『かないくん』ができるまで

『かないくん』という名前の絵本を2014年1月24日に「ほぼ日」から発刊しました。その本の執筆を谷川俊太郎さんに依頼したのは、2011年11月4日の夜のことでした。そこから2年2か月のあいだ、どんなことを経てきたのか、進行過程を追いつつ、みなさまにご紹介します。

第5回 校正

『かないくん』の製版について
決定するときが来ました。

テスト刷りの「C案」の考えを採用しつつ、
白2版を使うことで隠れることになる
下色4色の濃さをきちんとつくれるように、
基本の「CMYK」インキを使うことにしました。
ただし、黒のみ
松本大洋さんの鉛筆の線を表現するため
銀インキをまぜた特色を使います。


↑ 白版の乗りぐあいを確認する
 「色彩の魔術師」森岩さんと祖父江さん。


この「製版の方向性を決める段階」も、
たっぷり時間を取ることになりました。
たのしく、とてもていねいな期間でした。
ここが2013年11月7日。
つい、2か月ほど前のことです。

なんと、そこから20日間で、
祖父江さんと鯉沼さんは
本文、扉、表紙、カバーをすべてデザインし、
入稿までこぎつけたのでした。


↑ 入稿当日。
 凸版の藤井さんは泊まりこみを覚悟していたのに、
 あっさり準備ができました。
 すばやい仕事の喜びを表現する我々。



↑ 入稿した表紙。
 横にあるのは、cozfishの電話機に
 ついていたストラップ。
 ちょっと祖父江さんに似ている気が。


私は‥‥忘れもしない2008年の夏、
デザイン待ちで、祖父江さんの事務所cozfishに
計20泊したことがありました。
どうかと思います。
しかし今回は、1泊もしていません。
ふつうに来て、打ち合わせして、
ふつうに入稿しただけです。

なぜ、こんなにもはやいのか。
入稿の喜びを胸に、にやにやしながら帰り道、
星を見上げて考えました。

俊太郎さんのすばらしい原稿が、まずあった。
そして、絵のラフの段階でじっくり構成をつめ、
大洋さんが下絵を完成させた。
そこから着色を待ち、
完成した大洋さんの絵を表現するために、
製版をとことん追求した。
その段階で、しあがりのクオリティを含めて
祖父江さんの中では
だいたいの本の姿が見えていたし、
そのための素材はバッチリそろえていたのではないか。
だから、これほどまでにデザインが
スピーディーだったのではないか。
そんなふうに勝手に頭をめぐらして、
その日は帰宅しました。

(しかし、デザインの冒険は、
 もっとあとにありました‥‥)

本文の書体は、
ひらがなはイワタ明朝体オールド。
これは日本でいちばん使われているという
ポピュラーな書体です。
(夏目漱石の『坊っちゃん』の本は
 7割がこの書体を使っているそうです
 祖父江さんは『坊っちゃん』の本の
 コレクターでもあります)
漢字はリュウミンを使いました。
ルビは、筑紫ゴシックルビ字形の7級を使用しています。
(ルビはちょっと大きめです)
記号類は、それぞれ別の書体のものを使いました。
たとえば、かぎかっこは
こぶりなゴシックという書体のものを使用しています。
タイトルの「かないくん」だけは
たおやめという書体を使いました。
表紙のたおやめの「な」の文字がとても特徴的です。

入稿を終えたら、次はたのしい「ゲラ作業」です。
色校正紙が出校するたびに、修正を入れて
印刷会社さんに直してもらうのです。

この「色校が出る」ときが、私は好きです。


↑ うきうき気分で、大洋さんに持っていきました。


↑ 喫茶店で待ち合わせをして、
 大洋さんに色校を見てもらいました。
 まずはじーっと
 「全体の8割の力を注ぐほどに描いた」という
 表紙を見つめます。



↑ 前半、後半、大洋さんはじっくり
 何度もごらんになりました。


「ああすごい。ちゃんと鉛筆で描いたようになってる。
 それと、文字がとてもかわいいですね。
 
 ぼくはこういう“白”をはじめて見ました。
 雪のところなんて、塗ったくった感じが出ていますね。
 原画より原画っぽい気がします。

 なんか‥‥自分で考えていたよりすごく、
 うれしいです。
 ひとつの作品として、絵がこんなに
 大きく表現されてうれしい。
 しかもそれが、谷川俊太郎さんの本だということも
 すごくうれしいです。

 それから、表紙。
 こんなふうにシンプルに組んでいただいたんですね。
 祖父江さんだから‥‥意外というか、逆に驚きました」

私も、表紙のシンプルな文字の置き方に
心をつかまれていました。
表紙にいるかないくんは横顔で、
まっすぐに、前を見つめています。

背にはタイトルが入ったり、
表4には通常、本のコードが入ったりします。
しかし、祖父江さんは、かないくんのその視線の先に、
さえぎるものを置きませんでした。

だからかないくんは、
ものすごく遠くを見つめているように
私には見えます。



「すごく、いいですね」

大洋さんはうれしそうに
色校正紙を持って帰りました。

そのあと、追いかけるように
こんなメールをくださいました。

2013年12月5日のメールより

帰り道、嬉しくて
何度も見返しながら帰宅しました。
ありがとうございます。

・透かしの絵のページは色が着いたものより
 黒が素敵に感じました。

・あと、皆が鉄棒にぶら下がる手元の絵のページですが、
 これはおじいちゃんのラストカットで
 フェードアウトして行く絵なので、
 もう少し鉛筆ぽく薄い感じの印刷がイメージです。

・雪のシーンですが、
 もう少し白を強く雪っぽい感じに
 出すことはできますか?
(下の人物の絵が白っぽくなってもかまいません。)
 もしも可能であれば、お願いします。

以上、感じたままに書いてみましたが、
全体、とても気に入っております。
申した事もあくまで希望なので、
祖父江さんの良いように、よろしくお願いします。

大洋

俊太郎さんは、自分が原稿を描いたあとは
大洋さんにまかせると言い、
(結局俊太郎さんは、最後の最後まで
 一夜で書いた原稿をひと文字も直しませんでした)、
大洋さんは、絵のあとは
祖父江さんにまかせると言い、
祖父江さんは、大洋さんの着色を見て
製版とデザインを決めたあとは‥‥
誰にまかせるんだろう?

それは、この本を読む人たちなんだろうな、
祖父江さんのデザインするものにはいつも
読む人たちが入っていく「余白」のようなものがある、
そういうデザインだと、私はこれまた勝手に思っています。

(つづく。次回は最終回です)

2014-02-21-FRI

谷川俊太郎が、一夜で綴り、松本大洋が、二年かけて描いた。 かないくん 谷川俊太郎・作 松本大洋・絵 企画監修・糸井重里 ブックデザイン・祖父江慎(コズフィッシュ) 発行:東京糸井重里事務所 1600円+税 ほぼ日ストアにて販売中

※『かないくん』は、ほぼ日ストアのほか、大手ネット書店や全国のほぼ日ブックス取扱店でも販売いたします。
※ ほぼ日ストアでご購入に限り、谷川俊太郎さんのメッセージや松本大洋さんのラフスケッチが掲載された
 「かないくん 副読本」(非売品)が購入特典としてついてきます。

谷川俊太郎 × 松本大洋 詩人と漫画家と、絵本。『かないくん』をつくったふたり。

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