくれて。
「彼を傷つけない断り方は
 どんな言い方なのだろうか」
なんて考えなくって、いいんです。
そして「いつか私の気持ちは芽を出すのだろうか」
ということを待ってても、しょうがないです。
もしそんなふうに気持ちが変わったら
そのときそう言えばいい。
そしてそれが「手遅れ」だったら、
そのときは(さすらい)さんが
しっかり傷つくことになるけど、
それもまた、そういうものだと思うのです。

これはね、しょうがない。しょうがないよ。
この音楽が流れちゃったらね、しょうがないよ。
しょうがない恋歌としての名作は、これまで
『大迷惑』とか、
どーしようもないパターンとして
『蝋人形の館』とか
ありましたけれども、
今回のこの投稿も、「なんでやねん」の名作入り!

「どうしてだめなの?」「彼、いい人じゃん」
そう言われれば言われるほど、
だめなんですよね。どうしようもないわー。
このどうしようもなさって、いいわー。

きっぱり断れば、
彼にもこれからいいことがあると思います。
どーんと「ごめんなさい!」しちゃいましょう。

あえて、当人の重みから遠ざかる
素直な感想を言わせてもらいますけど、
いやぁ、おもしろいですねぇ、この投稿。
選曲はもちろん、構成も描写もいいわー。
あ、すいません、深刻なのに。

あらためてそうだなぁと思ったのは、
「人を好きだという気持ち」というのは、
片思いだろうと両思いだろうと、
健全だろうと困難だろうと、
いったん、とにかく「重い」のだな、
ということでした。

だって考えてみると、
それは「思い」のかたまりだものね。
「祈り」とか「念」とかと同じ種類のものだし、
ベクトルは真逆だけれど「呪」というのも
じつは親戚のようなものかもしれないし。

だから、逆説的にいえば、
告白されて脳内にロバート・フリップのギターが
鳴り響くほどの混乱をもたらしたということは、
彼の「思い」がそれほど真剣だと
いうことではないでしょうか。

彼女は彼の「思い」を受け止めて、
きちんと自分の「思い」を返したんでしょうか?
気になるところです。

ところで、我が委員会の師匠にあたる
糸井重里という人が、
「断る」ことについてしばしばこう書いています。

「『断る理由をうまく言えなくても、
  断っていい』んです。
 提案をする側が強引に、
 『なぜ断るのですか。その理由を言ってください』
 と相手を泣かせるくらいに詰め寄ったとしても、
 『なぜだかわかりませんが、お断りします』と、
 提案された側は、言ってもいいのです。
 そうでなかったら、『うまく言えない気持ち』は、
 なかったことにされちゃうからです。」

なにかのご参考になれば。
さて、恋歌くちずさみ委員会、次回は土曜日に更新。

 

2013-06-05-WED

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