facebook tweet mail
──
聞きたいことが山ほどあるんですが‥‥
まず洞窟のなかって、どんな匂いなんですか?

昔、ヘルツォーク監督のドキュメンタリーで
洞窟の入口を見つけるために、
鼻の効く調香師が駆り出される場面があって、
それ以来、洞窟ってどんな匂いがするのかと。
吉田
そんな特殊な匂いがするわけじゃないけどね。
世界中どこの洞窟へ行っても
放線菌という菌がいて、そのカビくさい匂い。

コウモリの糞の匂いも、けっこうするかな。
──
おお、洞窟といえばの、コウモリ!
いますか、やっぱり。
吉田
いるいる。そこらじゅうにブラ下がってる。
──
あの人たちって、
どうして、洞窟みたいな暗いところに‥‥。
吉田
実際は、洞窟じゃないところに住んでいる
コウモリのほうが多いんだけど、
ま、1年中、周囲の環境が安定しているし、
住みやすいんじゃないんですかね。

洞窟の内部はまったく光のない世界だけど、
超音波を頼りに、
ものすごーく狭い隙間も、
縦にヒューンって、すり抜けていきますよ。
──
SF映画の戦闘機みたい。
吉田
もう、「すげぇーーー!」って感じです。

うお、向かってくるとかビビって
パッと動いちゃうと、逆にぶつかるから。
こっちがジッとしてれば、
彼らはスルーっと避けてくれるんです。
──
すごい運動性能。
吉田
飛んで、ぶら下がって、這いずり回って‥‥
本当に、暗がりで万能の生き物ですよ。

どんなにがんばっても、
洞窟じゃ、絶対コウモリに勝てないな。
──
他には、どんな生き物がいますか?
吉田
巨大なオタマジャクシ、とかね。
目が退化してて、骨もスケスケ。
──
それ‥‥カエルになるんですか?
吉田
いやあ、カエルは見たことない。

カエルにはならずに
種を継続してたりするんじゃないかなあ?
いや、詳しくはわかんないけど。
──
まさに「異界」ですね‥‥。
吉田
そんなのがウヨウヨ泳いでるシーンとかさ、
「げっ! 気持ち悪っ!」ってなるよ。

中国の洞窟の奥のほうで、見たんだけど。
──
奥。
吉田
うん、300メートル、東京タワーくらいの
縦穴をロープで下りてって、
そこから、1週間くらい行ったところ。
──
え、洞窟って、1週間もいるんですか?
吉田
そんなの短いほうだよ。
──
つまり、テントとかを持ち込んだり‥‥。
吉田
しない。荷物になるでしょ。
──
じゃあ、寝るときは、そのへんで?
吉田
だって「屋根」あるじゃん。
──
気味悪くないんですか‥‥。
吉田
別に。寝袋にシュラフカバーかけて寝てる。
──
洞窟って、昼夜は関係ないと思いますけど、
眠くなったら寝る、という感じ?
吉田
そう、体力的に動けなくなったら寝るか、
寝るのに良さそうな場所があったら、寝る。

極端な場合だと、
崖に身体を縛りつけて寝たりしてますよ。
──
崖?
吉田
無理やりロープを左右に振って、
岩壁にへばりついて、アンカー打ち込んで、
ロープで身体を縛って、寝る。
──
「寝る」スキルが、半端ないです。
吉田
まあ、寝るってことについては
それほど難しいようなことは、ないです。

疲れたら自然に寝られるというか、
どこでも寝られるタイプだしね、俺。
──
崖にへばりついて寝られるなら
たいがいの場所で寝られるでしょうね‥‥。

では、洞窟内の「困難」って、他には?
吉田
それを挙げてったらキリがないけど、
やっぱり、途中で撤退するようなときは、
食糧が切れたか、
必要な装備が切れたか、魂が切れたか。
──
逆に言えば、
食べ物と、装備と、魂があれば進む?
吉田
うん。食糧とか装備はともかく、
魂が切れるのは、よっぽどのことだね。
──
魂が切れないように支えているのは
「精神力」だと思いますが、
「何日で出てくる」っていうのは
あらかじめ決めて入ってるんですよね?

いや、ゴールを決めてないと、
さすがにキツいんじゃないかと思って。
吉田
地上でサポートしてくれるメンバーの
体制もあるので、
だいたいの日数は決めてあるけど、
いったん入ったら、
約束が守れるかどうかは、わからないです。
──
何が起きるかわからないから?
吉田
上と中とでコンタクトは取れませんし、
急に増水したりして、
出られなくなっちゃうこともあるしね。
──
上の人は、無事を祈って待つしかない。
無線的なものも役に立たないんですか?

携帯の電波は、
入らないだろうとは思うんですが‥‥。
吉田
無線もダメだし、GPSも効かないよ。
──
宇宙でさえ、
ヒューストンから指令が来るのに。
吉田
だから、1週間後に地上に出たときに、
日本がなくなってるかもしれない。
──
なるほど(笑)。
吉田
社会から隔離されている刑務所だって、
晴れか雨かはわかるでしょ。
──
ええ。日本がまだあるってことも。
吉田
そういう情報がすべて遮断されてるから
地上に出るまで、
外がどうなっているかわからないんです。
──
洞窟内で迷子とか‥‥。
吉田
それがいちばん怖いかなあ、やっぱり。
イヤな汗が出てきますよ。じわーっと。

でも、今までは、何とか戻ってきてる。
──
どうやって見つけるんですか、帰り道。
吉田
ただ、ひたすら、道を探すしかないです。

で、見つからなかったら、出られない。
出られなかった人にも、実際、会ってる。
──
そういうかたも、いらっしゃるんですか。
山と一緒ですね、ほんとに。
吉田
洞窟の内部って、
有機物を分解するバクテリアの数が少ない。

だから、生物が死んだりすると、
分解されるスピードが、すごく遅いんです。
具体的には、何年も「残ってる」。
──
地上なら、風化していくはずの肉体が。
吉田
言ってみればウエットなミイラで、
この世のものとは思えない、
強烈な匂いを、発しているんです。

警察に通報するために写真を撮るのも、
息を止めながら。でも、すぐ慣れる。
──
慣れるんですか?
吉田
慣れる。発見してしまった以上、
ご遺体を外に出すって任務が発生するから、
それどころじゃなくなるんです。

ご遺体を遺体袋に入れて、
全体をガムテープで厳重にぐるぐる巻いて、
狭い洞窟の中を引っ張っていく。
──
他の誰にもできない仕事ですね、それ‥‥。
吉田
そんなことしてたって、腹は減ってくるでしょ。

だから、狭い場所で食わなきゃならない場合は、
申しわけないんだけど、
遺体の上に食うもの乗っけざるを得なかったり。
案外、なんでもなくなっちゃう。
──
その仕事って、急に発生するわけですよね。
別件で洞窟に入っていたはずが。
吉田
まあ、それはそう。急に出会いますからね。

警察から感謝状をもらったときの人は
1年半前に、いなくなってたらしいんだけど、
俺たちが見つけなかったら、
たぶん、この先ずっと行方不明のままだよね。
──
何らかの理由で、一人で洞窟に入っていって、
出られなくなったってことですか。
吉田
想像するのみですけど、そうです。
出るつもりがなかったという可能性もあるし。

しばらくは、別の行方不明者の捜索のときも
声がかかったりもしてました。
警察とは違う視点から
行方不明者の捜索に協力してくれないかって。
──
へえ。
吉田
探す場所が洞窟じゃないのに、
なぜか、捜索隊に加わったりもしたよ。
──
ひとつ、具体的な質問したいのですが、
洞窟内部での排泄関係は、どのような?
吉田
「小」の場合はペットボトルに蓄えて、
捨てて大丈夫なところで捨てるか、
そうでなければ地上に持って上がります。
──
では、そうでないほうは‥‥。
吉田
ジップロックに入れて厳重に保管します。

袋が破れたら悲惨だから、胸ポケットか、
ヘルメットの裏側に入れたりとかしてね。
──
頭の上に、ご自分のソレが‥‥。
放置しない理由は、何ですか?
吉田
洞窟内の生態系を守るためと、
自分たちの活動を快適にするためです。

だって、そこで何日間も過ごすわけで、
誰だって、そんなもんで
自分の居場所を汚したくないですから。

<つづきます>

© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN