NewsPicks + COMPOUND + ほぼ日 合同企画「経営にとってデザインとは何か」
三和酒類篇
「いいちこの会社」が
「下戸」にも好かれている理由。
第3回ライバルは「ベンツ、BMW」。
西
あるときに、河北さんが
「西さん、ライバルはどこだと思ってますか?」
と聞いてきたことがありました。

私は、日本の大きな酒造メーカー、つまり
サントリー、キリン、アサヒ、サッポロ‥‥と
挙げていったんですが、河北さんは
「ちがいますよ。あなたがたのライバルは、
ベンツやBMWです」と。
──
どういう意味ですか?
西
河北さんが言うには
「自動車に乗っているときは、
絶対に『いいちこ』は飲まないでしょう。
これからのものづくりは、
時間の取り合いです。
誰しも、24時間しか持っていない。
24時間のうちの、1時間をもらえるのか、
5時間をもらえるのか。
それが、ものづくりで重要な点です」と。
──
ああ、なるほど。
西
つまり「時間の取り合い」である以上、
「5時間、6時間もらえる、
魅力のある商品をつくりなさい」と。
──
お酒のライバルが、自動車ですか。
西
言われてみれば、たしかに、
車に乗っているときは、
絶対に、お酒は飲みませんからね。
──
ええ。
西
ようするに、好きな自動車を運転するより
「いいちこ」を飲みたい、
そう思ってもらえる魅力を、どうつくるか。
──
河北さんって、最初にお会いしたときから、
そういう考えの方だったんですか?
西
ええ、そういう人です。
──
アートディレクター、デザイナーであり、
同時に、
経営的な見方を、常にしているんですね。
西
もう本当に、こちらが
「なるほど、なるほど」って思うことを、
おっしゃいますから。

あるときに私が、
「女性誌に、うちの広告を載せたい」と
提案したことがありました。
──
はい。
西
河北さんは「わかった」と言いつつ、
「じゃあ、西さんの奥さんや娘さんにも、
どんどん
焼酎を飲ませちゃっていいんですね?」
と言うから、
「いや、いや、うちの家族には困ります」
と、お答えしたんですよ。
──
西さん、正直ですね(笑)。
西
すると、河北さんに
「西さん、自分の家族に困ることを、
何で他人の家族ならいいんだ?」
と叱られたんです。

「その自覚がないのは、馬鹿だよ」って。
「馬鹿」っていうの、口癖ですから。
──
なるほど‥‥とは思うんですが、
腹が立ったりとか‥‥されないんですか?
西
立ちますよ。
──
そりゃあ、そうですよね(笑)。

言葉の裏側に含んだ意味があってのこと、
なんでしょうけれども。
西
立ちますが、悔しいことに説得力がある。

やはり、焼酎をどんどん女性に飲ませるとは、
いいことだとは思えませんから、
女性誌に広告を打つのは、やめたんです。
小田
ようするに「売れさえすれば何でもいい」
という発想であれば、
それこそ
自分の奥さんとか娘さんにも飲ませたら、
売上は増えていきますよね。

でも、きっと、河北さんは
「商売というのは
売れさえすれば何でもいいわけではない」
ということをおっしゃったんですね。
西
致酔(ちすい)飲料、
「飲んだら酔っ払ってしまう飲みもの」を
つくっているという自覚を持ちながら
広告をし、商売をする、ということですね。

たとえば、三和酒類では
「新聞広告は、毎月25日に打つ」
「テレビの宣伝は、日が落ちてから」
と決めているんです。
──
と、言いますと?
西
なぜ「広告が25日」なのかと言いますと、
給料日の会社が多いから。

給料日の前に「いいちこ」を宣伝したら、
奥さんが困ってしまうでしょう。
──
なるほど。
西
それから
「テレビの宣伝は、日が落ちてから」
というのも、
「日の高いうちから
酒を飲む場面を見せるというのは、
いかがなものか」
という考えからです。
──
そういった、ひとつひとつの決定も、
河北さんと話し合いながら、
決まっていったってことなんですか?
西
そうですね。
──
デザインというのは「設計」だなあと
思うことがあるのですが、
三和酒類さんでは
広告のデザインや言語表現をつうじて、
アルコール飲料の考え方や
自分の会社のあり方を、
まさしく「設計」されているところが、
おもしろいなあと思います。
小田
御社のエントランスをのぼってくると
「人の喜びも悲しみも知ろう」
という言葉が、掲げられていますよね。

真っ直ぐ倉庫に向かう人にも、
受付へ立ち寄る人にも見えるような位置に、
標語のように掲げれらていたことに、
胸を打たれたんです。
西
そうですか。
小田
広告って、商品の特性や、
特定のメッセージを切り出したものなので、
「会社の言葉」ではない場合が
多いと思うんですが
こと「いいちこ」の場合、
ポスター400枚の厚みにも見られるように、
「広告の言葉が、
きちんと会社の言葉になっている」こと、
そのことが、すごく印象的で。
西
ええ。
小田
人の喜びも悲しみも知ろう、って、
どこか「いいちこ」のポスターの言葉と、
地続きな感じがしたんですが、
あの表現は、
どういう経緯で生まれたものなんですか?
西
創業者のひとりである赤松重明は、
京都にある
お坊さんの学校に通っていたんですが、
その人が考えたんですよ。
小田
ああ、なるほど。
西
商売というのは、やはり、
根底で「人間の幸せ」ということを考ようよと、
そんな意味合いで、あの言葉なんです。
──
さっきお話いただいた
新聞広告のお話やテレビCMのお話とも、
みごとに通底してますね。
西
私たちが毎日唱和する言葉のなかに、
「おかげさまで」という言葉があります。

この言葉は、会社経営にとって、
たいへんな力になっています。
──
おかげさまで。
西
そう、おかげさまで、おかげさまでと、
みんなで、口癖みたいに言っています。

お客さまに対するときはもちろんだし、
社員同士の人間関係でも、
「おかげさまで」は、とても大事です。
──
言葉の印象としては、
「いいちこ」のポスターに書いてあっても、
おかしくないですね。
西
やはり、大もとにあるのは
「ただ単に、売上をあげることだけが、
よいことではないよ」ということです。

いま、お酒というのは、
昔ほどには飲まれなくなっていますが、
だからといって、
これまで、お酒を飲む習慣のなかった、
たとえば‥‥女性にまで、
もっともっと飲ませてやれというのだと、
間違ってしまうと、私は思っています。
──
なるほど。

これは単なる印象の話なんですけど、
「いいちこ」って、
「愛されている」という感じが、すごくします。
西
そうですか。
──
今、お聞きした会社の姿勢だとか、
河北さんのポスターが、
そういう雰囲気を出しているんだと思うんです。
西
うれしいです、ありがたいですね。

みんなから愛されるということは、
とても、うれしいことです。
──
気軽に飲める、大衆的なお酒であることも、
その理由だと思うんですが、
うちの妻などお酒がまったく飲めないのに、
「いいちこ」のファンで、
「いいちこの会社」を応援しているんです。

そういう人って、
他にもけっこういるような気がしてまして。
三好
(取材に同席くださった三好治部長)
ありがたいことに、いらっしゃいますね。
──
あ、やっぱり。
三好
毎回のポスターの感想だとか、
さまざま、励ましのお電話やお手紙などを、
未成年の方も含めて、
たくさん、頂戴いたしますので。
──
それって、すごいことですよね。

お酒が飲めないのに、
つまり三和酒類の製品のファンではないのに、
「なんか好き」って。
三好
ありがたいことです。
──
業種はちがいますが、
北海道のお菓子屋さんである六花亭さんを、
以前、取材させていただいたんですが、
なんだか、
同じような雰囲気だなあと思いました。

六花亭さんの場合も、
日本全国にファンがいらっしゃいますが、
マルセイバターサンドなどのお菓子が、
まずは、
地元帯広の人たちに愛されているんです。
西
ええ。
──
六花亭をお土産に持って行っていけば、
かならず喜ばれるし、
食べ口も、優しい感じがしますよね。

で、本社で取材をさせていただいたら、
小田豊社長をはじめ
六花亭ではたらく人たちが、
本当に六花亭のお菓子みたいな感じで。
西
はい。
──
優しく、ていねいに応対してくださる。

今回、三和酒類さんに
はじめてお電話さしあげたときにも、
応対してくださった三好さんが、
とても親切で、ていねいで、
その時点で
「あ、なんだかやさしい会社だな」と。
三好
恐れ入ります(笑)。
──
ひとつおうかがいしたかったんですが、
三和酒類さんでは、
毎朝、社員さんみなさんで
お掃除をしているとのことなんですが、
これは、
何か理由があってのことなんですか。
西
やはり「整理整頓」が、
いい品物をつくることにつながるからです。
──
それは、どのような理屈ですか?
西
整理整頓しようと思ったら、
不良在庫をなくそうと思うじゃないですか。
そのためには
「いい品物」をつくらなければならない。
──
なるほど! 今、すごく納得しました。
西
私たちは、
手で製品を箱詰めにしていたときには
一升瓶のラベルを、
すべて前向きにして出荷していたんです。
──
わざわざ、手でそろえて。
西
当然、お得意先様へ運ばれて行くまでに
トラックに揺られたりして、
お客さまが箱を開けたときには、
ラベルの向きが
バラバラになってしまっていることも
多かったと思うんですが、
しかし、
少なくとも、うちから出すときには、
きちんとそろえて出していたんです。

社員のみなさんには、
とても負担が大きかったんですけど。
──
それだけで、ひと手間ですもんね。
西
でも、それも、
掃除で培った気持ちのおかげだと思います。
──
ラベルをそろえて出荷することも、
社内の気持ちをそろえる、という意味で、
三和酒類さんの
ひとつの「デザイン」なのかもしれませんね。
小田
ようするに、お客さんに向けてと同時に、
自分たちに向けて、という。

そういう意味が、きっとあると思います。

<つづきます>

2015-11-18-WED