『かないくん』ができるまで

『かないくん』という名前の絵本を2014年1月24日に「ほぼ日」から発刊しました。その本の執筆を谷川俊太郎さんに依頼したのは、2011年11月4日の夜のことでした。そこから2年2か月のあいだ、どんなことを経てきたのか、進行過程を追いつつ、みなさまにご紹介します。

第6回 仕上げ

祖父江さんも、色校を大絶賛しました。

祖父江さん
「森岩さんの色の選び方、すごいと思ったよ」

森岩さん
「現場も、むずかしかったようです。
 でも、ていねいにやらせていただきました」


↑ ごきげんな初校戻し。

『かないくん』の本にはカバーがついていますが、
カバーを取ってはだかの絵本になったとき、
「表紙」があらわれます。
カバーを取った状態では
「かないくん」というタイトル文字はありません。
(「背表紙」にはあります)


↑ 表紙には絵だけ。

また、販売する本としてはめずらしい、
値段もバーコードも入らない
「まっしろの裏表紙」が実現されました。


↑ 本づくりにくわしい人ほどドッキリする
 白い裏表紙(『かないくん』は左)。


本のクレジットをあらわす奥付も、
カバーの折り返しの紙に隠れて
ふだんは見えません。

もうひとつ、カバーの折り返しで
隠れて見えないものがあります。
それは、かないくんです。
かないくんが、本の中で唯一
正面っぽく立っている姿が刷られているのですが、
カバーをめくらないと見えません。


↑ ルーぺで白インキの乗り方を
 チェックする祖父江さん。


今回、凸版印刷の工場で使った印刷機は6色機でした。
最後の工程で白インキを乗せるため、
色校では文字が白でつぶれてしまう箇所が出ました。
俊太郎さんの言葉をはっきりさせるため
文字のまわりの白をすべて
0.02ミリずつ削ることにしました。


↑ これでお話が読みやすくなりました。

祖父江さんは、最初の色校で大きな変更をしました。
本の「後見返し」の紙を別のものに変えたのです。
お話のラストページからつながる紙なので、
これはとても重要です。
変更した新しい紙は「ネオラップホワイト」です。
できあがった本を見て、
「これは変えてよかった!」と思いました。
(急な変更に対応してくださった紙会社のみなさん、
 ありがとうございます)

校正刷を印刷会社に返却するそのときどきに、
「色の魔術師」森岩さんがいらっしゃって、
祖父江さんと話し合いながら
修正の赤字を入れていきました。
こんな校正作業は自分にははじめてだったので
毎回驚きと勉強の連続でした。


↑ これは表紙の校了風景。


↑ 祖父江さんのゲラは、修正がないときでも
 赤字が入ります。



↑ 校了日には大洋さんと俊太郎さんの
 対談が行われました。
 帰り際の俊太郎さんといっしょに
 永田と菅野、記念写真。



↑ 大洋さんも、赤字入れに参加。
 印刷について質問なさっていました。


そして校了の最後の最後に‥‥妙なものが入稿されました。
この、ブルーのものです。


↑ ブルーのもの。

「なにもない白裏表紙」というのも
本としてはあまりないのですが、
この「ブルーのもの」は、さすがの凸版印刷さんも
前代未聞とのこと。
最後の最後、手みやげのように
「すごいこと」をもってくる、
それが祖父江慎さんであります。
(最後の最後にすごいこと、は
 このあと、もういちどあります)

そして、校了。いよいよ印刷です。
ここからはもう、魔術師の独壇場です。


↑ 『かないくん』表紙C(青)版。
「青抽出かないくん」です。
 マフラーは赤で、顔も赤っぽいのですが、
 表紙に青い色がこんなに入ってるんですね。



↑ 表紙の色の出具合をチェックする魔術師。
 インクの量などをこまかく指示します。



↑ 魔術師は、現場のつわもののみなさんとも
 真剣にやりとりします。
 技術を持った現場の方々が印刷機を調整。
 すごい信頼関係を見ました。



↑ 6色の印刷機です。
 刷り胴が6基、並んでいます。
 手前ふたつが白です。


そうです、手前の白、ふたつ。
この絵本の大きな特徴は、やっぱり白です。

校正紙の状態ですのでわかりづらいのですが、
こちらの写真をごらんください。


↑ 『かないくん』の、ある「台」の校正紙。

この部分の白2版はこのようになっています。


↑ 白2版。

この白色2版は、ダブルトーンという方法で
大洋さんの絵を分解しています。
濃淡をこまかく出しながら、
別の版で強い白を抽出して表現する方法です。
「濃淡」と「強い」はいちどでは表現しきれないので、
2パターンの「白」を使っているのです。
インクがまるで白いレリーフのようになっています。
大洋さんの筆遣いが伝わります。


↑ 森岩さんと藤井さん。
 同期入社盟友のふたり。



↑ 祖父江さんの赤字は工場内でも
 異彩を放っていました。
 ちなみに赤字は
 現場ではほんとうに大切に扱われるんですね。



↑ さて。

祖父江さんが最後の最後にやった
「すごいこと」のお話です。

校了後、おつかれさまでしたー、と、軽い打ち上げで
いっしょにとんかつを食べ、
ひと晩あけたところで祖父江さんは
凸版印刷さんに直に電話をしたそうです。

「文字の位置を変えたいんですけどもねぇ。
 いいですか?
 しかも、10見開き(20ページ)くらいなんですけども
 いいかなぁ?」

ひぇーーーーーー!!

あとになってそのことを電話で聞いた私は
受話器をほんとうに落としそうになりました。
凸版の藤井さんは、涙声になっていました。

「わたくしですね、長年、
 印刷営業をやっておりますが、
 校了後、このようなダイナミックな
 文字の直しが入ることはそうそうございませんよ!
 ほとんどの『台』が製版しなおしでありますよ!」

ひぇーーーー!!
(どうするんだろう修正代!)
下版は?

「下版はまだでした。
 それがさいわいでございますよ」

6色の、校了後の、ほぼ全台の、製版しなおしか‥‥。

でも、凸版印刷さんはそれをそのまま
乗り越えてくださいました。ありがとうございます。
この「一斉の直し」は、ほんとうにやってよかったです。
祖父江さんが製本サンプルに
校了紙を貼りつけて、文字の位置を確認したところ
読みづらい箇所があったのです。
これは、校正を紙で見ていただけでは気づきませんでした。

それらの修正を経て、本番の印刷。
想定はしていたのですが、ことあるごとに機械が停止し、
営業の藤井さんに問い合わせの電話が入りました。

「この本、事故ですか?
 表4になにも刷られてないんだけど」

「奥付、カバーで隠れちゃうけど?」

「加工が途中で切れてます!」

そのたびに、藤井さんは
「その状態で指定どおりですので、そのまま止めずに
 進行してください」
と言うはめになりました。
たいへん骨が折れたそうです。


↑ 印刷&製本で2014年があけました。

校了のときに入稿した「ブルーのもの」は
カバーにほどこす表面加工の指定紙でした。

本のカバーや表紙は「PP」や「ニス」などで
紙を光らせたり丈夫にしたりしますが、
『かないくん』にはトランスタバックという
加工を採用しました。
それは、本の加工が、途中でビリっと
破れているようにしたかったからです。
「きれいな仕上げとして使うはずのトランスタバックが
 途中の感じなんて!」
と、凸版の藤井さんはマニアックに驚いていました。

本に値段の表記がなく、奥付もないように見える、
「売りもの」に見えない感じがする本。
そして、加工が途中で切れた装丁。
それは、この物語をいったい誰が語り、
誰が読み取るのか、という
『かないくん』のお話に沿ったデザインになっています。
ぜひ現物を手にとって、ごらんになってみてください。

糸井重里、谷川俊太郎さん、松本大洋さん、
祖父江慎さん、cozfishの鯉沼恵一さん、
凸版印刷の森岩麻衣子さん、藤井崇宏さん、
この「リレー」で、この本はできました。
多くの方々に読んでいただけるとうれしいです。

私ももういちど、何度でも、
『かないくん』を読みはじめたいと思います。

ありがとうございました。

(おしまい)

2014-02-24-MON

谷川俊太郎が、一夜で綴り、松本大洋が、二年かけて描いた。 かないくん 谷川俊太郎・作 松本大洋・絵 企画監修・糸井重里 ブックデザイン・祖父江慎(コズフィッシュ) 発行:東京糸井重里事務所 1600円+税 ほぼ日ストアにて販売中

※『かないくん』は、ほぼ日ストアのほか、大手ネット書店や全国のほぼ日ブックス取扱店でも販売いたします。
※ ほぼ日ストアでご購入に限り、谷川俊太郎さんのメッセージや松本大洋さんのラフスケッチが掲載された
 「かないくん 副読本」(非売品)が購入特典としてついてきます。

谷川俊太郎 × 松本大洋 詩人と漫画家と、絵本。『かないくん』をつくったふたり。

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