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少量生産のおいしいもの。

佐久間
今日は、ジャムの話ということで、
ブルックリン発の
「アナーキー・イン・ア・ジャー
(ANARCHY IN A JAR)」の
ジャムを持ってきたんです。
ほぼ日
わ、うれしいです!
佐久間さんの本(『ヒップな生活革命』)にも
登場しているものですよね?
佐久間
はい、そうなんです。
ただ日本はなんでもおいしいから
日本に住む人の感覚で、これがおいしいかどうか。
ほぼ日
それぞれ、どんな味なんですか?
佐久間
こっちはストロベリー・バルサミコで、
もうひとつが塩ママレードです。
アメリカ人ってすごく砂糖たっぷりの
こってりした甘い味が好きだと思うでしょ?
でも、これはちょっとしょっぱかったりとか、
少し「おとな味」のジャムなんです。
ほぼ日
聞いてるだけで、おいしそう(笑)。
佐久間
瓶がどうしても重いから
最近はそんなに持って帰っていないのですが、
わたしはすごく好きだから、
ときどきおみやげにしたりしてますね。
ほぼ日
日本で暮らしていると、なんとなく、
「ニューヨークではジャムが流行っている」
というイメージがあるのですが、
実際にはどうなんでしょうか。
佐久間
ジャムだけが流行っているというよりも
いまは、
「ありとあらゆる食べものについて
 以前よりおいしいものが出てきている」
という感じかもしれません。   
たとえばケチャップでも、
これまでは有名なハインツ社のものと
もう1社のものくらいで、
基本的に2種類くらいからしか選べなかったんです。
だけど最近では、ナチュラルな食材をもとに
すごくこだわって作られている
「サー・ケンジントン(Sir Kensington’s)」の
ケチャップが出てきたり、
少量生産のおいしいものが増えてますね。
ほぼ日
少量生産のものが増えて、選択肢が増えた。
佐久間
グラノーラやチョコレートなんかもそうですね。
種類がすごく増えてます。
ジャムも、それまではほんとに少なくて、
大きなスーパーとかで見かけるような
ウワッて量の砂糖が入ったものが
数種類しかなかったのが、
ずいぶんと選べるようになりました。
ほぼ日
少量生産のものは、
やっぱり値段も高いんでしょうか。
佐久間
ちょっとは高いですよね。
ただ「高すぎて買えない」というほどではないです。
とはいえ、そういったものを販売しているのは
やっぱりグルメ食材専門店とか、
オーガニック食品に力を入れるスーパーの
「ホール・フーズ・マーケット
(Whole Foods Market)」とかに
限られてはいるんですけど。
ほぼ日
そういった少量生産のものが増えてきたのは、
どうしてなんでしょう?
佐久間
要因はいろいろあると思うのですが、
アメリカではみんなの共通認識として
「普通に売ってるものはからだによくないし、
 自分で作ったほうがおいしいよね」
という感覚があるんですね。
だからまずは
「自分が食べたくて作っていた人」がいて、
そこから広がっていった、という気がします。
ほぼ日
なるほどです。
佐久間
アメリカでは生活習慣病のことって、
いまもずっと、相当大きな問題なんですね。
だから、たとえばふつうのスーパーで売っている
砂糖がたっぷり入ったものを毎日食べるのが嫌で
作りはじめた人がいたりとか。
病気をしたことをきっかけに作りはじめた人とか。
あとは単に食いしん坊で、
「もっとおいしいものを食べたい」という理由で
自分で作りはじめた人もいると思います。
ほぼ日
そういう人たちが、ファーマーズマーケットとかで
販売をはじめたりした、ということですか?
佐久間
そうじゃないかな、と思います。
そんなふうに自分用に作っていたものを
友達にあげたりとかしているうちに
いろんな人に「お金払うからわけてほしい」とか
声をかけられるようになって、
「これ、売ったほうがいいんじゃない?」と
販売しはじめたりとか。
ほぼ日
そういった少量生産の作り手が増えてきたのは、
いつごろからなんでしょうか。
佐久間
ニューヨークで流れが大きくなってきたのは、
2006年頃くらいからだと思います。
ファーマーズマーケット自体は
1970年代の終わり頃からはじまっているのですが、
ブルックリンで食マーケットみたいなのが
できはじめたのが2007、8年くらいなんです。
そして、そういった場所でほかの人が
販売しているのを見たり、
実際に食べて「いいな」と思った人たちが、
「わたしもやりたい!」となったりして
どんどんやる人たちが増えていった感じがします。
ほぼ日
ニューヨークは、そういったことを
「やりたい!」と思ったら、
すぐできる環境なんですか?
佐久間
どうでしょう。
たとえば、このジャムのレイナちゃんは、
もともと大学の先生だったのですが、
はじめは家で趣味的にジャムを作ってたんです。
だけどみんなに「欲しい」と言われるようになって、
まずは、あるレストランの空いてる時間に
キッチンを借りて多めに作ってみて、
ブルックリンのグリーンポイントのマーケットで
売りはじめたんです。
そうしたら「イースタン・ディストリクト
(Eastern District)」とかの
グルメ食料品のバイヤーの人とかの目にとまって、
「こんなにおいしいものを
 たくさん作ってるんだったら、扱いたい」
みたいに言われて、だんだんいろんなところに
卸すようになっていった、という感じですね。
ほぼ日
すごくおいしいものを作っていたから、
徐々に、広がっていったというか。
佐久間
そうですね、そして作る量が多くなってからは、
彼女はそのグルメ食料品の
「イースタン・ディストリクト」の裏に
商業用キッチンがあるんですけど、
そこを彼女のジャムと、ソーダ屋さんと、
「イースタン・ディストリクト」の人たちという
3つのグループでシェアして、作ってますね。
ほぼ日
たしかにキッチンもシェアしたほうが
負担も少なくて、やりやすそうです。
佐久間
少量生産をしている人には
シェアキッチンで作っている人、けっこういますね。
わたしの友だちの日本人の女の子で
おにぎりとお味噌汁の販売をはじめた子がいますけど、
彼女もそういったシェアキッチンで作ってます。
だから最近、そういった動きが流行りだしてからは
ずっと使われていなかった
昔の食品製造工場の施設を商業キッチンに改造して、
時間ごとに貸し出すようなサービスも
出てきているんです。
ほぼ日
やる人が増えることで、
環境自体も整ってきているというか。
佐久間
そうなんです。
あと、東京でもよく見ますけど、
ニューヨークではいま、
ランチの移動販売車がすごく増えてます。
その世界で有名な
ロブスター屋の男の子がいるんですけど、
彼は最初、電話1本でロブスターロールを
持ってきてくれるサービスをしていたんです。
で、そうしているうちにお金が貯まって、
今度はトラックを借りて、
いろんな所で販売するようになった。
そして、それも人気だったから、
最終的にお店を出しちゃったんです。
ほぼ日
すごいですね。
じゃあ、お店の資金ができるくらい、
ちゃんともうかってたんですね。
佐久間
だと思います。
移動販売車ですこしずつお金を貯めて、
最終的にお店を出す人、ときどきいますよ。
あと、うまくいきはじめると
「一緒にお店を出しませんか」と
投資家から声をかけられる人もいると思います。
ほぼ日
聞いていると、いろいろできそうな気がします。
佐久間
やれることからはじめるうちに、
少しずつ、チャンスが広がっていくんですよね。
そういえばわたし、
「さすらいのバーベキュー屋」みたいな子に
会ったこともあります(笑)。
ほぼ日
さすらいのバーベキュー屋(笑)。
佐久間
取材先のバーで撮影が終わって飲んでたら、
庭にいきなり男の子が登場して、
ソーセージとかを焼いてくれたんです。
聞いてみたら彼は、夏の土日の昼間限定で、
バーなどのグリルがある所に呼ばれて、
手作りのソーセージを焼いているそうなんです。
ほぼ日
なんだかいい話ですね。
すごく自由な感じがします。
佐久間
いい話でしょう?
ただ、みんなが「自由にしよう」と思ったから
そういう環境ができたわけじゃなくて、
まずは、やってみた人がいて、
そういう人たちが周りに影響を与えるようにして
だんだん増えていって、
結果的に自由な感じになったんだと思います。
シェアキッチンならたぶん最初に、
「あそこのキッチン使えるんじゃないか」と
思った人がたぶんいたとか。
ほぼ日
そういった、個人が小さくはじめたお店って
どういう流れで人々に知られていくんでしょうか。
メディアで大きく取り上げられたり?
佐久間
わたしの印象でしかないんですが、
アメリカだと、わりとメディアよりも、
口コミのほうが早い気がしますね。
おいしいものを見つけたら、みんな、
「じゃあ、あれ食った?」「知らない。どこどこ?」
とか教え合うことはよくあります。
そういえば、わたしは去年骨折していたのですが、
そのときにいろんな人が
お見舞いで食べ物を持ってきてくれたんです。
そのときは、たくさんいろんなおいしいものを
教えてもらいました。
ほぼ日
メディアがそんなに早くない、ということは
まだ紹介されていない少量生産のおいしいものも、
きっといろいろあるんでしょうね。
佐久間
それはもう、たくさんあると思います。

(つづきます)
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世界的に流行する、
ブルックリンという地域について。

マンハッタン、ブルックリン、クイーンズ、
スタテンアイランド、ブロンクス。
(余談ですが、英語だと、どういうわけか
 ブロンクスだけには「ザ」がつくのです)
と、ニューヨークに5つあるボロー(区)のなかで
一番人口が多く、面積もクイーンズに次いで
広いのがブルックリン。
ブルックリンをどんな場所かを
一言で表現するのはとてもむずかしいのですが、
キーワードを並べてみます。
インダストリアル、ブルーカラー、
カウンター・カルチャー、
アーティストが暮らす場所、そしてヒップスター。
元々は工場や倉庫が多く、
そんな理由もあって、労働階級が住む場所だったのが、
マンハッタンの家賃を捻出できない
知識階級やアーティスト、ミュージシャンが
少しずつ流出するようになって
徐々に開発が進んだ地区です。
そんな背景もあって、
世界の資本主義と金融の中心地で、
悪くいえば拝金主義が横行しがちな
マンハッタンに対して
カウンター・カルチャー色が強く、
インディペンデント精神が育ちやすい場所なのです。
ブルックリンが今のように
ブランド化したのは、2000年代に入ってから。
最初はDIYのミュージック・シーンが育ち、
文化シーンが先行して盛り上がっていましたが、
リーマンショック以降、素材にこだわった
少量生産のおいしいものや、時代感にあった、
手作り感あふれる温かみのある
モノの作風がうまく作用して、
自分の口に入れるもの、使うもの、
身に付けるものがどこでどうやって作られるかを
意識しようという考え方が
メインストリームに輸出されるようになりました。
ブルックリンは今、そんなカルチャーの
中心になっている場所なのです。

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(2015-04-24-FRI)
佐久間裕美子さんの本

リーマンショック以降、
ブルックリンやポートランドなどを中心に
現在アメリカの人々の間で広まりつつある
新しい価値観について、
たくさんの具体的な事例を紹介しつつ、
わかりやすく解説している一冊です。
抜群においしくなったコーヒーや、
「買うな」とうたう企業広告、
地元生産を貫くブランドや、
アナログレコードの再評価についてなど、
多くの興味深い事例から
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