第4回 大きな海流に乗って。
池谷 私はよく、自分がなんのために
研究をやってんのかなって考えたりとか、
自分のやりたいことってなんだろうって
考えたりします。
私のやっていることは世間からは、
神経科学、あるいは脳科学と呼ばれてます。
つまり「なんとか学」っていうことばが
ついてるじゃないですか。
これってダメだと思ったんです。
「なんとか学」っていうのは、
もうすでに存在している学問のことを、
ラベルすることばであって、
自分がそこにおさまるようでは
やりたいことができていないのではないかと。
糸井 なるほど。
池谷 そうじゃなくて、
自分がやりたいものを思うままに展開して、
できあがったものを、過去に向かって、
「なんとか学」とつけたい、
というふうに、まさに思っていて。
糸井 それは、過去に向かって自分の
自由意志を確認するように。
池谷 まさに、そうです。
自分のやり通したことを、過去へ向けて
ことばをつけられるといいんだろうなと。
自由意志の話もそうですし、
人生のピークが何歳なのかというのも
過去に向かって後づけで感じるし、
「愛」も、「神」も、同じ後づけかもしれない。
自分のいまやろうとしてる学問っていうのは、
そういうことかなって、
ちょっと思ったんですよね、最近。
糸井 いや、よくわかります。
そして、それは、
ぼくのやりたいことでもあります。
池谷 あ、そうですか。
糸井 うん。
ぼくもそのことは何度も考えたことがあって、
だから、その考えを行動に移そうとするとき、
なにが障害になるかを知ってるんですよ。
つまり、まずやりたいほうへ走り出すと、
近代が要求するあるものと
矛盾を引き起こすんです。
なにかっていうと「目的」なんですよ。
ちょっと大げさにいうと、
いま、人や社会は、目的や目標、
あるいは計画っていうことばなしに、
なにも許してくれないんですよ。
池谷 ああー。
糸井 「ぼくのうしろに道はできる」っていえるなら
それがいちばん理想的なんだけど、
そう宣言したとき、ほかの人には
「なるようになる」って聞こえちゃうんですよ。
池谷 そう、まさに、そうなんです。
実際、私の姿勢は、専門学会で、
すっごく批判されるんです。
「池谷は、なにをやりたいんだ?」って。
糸井 「テーマはなんだ?」とかね。
池谷 そうなんです。
「オレがやったことがテーマなんだ」
って言いたいんですけどね(笑)。
そんなえらそうなことは言えないので‥‥。
糸井 言いたいですよねぇ、それ。ほんとは。
だって、ほんとのことだからね。
言い逃れしているわけじゃなくて。
池谷 そうなんですよね。
あと、なんていうんでしょう、
たとえば過去の発見とかを見てると、
必ずしも仮説検証型で科学は進んでない、
って言いたいんですよね。
糸井 おおーーー。
池谷 仮説をたてて検証していくことは、
科学のトレーニングとして絶対重要だし、
私も、やりたいし、まぁ、きっとできるんですよ。
でも、そうじゃない別のやり方もあるというか、
たとえば、土星に輪っかがあるとかね、
木星の周りに衛星が回ってる
っていう仮説を立てて、
ガリレオ・ガリレイは天体望遠鏡を
つくったわけじゃないんですよね。
糸井 そのとおりだ。
池谷 あれは、天体望遠鏡をつくったら
見つかっちゃったんです。
だから、あれは目的は、なかったはずなんです。
糸井 天体望遠鏡はね。うん。
池谷 きっと、おもしろいからやってみただけなんです。
糸井 欲望ですよね。
池谷 そう。
そういう、個人の欲望に突き動かされての
大きな発見があるっていうことを考えると、
仮説検証型の典型的な科学とは別に、
知的好奇心先行型の科学があってもいいと
ぼくは思っていて、
だからぼくはこっちを取る、っていうと、
まぁ、批判されるんですけどね(笑)。
糸井 うん(笑)。
池谷 でも、最近は、
「池谷はそういうやつかな」って
わかってくださる先生もいらして、
ほんとうにうれしいです。
糸井 あの、研究者としての池谷さんが
直面しているその手の問題って、
ぼくが営利組織としての会社を経営しているのと
ほとんど同じ問題なんですよ。
つまり、目標とか目的がないと、
監査も検証も修正もできないっていうわけです。
だから、まずは、事業目標とか、経営計画を
見せなさいって言われちゃう時代なんですよ。
池谷 うん、うん、そうですよね。
糸井 うちは、まだまだ零細企業なんで、
そこを個人的な説明で
わかってもらえたりできるんですけど、
これから規模が大きくなっていったら
きっと、そうはいかないですよね。
池谷 ああ、なるほど。
糸井 でもね、最近、それについて考えてて
ちょっとずつわかってきたんですけど、
行く方向に、まったく
あてがないわけじゃないですよ。
たぶん、池谷さんにもあるんです。
だって、池谷さんも、ある朝起きて、
ふと「これやろう」と思いたって
なにかをはじめてるわけじゃないでしょう?
池谷 あ、そうですね。それは違います。
糸井 じゃないですよね。
で、なにかっていうと、
「あっちのほうにきっとなにかがあるぞ」
っていう方向なり速度なりがあるんですよ。
池谷 うん、うん。嗅覚的な直感ですよね。
糸井 そう。だいたいのベクトルというのかな。
で、それを「目的」とまでは呼ばないけど、
だいたいのあてとして持ってると思うんです。
しかも、言わないけど、
けっこう確信があったりして。
池谷 ああー(笑)。
糸井 たとえば、新しく誰かに
会ってみようというときも、
そのときにはある種の嗅覚が働いていて、
その出会いの向こうにうっすらと
つぎにやるべきことの気配があったりね。
それを事業とか、目的とか、計画とか、
はっきりとは呼べないかもしれないけど、
そこでその人に会う必然性とか、
相手にとっても惹かれるなにかというのは
きっとあるはずなんです。
たぶん、池谷さんの研究にも、きっと。
池谷 ‥‥なんていうんでしょうね
海流に乗ってる感じなんですよ。
糸井 ああ、そうそうそう。
池谷 間違いなく、どっか、いいところに行くんですよ。
糸井 そのそばに自分の興味あるものが
いっぱいあるんですよね。
池谷 うん、そうそう。
無目的にやってるとは、私、絶対思ってないし。
たしかに、研究費の予算をとるために、
何年何月までにこういう実験をして
こういう成果をあげるから、
これだけのお金が必要です、
みたいな計画をたてるのは苦手なんですけど、
きちんとわくわくできる場所に行き着く確信はある。
大きな海流に乗って、帆を立てて、
自分の好きなところに
成り行きのように進んで行ってるけども、
実際には、その都度その都度、成果を出して、
それを、きちんと発表しながら
最終的にはきちんと説明もできると思う。
ただ、それが何かは、いまの自分には
具体的にわからないだけなんです。
糸井 うん。
だから、たぶん、あとは、
いつどの要素を優先させるかっていう
バランスだと思うんですよね。
そこは、ある種の政治家的な手腕が
要求されるのかもしれないけど。
池谷 そうですねぇ‥‥。
いま、政治家っておっしゃったんですけど、
そう、そうなんですよね。
研究者にも、政治的な仕事も含まれるって、
かつては思わなかったんですよ。
糸井 それこそ、30歳のころには?
池谷 (笑)
 
(つづきます)
2010-09-30-THU