糸井 社会に出るまえの段階で、
はたらくことについて希望を失っている人って
多いような気がするんですよ。
仕事を、当たり前につまらないものだと思ってる。
せめてその凝り固まった価値観を崩したくて、
ぼくらはこの『はたらきたい。』という
本をつくったんですけれども。
岩田 あの、はたらくことって、
ひとりじゃできないじゃないですか。
必ず、誰かとつながりますよね。
糸井 そうですね。
岩田 会社というのは、ひとりではできないような
大きな目的を達成するために、
いろんな個性が集まって力を合わせていく
仕組みとしてできたものなんですよ。
もしも、経営者がなんでもできるんだったら、
ひとりでぜんぶやればいいんですよ。
自分がいちばん確実で、
自分がいちばん当事者意識があって、
自分がいちばん目的を知ってるんですから、
自分でできるなら自分でやればいいんですけど、
そんなことをしていたら、
ひとりの時間とエネルギーの限界で
すべてが決まってしまうんですよ。
だから、会社ではたらく人は、
自分で担当すること以外は
仲間たちに任せて、ゆだねて、
起こる結果に対して腹をくくるわけですよね。
で、その構造が、規模が大きくなればなるほど
階層的になり、より幅が広がっていく。
それが会社というものですよね。
糸井 はい。
岩田 そういうふうに、誰かとつながりながら、
何事かを成し遂げようとするとき、
自分以外の人たち、
別の意思と価値観を持って動いている人たちに、
「敬意を持てるかどうか」っていうのが
ものすごく大事になってくると私は思ってるんです。
糸井 「敬意」。
岩田 ええ。まず、明らかに自分と意見の違う人がいる。
それは、理不尽にさえ思えるかもしれない。
でも、その人にはその人の
理屈と理由と事情と価値観があるはずなんです。
そして、その人たちは、
自分ができないことをできたり、
自分の知らないことを知っていたりする。
だから、すべてを受け入れろとは言いませんけど、
自分にはないものをその人が持っていて、
自分にはできないことをやっている
ということに対して、敬意を持つこと。
この敬意が持てるかどうかで、
はたらくことに対するたのしさやおもしろみが、
大きく変わってくるような気がするんです。
糸井 そうですね。
相手に対する、興味と、理解と、敬意。
共同作業のおもしろさというのは、
それなしには生まれませんから。
岩田 そうなんですよ。
たとえば私は任天堂の社長をやってますけど、
絵は描けませんし、作曲ができるわけでもない。
立場上、私は上司で社員は部下かもしれませんが、
ひとりひとりの社員は私のできないことを
専門的にやっている人たちであるともいえます。
そういう人たちに対して、
私は非常に敬意を持っているんです。
というか、そうあるべきだと思って生きてきました。
糸井 それはそうですね。
そのへんはぼくも同じですよ。
岩田 そうだと思います。
というのも、私のそういった姿勢というのは、
自分が30代前半のころに
糸井さんと会って学んだことなんです。
自分より10歳年上の糸井さんが、
自分の知らないことをできる人に
すごく敬意を持って接しているのを見て、
「かっこいい。ああなりたい」って思ったんです。
糸井 ぼくは、素直にそう思って、
そうしてしまうだけなんですよね。
それは、たぶん岩田さんもそうですよね?
岩田 はい。そういう自然さも含めて学びましたから。
「あ、けっきょく糸井さんは、
 自分のできないことをやっている人に対して
 素直に感動したり敬意を持ったりしているだけで
 それは特別なことじゃないんだな」
っていうふうにわかったんです。
糸井 うん。なんていうか、ぼくにとって、
仕事における敬意というのは
倫理や道徳ではないんです。
岩田 ええ、道徳観じゃないです。
つまり、仕事で出会ういろんな人たちに
敬意を持って接することが、
自分の仕事をおもしろくしてくれるというか。
糸井 そうです、そうです。
要するに、敬意を持ったほうが
おもしろいんですよ、仕事が。
「なになに?」って教えてもらいながら
どんどん飛び込んでいくほうがね。
岩田 ええ(笑)。
糸井 そして、敬意の大切さがわかると、
自分が言う「ありがとう」も
自分が言われる「ありがとう」も
大きな意味を持ちはじめるんですよね。
「ありがとう」が、よい循環をうながすというか。
岩田 はい、そうですね。
糸井 いまでもぼくは、ほぼ日刊イトイ新聞に届く
全部のメールを読むんです。
もう10年近く続いているんだから、
多少ほめられてもうれしくないんじゃないかって
人は言うかもしれないけど、とんでもないです。
ほめられたり、お礼を言われたりすると
いちいち、ちゃんとうれしいんです(笑)。
岩田 私もお客さまからの
アンケート結果を見るのは楽しみですし、
商品をほめていただいたり、
喜んでいただいたのがわかると
すごくうれしいです(笑)。
糸井 いつだって、うれしいですよね。
とくに仕事にまつわることは、
感情的な「うれしい」っていうことだけじゃなく、
骨の太い喜びというか、パワーをもらえる。
岩田 おそらくそれは、自分がはたらく理由や、
もっというと自分が存在する理由の
確認につながっていると思うんです。
そういったものがなければ、
エネルギーって、どんなに強くても
次第に放電してなくなってしまう。
でも、お客さんの笑顔とか、
仲間からの「ありがとう」をもらうことで、
エネルギーってまた溜まっていくんです。
だから、任天堂の仕事でいうと、
「お客さんがニコニコしてくれる」ということで
私たちは元気をもらえるわけなんです。
糸井 そういうことがしみじみ味わえるのは、
仕事をしているからだよね。
やっぱり、本当の「ありがとう」って、
若いときはそんなに言われないと思うんです。
少なくともぼくは仕事をしてからのほうが
圧倒的に言われている。
岩田 もちろん学生時代にも
サークルやクラブの活動とかで
そういう経験をしている人はいるとは思いますが、
規模の大きさや経験の濃密さが
まったく違いますからね。
糸井 必死で「ありがとう」と言う人と会えるんだよね。
もう、魂の叫びみたいに
「ありがとう」と言ったり、言われたりする。
岩田 はい。だから、本気で怒る人にも、
本気で喜ぶ人にも出会えるのが、
はたらくことのおもしろさじゃないですかね。
糸井 こういう話を聞いて、
若い人が少しでもワクワクして、
『はたらきたい。』と思ってくれるといいな。
岩田 そうですね。

(岩田さんとの話は、これで終了です。
 お読みいただき、どうもありがとうございました)


2008-04-21-MON



(C)HOBO NIKKAN ITOI SHIBNUN