もくじ
第1回一周回って、日本酒に辿り着く 2017-04-18-Tue
第2回日本の文化、食生活、人間模様と酒 2017-04-18-Tue

寒さに弱い北海道出身。経理、飲食業、旅人など様々な職業を経て、いまは日本酒ライターです。「后バー有楽」の女将もやってます。待ってます。
Twitter :@otomi0119

わたしのすきなもの</br>私には日本酒しかない

わたしのすきなもの
私には日本酒しかない

担当・友美

気がつくと、
ずっと続けてきたOLを辞めて、
フリーランスの日本酒ライターになっていました。
人生っていつ何が起こるか、本当にわかりません。

なぜそこまで日本酒を愛してしまったのか?
どこに魅せられたのか?

お酒好きな人にも、お酒を飲まない人にでも、
楽しんでもらえるように、
舞台は、とある小料理屋。
わたしは女将さん。あなたはお客さま。
そんな設定で、書きました。
知ってる店にぷらっと寄ったような、
そんな気軽な気持ちで、読んでください。

読み終えたときには、
「日本にはこんなに素敵な文化があるんだ」と
あなたの心になにかが残っていると、嬉しいです。

第1回 一周回って、日本酒に辿り着く

「いらっしゃいませ。あぁ!
 お久しぶりです。すっかり桜も散っちゃいましたねぇ」
女将が、和らぎ水とお通しを差し出しながら、語り掛けてくる。
数寄屋橋の桜もすっかり散って、
路面を舞う花びらを楽しむ時季を迎えている。

今日のオススメ日本酒は、雄町と書かれた純米吟醸。
飲みながら、ふと気になったことを聞いてみる。

「雄町は、酒づくり用のお米の名前ですよ。
 食用米の米どころと同じに考えている人も多いから、
 新潟、秋田が一番良いんじゃないかって言う人も多いけど、
 酒米の王様と呼ばれている山田錦の一大生産地は、兵庫県。
 この雄町だったら、岡山県。
 食べるお米とは、別物なんですよ。
 あと、山田錦のなかでもさらに等級があって、
 特A地区という最高級品は、通常の2倍以上の高値で取引される。
 それでもやっぱり日本酒の原料は、お米。
 良い酒米ほど、酒づくりがしやすいって、
 杜氏さんや蔵元さんはよく言いますねぇ」

ふぅん、と相槌をうちながら聞く。
女将は仕事柄、酒蔵にもよく足を運ぶらしい。

しかし、全国に1200もあるという酒蔵を一軒ずつ回ったり、
たくさんの酒の銘柄や、味を覚えたり、
女将はそもそも、どうしてそんな仕事に就いたのだろうか。

*
「とあるバーで飲んだ、
 ウイスキーがきっかけだったんです」

「銀座にある老舗のウイスキーバーに行ったとき、
 『あなたは、どんなウイスキーを飲んだことがありますか?』
 と、マスターから聞かれたので、
 普段慣れ親しんだ銘柄を答えると、
 わたしの前に2つのお酒が置かれて、
 どちらがその銘柄なのか当てろ、と言われました。
 簡単に、当てたつもりでいたんですけど、
 『正解のようだけど、実は2つは同じお酒です』と言うんです。
 
 ひとつは、アルコール臭くて、分子がバラバラの荒々しい液体。
 もうひとつは、口と鼻全体を包み込むような芳醇な香りがして、
 まろやかな甘さが癖になる、まるで甘露。
 あれが同じ酒であるはずがないの。
 全く信じられないんですよ」

そのマスターの話は、簡単だ。
片方は、日本で輸入販売されているもの。
女将が”高級品”だと思えた方は、
マスターが、生産地で直接買い付けしてきたもの。
全く同じ銘柄で、同じ顔をして売られているけれど、
それだけの違いがある。

表面上は「日本人好みにブレンドしたもの」という体裁だろうが、
「日本人にはウイスキーの味がわからない」と思われているのではないか。
そういう大きな憤りと不信感を持つのに、
女将がとって十分すぎる、味覚体験だったのだ。

「決してマズイ訳じゃなかったんですよ。
 でも、今まで騙されていた!とさえ思えるほど、
 現地のウイスキーがおいしかった。
 どうせなら、飲むほどに感動するような、
 そういう完成されたお酒を飲みたいじゃないですか。
 ただそこは、関税の関係もあるだろうし、
 企業努力のたまものなのかもしれない。
 もしそうなんだとしたら、
 日本人として、
 日本でつくられる、日本酒を飲まない理由ってなんだろう?
 前から好きだったこともあるけど、
 そう思えたのがキッカケです」

その後、様々な日本酒を飲み、
酒屋や酒蔵に足を運んで、体験をし続けた彼女は、
知るほどに、日本酒に魅了されていったそうだ。

「日本酒って、世界で最も複雑な製法でつくられる、
 とも言われています。
 化学がない時代に、昔の日本人は
 よくぞこんな技術を生み出したものだ、
 って、他のお酒の醸造家が嫉妬するくらい。
 
 出来上がったお酒だって、
 含まれる旨味成分の数が、他のお酒の比じゃないそう。
 繊細な味付けや出汁の文化で育ったわたし達だからこそ、
 感じることができて、楽しめるお酒なんじゃないかな。
 経験したことのない味は、感じることができない。
 正確にいうと、感じてはいるけど、
 気づくことができないんだと思うんです。
 だから逆に、飲めば飲むほど、
 味覚が発達して、無限に楽しみ続けることができる。
 日本酒はそういうお酒です」

(つづきます)

第2回 日本の文化、食生活、人間模様と酒