もくじ
第1回一周回って、日本酒に辿り着く 2017-04-18-Tue
第2回日本の文化、食生活、人間模様と酒 2017-04-18-Tue

寒さに弱い北海道出身。経理、飲食業、旅人など様々な職業を経て、いまは日本酒ライターです。「后バー有楽」の女将もやってます。待ってます。
Twitter :@otomi0119

わたしのすきなもの</br>私には日本酒しかない

わたしのすきなもの
私には日本酒しかない

担当・友美

第2回 日本の文化、食生活、人間模様と酒

女将のはなしを聞きながら、
気がつけばもう既に3杯も飲んでいる。
半合(90ml)ずつ飲んでいるから…、えぇと。
いや、どれくらい飲んだなんて野暮な計算はやめておこう。
まだ夜は、始まったばかりだ。

日本酒がおいしいっていうのは、
女将の話だけじゃなくて、
こうしてこちらも体感しているんだけど。
それを仕事しようっていうからには、
更なる理由があるのではないか。

「それはね、日本酒という大切な文化を遺したいからです。
 本当においしいお酒を飲んだこと、ありますか?
 表現したくなったり、興奮したり、ニヤリとしたり。
 でももっと上のレベルにいくと、嬉しいとか感動するとか、
 そういう次元を超えて、想いが溢れて涙が出てくる。
 日本酒という形を残したいんじゃなくて、
 本物の日本酒、
 言葉や理屈を抜きにして、研ぎ澄まされてきたはずの、
 文化そのものを次世代に繋ぎたい、のかな」

「わたしの友人に、根津で店をやってる男性がいるんですけど、
 彼がね。
 料理は、ただお腹を満たすだけのものになってはいけない。
 僕たちの細胞一つ一つをつくる大切な要素だから、
 究極においしいものだったり、
 身体が必要とするものにアンテナを張る必要がある。
 そのために僕たちは食材を吟味し、
 お客様は、それが得られる店を選ぶ必要がある。
 その相互関係の継続によってのみ、
 僕たちの子どもや孫たちが、
 同じようにして究極の食事を選択することができる。
 それが、彼らの身体や気持ちや思考を形作っていく。
 選択というのは、重要な意思表示であり、
 時代を創るということなんだ。

 って言うんです。
 忙しい時つい、空腹を補うことだけ考えちゃいがちだけど、
 人生80年として、80年×365日×3食=87,600回
 たったそれだけの意思表示しかできないの。
 それが、お酒ならチャンスはもっと少ないでしょう。
 でも真剣にお酒について考えると、
 旬、産地、調理方法、環境、共にする相手…
 そういったものとも自然と向き合うことになる。
 その重要性について自覚しているし、
 幸運にも、同じように考える人が近くにいる。
 じゃあ、これを伝えなきゃいけないんじゃない?!
 っていう使命感、みたいなものがあるかもしれませんねえ。
 大袈裟かなぁ?(笑)」

女将はそう言ってから、
自分も日本酒のグラスを傾け、笑った。
だけど彼女がそう思うに至ったのは、
彼女自身の考え、飲食店を営む家族の影響、友人の言葉だけではなかった。
同様に、あるいはより真剣に向き合い続ける、
酒づくりに関わる人たちとの出逢いが、
心を固めてくれたのだと言う。

たとえば酒の一大生産地・灘。
神戸市にある「剣菱」は、永正2年(1505)以前に創業された老舗の酒蔵。
誰しもがスーパーや酒屋で、
見かけたことがあるだろうこの有名銘柄は、
500年間同じ酒、同じつくり方をすることを信条としている。
酒づくりにのみコストをかける、
という先代からの教えを愚直に守り続け、
このご時世に、
マーケティングや広報部はおろか、営業すら1人もいない。

さらに驚くべきことに、
昔はどこでも木の桶や樽をつかって、酒づくりをしていた。
この道具でなければ、変わらぬ味は出せない。
と使い続けていると、当然劣化してくる。
が、今度は道具の職人が高齢化し、担い手が途絶え、
手に入らないかもしれない、という状況が迫ってきたそうだ。
すると「剣菱」はどうしたか。
その職人を蔵に呼び寄せて、
若い社員たちに指導・教育してもらうことによって、
独自に文化を継承していこうとしているのだ。

▲蔵でつくられる暖気樽(だきだる)と呼ばれる道具

「蔵の中を一通り見せていただいたんですけどね、
 いちいち絶句してしまうんですよ。
 彼らがやっていることは、もはや酒づくりじゃない。
 日本文化を継承するということ。
 新しいものが悪いという気はないけれど、
 これだけ技術が発達した今では、
 海外や今まででは考えられないような環境でも、
 日本酒づくりが可能になりました。
 米も運べる、水もろ過したり成分を加えたり、調整できる。
 酵母も買ってきて加えることができる。
 じゃあそこでつくる理由は?
 そこの酒でなければならない理由は?
 それがこれからのテーマなんでしょうけど、
 ずっとそういうことと500年間向かい合い続けてきたんだろうな、
 と思える「剣菱」を見たときには、絶句してしまったんです。
 もちろん「剣菱」だけじゃないんですよ。
 全国で米、つくり方…
 様々な挑戦や課題に日々向き合ってる人たちがいます。
 良い人がつくるから良い酒、ではない。
 大好きだからこそ、シビアに見ていきたいけれど、
 反発でも、批判でもなく、
 良いものは良いと伝えていける人でいたい。
 
 尊敬できる大親友がいたなら、
 彼氏にも、家族にも、他の友だちにも、
 『こんなに素晴らしい人がいるよ!』と、
 みんなに好きになってもらたいでしょう?
 わたしにとっては、それが日本酒なんですよ。
 こんなにも素敵な日本酒が大好きだ、
 と大声で言い続けていたいですねぇ」

「あ、お酒なくなっちゃいましたね。
 次はお燗で、どうですか?
 実はもう、つけちゃったので、
 一献お付き合いしてくれますか?ふふふ」

(おわり)