YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson852
       読者の声
       ―「しかえさない」について



いわゆる「しかえし」のようなことはしない方がいい。
しても1ミリも自分にいいことはない。
人に向けた憎しみはまた新たな憎しみを生み、
必ず自分に返ってくる。
しかえしする気力、労力、時間があるなら、
全部自分の好きな事に使う。
好きな映画を見るとか、
好きな料理を作って食べるとか‥‥、

そう書いた先週の
「Lesson852 しかえさない」に、
読者から真摯なお便りをいただきました。

私もついしかえしを考えてしまう弱い人間、
読者も聖人君子ではありません、
だからこそ、そういう弱さのある私たちが、
それでもしかえしを思いとどまるとき、

「そこにどんな考え・どんな言葉が働いたのか?」

きょうは読者の声をお届けする回です。


<私がしたいのは、しかえしじゃない>

ちょうど今週、
信頼したかった人たちや一番味方でいて欲しかった人に、
深く傷つけられて、心の整理がつかず、
とうとう自分を守るために逃げました。

そして、少し休んで落ちついた時から、
どうしたらこの怒りを相手に伝えられるだろうかと、
まさに
「どうしたら一番ダメージを与えられるか。」について、
ふつふつと考えていました。

そんな時に、
「Lesson852 しかえさない」に出会って、
すーっと心が落ち着きました。

憎しみからは何もうまれない。
私もしかえしなんかしたくない。

「私が本当に伝えたい言葉はなんだろう。」
「どうしたら伝わるんだろう。」

少し前向きに考えられるようになりました。

まだ日が浅いので、大きな波がくることがあります。
忘れたくても、日常の中で起こったので、
日々の生活の中で、否応なしに直面させられもします。
だけど、しかえしじゃない方法で、
私の想いを伝えられるはず、
そう願って、考えていきたいと思います。
(たこ)


<全部ぶちまけ辞めてしまおうかと>

ここ1ヶ月ぐらい、職場の人に
私の仕事や生活の姿勢やしゃべり方など気に入らない
と全否定されていました。

私は、体も心も萎縮し、ガチガチで緊張して
何を言うのもためらうような日が続いています。
毎日、自分の全部を相手のために使って、
それでも否定され、もう疲れきってる状態です。

相手は、自分が正しいと思ってるから、
人を傷つけてるなんて思いもしてない。

もちろん、私にも原因もあるのですが、
今までにも何度か同じようなことがあり、
その人をよく知ってる他の人に話すと、
「相手が自分で作り出している」、
「相手の思い込みからだ」
とよく言われます。

今日、今回のlessonを読んで、

「私は相手の思うつぼだったんだ」

と改めて気づきました。
言われることを真に受けて反省して気をつけて
を繰り返す私は、

「相手にとっては、
自分の思い通りになるよう力を注いでくれる
いい道具だったんだな」

と思いました。
ついさっきまで、正直、
全部の今までの憎しみをぶちまけて
仕事もやめてしまおうかと思っていました。

今回のlessonを読んで、
憎しみをぶつけても、やめても
自分苦しめるだけで

「傷つけてることをわかってないような相手のために
自分の力や時間を使うのはバカらしい」

と思いました。

「私も前向きます!
自分自身の力や時間を
自分のために、自分の好きのために使います!」
(ぺんぎんのあし)


<すり減らない>

しかえしを少しでも考えると、
自分の大事なものがすり減るような気がします。
自分のいいところを磨いて、さらにパワーアップします。
(あっきー)


<私をとめた夫の一言>

昔、SNSで
知人が私を嘲笑しているのを
目にしてしまいました。

何か言い返して、
なんとかぎゃふんと言わせてやろうと
目をつり上がらせた私を
止めたのは夫でした。

「後で自分が傷つくでしょう?」

たった一言でしたが、
それでぐっと思いとどまりました。

しかえししてやろうとしての言動は
ろくな結果にならないですよね。
(mk)



ズーニーです。
しかえしを思いとどまるときって、
心にブレーキをかけ、かつ、進路を大きく転換させる
「言葉」がある、
と読者から教えられます。

「私が本当に伝えたいことは、しかえしじゃない。
だったら何だろう? 
どうしたら伝えられるんだろう?」

「傷つけてることをわかってないような相手のために
自分の力や時間を使うのはバカらしい。」

「しかえしを考えると自分がすり減る。」

「相手をぎゃふんと言わせた後、傷つくのは自分。」

こういう、ここぞというときに、
自分の中から湧き上がってくる、
ブレーキのような、変換機のような言葉を
見つけた人は強い。

しかえさないための一番の薬は、進むこと。

前に向かった読者のこのおたよりを紹介して
きょうは終わります。

また来週、水曜日!


<嫌な記憶にとらわれないために>

独立開業して一年が経ちました。

順調とは言えないなりに、
また次の一年も頑張ろうと思えるところまでは、
ひとまず来ることが出来ました。

しかし、暇な時などふとした瞬間に、
かつて働いていた職場の同僚との
嫌な記憶などが湧いてくるのです。

その記憶が生々しいほど、
怒りや傷ついた痛みなども呼び覚まされ、
そこからさらに同僚がひどい目に会うところや、
仕返しをしている所を想像するのです。

今では無関係なので、どうしているかも分からないし、
仕返しなど出来るわけがない。
それでもなぜ今になってこんな思いが出てくるのか。
どうこの不愉快な思いと向かい合うべきなのか
を考えさせられます。
その時ふと出てきたのが、

「自分はやるべきことをやり切っていない」

という思いでした。
まだまだ仕事で改善できる点や
努力すべきところがあるのに、
なんとなく目の前のことに追われて、
ずるする後回しにしている。
それは自分の場所なのに自分に向き合いきれていない
ということです。

仕事での嫌な記憶は、
やり切っていない自分への警告ではないかと思います。

それに引きずられると
不快な記憶を反芻して膨れ上がらせてしまい、
自分のところにとどめられず
相手への仕返しになってしまうのでしょう。

でも、大事なのは今後もこの場で生きていくことだ、
自分に必要なのはやるべきことをやりきることで、
仕返しの思いをかかえていくことではないはずです。

不快な記憶にとらわれないためにも、
次の一年を、やるべきことに向かい合う一年に
したいのです。
(たまふろ)


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2017-11-22-WED

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