宮戸島の里浜貝塚へ

こんにちは、ひとり古墳部のスソアキコです。
しばらく連載をお休みしていましたが、
その間にぽつぽつと活動していた記録がいつのまにか貯まっていました。
見学地は千葉・長野・滋賀・唐津・福岡・能登‥‥。
時代は縄文・弥生・古墳時代。
歴史の教科書には載らないような、
とても小さなあれれ! これはなんだー? が、
いっぱいありましたよ。
まずは、千葉の記録からお届けいたします。








 
疑問だらけ
以前、千葉の印旛沼周辺の古墳を見学したときに、
『石枕』というものを初めて見ました。

名前の通りで、石の枕なんですが
古墳の木棺の中から出てきたものなので
死んだ人のための枕です。

頭を載せる凹部が、丸いのや
なんと、てるてるぼうずみたいな形を
しているものがあって
ぱっと見、前方後円墳みたいだなーと思いました。

この石枕のそばから『立花』と呼ばれる飾りのような
石製品がみつかることがあって、
これは石枕の穴に差したものと考えられているのです。

お花代わり?
魔除け?
例によって疑問だらけです。

お久しぶりです
みこちゃんです
 
お久しぶりです
みこちゃんです

はじめましての方もいらっしゃるかも?
スソさんのカバンの中からこんにちは、
わたしはハニワのみこちゃんです。

スソアキコさんの古墳部レポートの
ちっちゃなお手伝いがみこちゃんの使命なの。

ひとり古墳部、とても久しぶりの再開ですね。
その再開の、のっけから、
「死んだ人のための枕」の話題って!
スソさん、サスガだわ!!


 
石枕展?!
ある日、古墳部のメンバーから
ビッグニュースが届きました。
なんと千葉で石枕展が開催されるということです。
『古墳に眠る石枕』展です。

石枕がずらっーと並ぶという
絶好の企画展! です。

メンバーも強者
 
スソさんは、「ひとり」ではなく
「お友だちとみんなで」出かける
古墳部にも属しているのよ。

「石枕展」の開催情報を
教えてくれる友だち‥‥すてき!


 
JR千葉駅に着きました。
11時40分。
もうすぐお昼という時間。
おなかがすいていたら展示に集中できません。
先に食べておいたほうが良さそう〜。

駅近くのおそば屋さんに入って、
がっつり腹ごしらえします。

ときどき食べ物も
 
めずらしいかたちの古墳!
と思ったら親子丼でした。
「ひとり古墳部」では、
こうして古墳以外の写真も入ることがあります。
ちいさな旅のレポートでもあるので、
そのあたりもすこしおたのしみに!






 
看板発見
駅前から千葉大病院前行きのバスに乗り、
中央博物館前で下車。

なんだか空が広くて
からっとしていて
空気の様子も何か東京とは違う感じです。

バス停から5分ぐらい歩くと
看板が見えてきました。




 
青葉の森で
実は、古墳部メンバーの知り合いで、
石枕に詳しい学芸員のかたが
展示に関わっていらっしゃって
ここでお会いする約束をしています。
すこし時間があるようなので、
公園内にある古墳を見に行くことにしました。






 
広い公園
しかしこの公園、ずいぶんと広い‥‥。
芸術文化ホールとかあって、
相当お金がかかっているみたい。

なかなか古墳に辿り着けません。

カバンの中
 
こうして移動しているあいだ、
みこちゃんはスソさんはカバンの中にいるの。
みこちゃんは土器だから、
でこぼこ道はちょっとこわいのよ。




 
道をたずねる
10分近く歩いたような気がします。
ちょっと迷ってしまったのかも...。
掃除をしているおじさんに聞いてみたところ、
すぐそばにあるって‥‥?




 
あった!
あっありました! あれです!
木に隠れて小山がありました!
走れーー!

なんだ? なんで? ひさびさのこの興奮!

わーーー!
 
スソさん、走らないでー!
危ないから、みこちゃん割れちゃうから!
‥‥でも、
古墳に向かって走るスソさん、カッコイイ!


 
荒久(あらく)古墳ですよ
看板はありますが、
かなり読みずらい状況になってます。

みこちゃんの解説
 
ときどき解説をするのも、みこちゃんの役目よ。
荒久古墳は、一辺20mの方墳で
古墳時代終末期の7世紀につくられたものなの。
横穴式石室があって、
人骨1体、琥珀製棗玉、
鉄製馬具などが出土しているのよ。






 
登りましょう
たしかにここが古墳です。
現在は、一辺9mぐらいの墳丘が残されていて
墳頂部分には木が茂っています。

登ってみましょう。
足元は落ち葉でさくさくしています。


 
タイルの表現
周囲はというと‥‥
何もありません。
方墳のかたちを
歩道のタイルで静かに表現しています。


 
東南は
古墳の東南面は
ぐっと急斜面になっています。




 
あ、あっちが海かも!
西にむかって下がっていく感じです。

きっと丘陵地の角で
見通しのいい場所だったのでしょう。
古墳時代は海が見えいてたに違いありません。
いや、すぐそばに海岸線があったのかも!
あー、この空気感は海だったんだ〜。

いい場所に古墳
 
以前スソさんが教えてくれたの。
「古墳は、とてもいい場所にあるのよ。
 見晴らしがよくて食べ物がおいしい場所」って。
みこちゃん、ハニワのくせに感心しちゃったの。
お墓はやっぱりいい場所に‥‥なのよね。


 
時間です!
博物館へ走ってもどりました。
学芸員さんにご挨拶し、石枕展を見学します。
特別に写真の許可もいただきました。

全国で120例ほど出土している石枕のうちの
約半数が千葉から出ているということ。

5世紀前半から6世紀前半の約100年に限られて
作られていたそうです。

たった100年の流行かー。
そんな短期間でやめる理由は何だったのか、
気になります。


 
ふむふむ‥‥
石枕の出現の理由として、
香川県と熊本県で集中的に見つかっている
石枕つきの石棺のことや、
岡山や奈良にも単独の石枕があったことから、
西日本の影響があったのだろうと
考えられているようです。

でも「立花」はどこにもなかったようですね。


 
千葉の地形と石について
そういえば、
古代の千葉の地形はほとんど島のような状態で、
霞ヶ浦、印旛沼、手賀沼はつながっていて、
『香取海(かとりのうみ)』
と呼ばれる内海だったのです。

スソさんは、帽子作家さんで、
そしてイラストレーターでも
あるのよ。
 
ときどき入る、
スソさんのイラストもおたのしみにー。
みこちゃんの顔もね、スソさんが描いたの。
本物そっくりよ!


 
石がなかったのに
それで、石がないから、
埼玉県や茨木県、群馬県から運んできて
加工していたらしいのです。

石がないのに、
わざわざ石枕を造りたかったなんてね。


 
玉造遺跡
それに玉造遺跡がこんなに多いとは!

石にこだわった王は地元の人ではなく
遠くから来た人だったのかもしれませんね。
職人を連れてやってきたのかも。
そういえば、
印旛沼周辺の玉造職人は
北陸系とか書いてあった‥‥。


 
石枕ずらりー!
石枕は「香取の海」の周辺から
多く発見されているので、
『常総型石枕』という名称もあるそうです。


さあ、いよいよじっくり見ていきましょう。






 
立体から平面へ??
まず、香取市の山之辺手ひろがり3号墳。
石枕と立花です。

石枕はゆるく堀っただけという感じですが、
立花は勾玉が4個ついていて立体的!

5世紀の初め頃ということは、最古級の石枕です。
もしかしたら立花は
こういう立体形から平面的なものへ移行したの?

ひとまず
 

はあー、
石枕があんなにずらりと‥‥すごい〜。

次回もさらに石枕を見ますよ。
そして立花も、じっくりと!
おたのしみにー。


 
2014-06-15-SUN
 
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