YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson733
     曇りの教室 −2.読者の声


先生が独特の価値観を強いる、
従わないと罰せられる、
皆、恐いからビクビクと従うしかない。

そんな環境で人が
1ミリでも自由になる鍵は、

「自分の頭で考えること」ではないか?

のりこえた経験者の言葉をもとに書いた
先週のコラム「曇りの教室」
読者はどう感じたのか?

さっそくおたよりを紹介しよう!


<先生がこどもだった時>

私がスクールカウンセラーで行っている
学校にも「曇りの教室」があります。

子ども達はただ必死に怒られないように
生活しています。

先生の一挙手一投足に目を配り、
先生が怒る前に子ども同士で注意するという
監視しあうシステムを作りあげています。

そこにはやはり不穏な出来事が続いていて、
ちょっと価値観にはずれるような子がいると
陰でこそこそいじわるがあったりする。

皆がちょっと先生に疑問を持ちつつ、
でも言えない。

言うと壊れてしまうから‥‥。

保護者やほかのいろいろな人が訴えて
先生本人もわかっているのに続いてしまう。

教室観察をしていると
先生もかつての先生の支配に縛られている
抑圧された先生なのだろう。

そこから変わることが怖いのかもしれません
そして、立ち止まって自分のことを振り返る時間など
ないのかもしれません。

しかし考えることをやめてしまうと、
自分の受けた「曇り」を他の人にも与えてしまう。

自分を大切にするのと同じように
他者を尊重できなくなってしまう。

負の連鎖を断ち切るためにも、考えることを続け
自分を客観化してとらえることが
できるようにならないと。

カウンセラーも自分の価値観が強くでて
「曇りのカウンセリング」
をしているかもしれないと、戒めの気持ちもあり
「自分の価値観は自分のもの、それは自由
 それと同じように他者の価値観の自由を認める」
ことをしていきたい。
(千代松)


<私を変えた母の言葉>

Lesson732 曇りの教室を読みました。
あまりにも自分の環境にぴったりだったので、
どうしても伝えたくてメールします。

私の夫は学校の教師です。

指導成果も出し、勤務態度もまじめ、
保護者からの評判も良い、
しかしクセの強い、価値観を押しつける
(押しつけている自覚はない、
それが当然と思っているから)
先生です。

家でも同様の方針で統率しようとします。

主人は、わが子に対しても、
時として、学校で生徒にしているのと同様に、
自分の信じる価値観を押しつけ、
私が見かねて口を挟もうものなら、
火に油を注いだ結果になる始末です。

つまり、「曇りの家庭」です。

教室どころか家なので、出口はありません。
いつ解放されるか全く見えない状況です。

自分の家なのに理不尽さ、閉塞感は半端ないです。

さらに怖いのは、外から見たら、
家庭思いのやさしいお父さん、社交的で明るいご主人
というイメージが認知されていること。
内部告発が無い限り
気づかれることはないということです。

子どものことだけを考えて、力と恐怖に支配され、
息を潜めて従う時期がありました。

しかし、私のその態度を受けて、子どもも
私以上に息を潜めて従っている、怯えている
ということに気づきました。

そんな時期、実家の母から
「強くなりなさい」
という言葉をもらいました。

切実に、強くなろうと思いました。

私自身を強く信じること。
夫の存在を俯瞰し、従うにしても
怯え凌ぐためにではなく、
自分なりに距離を取り、感情的にではなくある意味
ビジネスライクに受けるようにしました。
時としてあえて笑いに変え、流す努力もしています

相変わらず曇りの出口は見えていません。

でも、少なくとも、

子どもは以前より上手に受ける、あるいは流せる

ようになったと感じます。
月日は決して止まりません。過ぎていきます。
状況も同じです。

いつかは晴れの日がくると信じて。

考えることをあきらめてはいけない。
自分を信じることをあきらめてはいけない。
私にも、子どもにも、言い続けて行きたいと思います。
(34)


<「曇りの会社」を出たあと>

私は「曇りの会社」で働いていたんだと思います。

新卒で入社した会社は、体育会系で、
上下関係も厳しく、ワンマン社長の言うことが絶対。

尊敬できる先輩が会社を辞めることになり、
私は目標や心の拠り所がなくなったような気がして、
私も辞めてしまいました。

「辞めるならウチにおいでよ」と声をかけてくれた
同業他社にすぐ就職することになりました。

その会社はまだ設立して間もなく、
少人数で手探り状態で進んでいる状態で、
「こんなやり方もあったんだ!」という発見や、
のびのびとした社風に、とても開放感を感じました。
でも、それと同時に襲ってきたことがあります。

何をすればいいかわからない。

どうすべきなのかわからない。

初めの会社では、マニュアルとまではいかずとも、
「社長のやり方」という
絶対に従わなければいけないものがあった。
それに苦しんでいたはずだった。
でも、それから解放された途端、
「こうすべき」ものがなくなって、
働き方がわからなくなった。

「しなければいけない」という縛りは、いつのまにか、
「しさえすればいい」という、
自分で考えることをやめてラクに行動するためのものに
なってしまっていたようです。

その時はそれに気づいていなくて、
「指針を示してくれないようじゃ働けない」と、
結局その会社も辞めてしまったのですが、

「自分の頭で考える」こと、
「私はどうしたいのかを考える」ことに
気づいていれば、また違ったと思います。
(まる)


<今まで「答え」だと信じてきたことが>

私はグラフィックデザインという職業に
ついているのですがデザインがヘタクソです。
10年近く働いてもちっとも上達せず、
焦って、厳しい環境で修行のやり直しだと、
職場を変えました。

始めは上司の言われるがまま、仕事を進めていました。
自分に自信が無かったし、仕事のできる上司の言う事は
間違いないと思っていたから‥‥。

上司の言うおり作業を進めていく日々の中で
時に、

あれ?ほんとにこれで良いのかな?

と思うことや
内容が矛盾しているなと思う事が時々出てきましたが、
それでもデザインがヘタな私は、
やっぱり自信がないままだったし
黙ったままの日々でした。

ある日、上司に仕事の事で
「どう進めたら良いか分からないんです‥‥」
と伝えると
少しため息まじりに

「私だって分からないんだよ‥‥」

と言われました。
他人の意見を鵜呑みにして思考停止していた私は、
この一言に、

今まで上司が言っていたのは「答え」ではなくて
「上司の考え」だったんだ

と気づきました。
自分よりも経験値のある人の言葉はありがたい。
ありがたいけれど、

それはあくまでその人のやり方で、
世の中にある色んな方法の1つに過ぎない。

人から意見をもらった時、

それを「答え」として受け取らず、
「ヒント」として受け止めてどう料理するのか。

5年たった今も相変わらずデザインはヘタクソだけど
5年前よりは上達している実感があります。

「考える事を諦めない」
「考える事を諦めない」
「考える事を諦めない」

ことあるごとに唱えていたい。

これさえあれば私のデザインの腕は、
たとえ1mm単位でも成長し続ける。
そう思うと、ワクワクしてきます。
(トンコ)



「曇りの教室」で私がずっと不思議だったのは、
「おとなに積極的に媚びを売る子ども」の存在だ。

先生が、独特の価値観を押しつけてきたとき、

単純にやろうとしてもできなくて、
落ちこぼれてしまい、罰ばかり食らってしまう子や、

反抗的な態度をとって、
それが先生を刺激してしまい、結果さらに
教室中をピリピリさせてしまう子や、

恐いからひたすら我慢して従順になり
ひたすらストレスを募らせて弱っていく子や、

強いられたことはそつなくこなすけれども、
自分を見失わず、どこか自由な感じのする子や、

いろいろ対応はわかれるだろうし、
どれがいいとは一概に言えないのだけど、

積極的に先生に媚びを売ったり、
先生が喜びそうなネタを、先回りして提供したり、
という存在が、

どうしても単純に私は、わからない。

従わないと罰を受けるにしても、
先生もそこまでは強要していないだろうというか、
どうして自分から進んでそこまでする必要があるのか、
ずっと謎だったのだけど、

いただいた読者のおたより、まるさんの

“「しなければいけない」という縛りは、いつのまにか、
 「しさえすればいい」という、
 自分で考えることをやめて
 ラクに行動するためのものになる”

という言葉にヒントをもらって、
ちょっと気づいたことがある。

人は、嫌なことを押しつけられて、
嫌だと思いながら、やらされ続けるのは辛い。

だからラクになろうとして、「思考停止」してしまう。

これでうまく逃れたつもりでも、
何も考えない状態を長くキープするのは、
やはりそれはそれで苦しい。

そこで、さらにそこから逃れてラクになろうとした道が、

自らすすんで支配下に入り、
積極的に上の人の喜ぶことをしたり、
媚びを売ったり、なのかなと。

いやいややり続けるという我慢は辛い、
だから思考停止する、でも思考停止し続けるのも辛い、
だから、

「自分を欺く」。

自分で好き好んで、進んでやっているんだと、
自分に信じ込ませて過ごそうとする。

結果は言うまでもないのだけど、
自身を欺き続けるのは辛いわけで、

よりラクを求めた道が、
より苦境に自分を追い込んでしまう。

だから、読者の34さんが言うように、
自分を信じて、自分の頭で考えるということをやりつつ、
相手に対しては、

「距離を取り、感情的にではなく、
ある意味ビジネスライクに受けるようにしました。
時としてあえて笑いに変え、流す努力もしています」

というのが、
現実的で続けられる行き方だなと私は思う。

「受け流しつつ、自分の頭で考えることを諦めない」

ということを、もしも、私自身が曇りの状況に置かれたら
思い出したいと思う。

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2015-05-20-WED
YAMADA
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