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全貌不明・・・・ドイツ人がつくった果てなき映像百科事典 エンサイクロペディア・シネマトグラフィカ全貌不明・・・・ドイツ人がつくった果てなき映像百科事典 エンサイクロペディア・シネマトグラフィカ

第2回

カケケケケ。グバグバ。

── 
長らく「忘れられた存在」かのようだった
ECフィルムの上映会を
再開したきっかけは、何だったんですか?
下中
もともとECに興味を持っていたんですが、
丹羽さんと一緒に、
人類学者の西江雅之さんにお会いしたとき、
「平凡社には
 ECフィルムがあるでしょう?
 あれは、すごいですよ」と
声をかけられて、それで盛り上がりまして。
── 
専門家にとっても、
半ば伝説的なフィルムだったんですね。
下中 
私たち自身が見てみたい。
でも、今では
16ミリフィルムを見るのは手間がかかる。
それならいっそ
上映会をして、みんなで見たらどうか‥‥
という話になったんです。
── 
なるほど。
下中 
そこで、映画製作をしている
ポレポレタイムス社の中植きさらさんに
メンバーに入ってもらい、
2012年から、東中野のポレポレ坐で
上映会をスタートしました。
丹羽 
当時、私はまだ
人類学の博士課程の学生だったんですが、
上映会をやるにあたって、
だいぶオロオロしたことを覚えています。
下中 
研究者のたまごだたった丹羽さんも、
あのときはまだ、
ECのことを知らなかったんだよね。
丹羽 
はい、そうなんです。

それで、まずは、日本の映像人類学の
トップランナーのひとりである
川瀬さんのところへ相談に行ったら、
何人かのEC関係者と、
ゲッティンゲンで話したことがある、って。
下中 
これは協力していただかねばと(笑)。
川瀬 
そんなこともありましたね。

マンフレット・クルーガーさんといって、
70歳を超えている人ですが、
パプアニューギニアやメキシコ、
インドネシア、エクアドルなどに赴いて、
100本を超える
ECフィルムの制作に携わった人に、
何度か、お会いしました。

後日、研究所が閉鎖されてしまったときに、
「人類にとって貴重な資産が
 誰の目にも届かない洞窟の奥の奥に
 仕舞い込まれてしまった」と、
涙目で嘆いていた彼の姿が忘れられません。
── 
川瀬さんは、
下中さんたちからご連絡のある前から
ECのことを、ご存じだった。
川瀬 
はい、映像人類学の歴史のなかでは、
ECは「事件」ですから。
── 
事件。
川瀬 
映像人類学の研究史を描くとしたなら、
ECには、触れずにはいられないので。
── 
それほど、エポックメイキングだったと。
川瀬 
科学映像とはこうあるべきだ、という
規範的なイメージを
母国ドイツだけでなく世界中に波及させ、
確立させたのがECです。
下中 
ちなみに、さっきのクルーガーさんって、
元はテレビの修理工だったんですって。

そういうのも、おもしろいなあと思って。
川瀬 
修理工から、研究所のスタッフへと転身。

以降、世界中に派遣され、
カメラを回し、ECフィルムをつくり続け、
さらには、中国の雲南やインドに出向いて、
人材育成まで手がけていました。
── 
撮影された映像って、
すべてフィルムで保存されているんですか?
下中 
すべてフィルムですが、
一部テープにダビングしたものもあります。
ベータカムとか。

そういう、上映様式の移り変わりにも、
振り回されちゃっていて(笑)。
── 
昔でいうVHSとベータ、
少し前のブルーレイとHD DVDみたいな。
下中 
今、少しずつ
デジタル化したものを保存していこうと
思っていてすでに400タイトルくらいは
デジタル化の済んだの映像を
DVDで見られるように、なっています。
佐藤 
その意味で言うと、
「フィルム」という記録媒体は「確実」で、
劣化はしていくけど、
どうにか「見る」ことはできるんですよね。
下中 
いちばん歴史があるからね。

ただ、それでもフィルムを保存することは
やっぱり難しくて、
だんだん劣化して「お酢みたいな匂い」が
してくることがあるんです。
ビネガーシンドロームと言ったりしますが。
── 
フィルムから、お酢のにおい?
丹羽 
症状が進むと
フィルム同士がくっついてしまったり、
変色してしまったりして、
見れなくなっていってしまうんです。

そして、ひとつ劣化してしまうと、
他のフィルムも、伝染していくんです。
── 
フィルムの流行り病みたい。
下中 
温度や湿度などを徹底管理できる場所で
保管しないとダメなので、
ECもそのような倉庫に預けてはいます。

あと、ECの16ミリフィルムは、
いくつかのタイトルを組み合わせているんですが、
フィルムって、
物理的に切り貼りできるんですよ。
── 
へえ。
下中 
万が一、切れてしまっても、
スプライサーという専用の道具で
つなぐことができるんです。
── 
データじゃなくて
実際に手で触ることのできる「モノ」だから
壊れても修理可能なんですね。
下中 
みんなで、ためしに
16ミリ映写機で映写をしてみたことがあって。

スイッチを入れれば
あとは全自動でOKというわけではなく、
アナログな映写機の動作を
注意深く見守りながら
こっちの呼吸を合わせていくような作業は
とっても緊張しますが、
忘れていた感覚を思い出すような気がして、
おもしろいんですよ、なかなか。
丹羽 
あれだけ大量のフィルムという「モノ」が、
過酷な環境のなかを人の手で運ばれて、
アマゾンのジャングルからチベットの山寺まで、
世界のさまざまな地域の
文化人類学的な記録が刻みつけられたのちに、
はるばる日本までやって来たのかと思うと、
あらためて感慨深いです。
── 
今は「データをメールで、一瞬で」ですものね。

みなさんは、ECフィルムのうち
もう、どれくらい見てらっしゃるんですか?
下中 
いやいや、まだまだ「ぜんぜん」です。

2012年以降、上映会で
すでに70タイトルくらいは上映していて、
企画段階では、
その5倍ほどの映像に目を通してますが、
全貌は、まったく見えてきていません。
── 
先は長いけど、そのぶん楽しみですね。
下中 
それに、それぞれに録画時間の違う映像を
効率的にフィルムに収めるために、
ひと巻きのなかに
バラバラのジャンルの映像が入ってるんです。

だから、目録の順番どおりになってないので、
言ってみれば「闇鍋状態」なんです。
── 
再生してみるまで、
何が出るのか、わからないんですか。
佐藤 
ある意味、途方もない宝探しなんですよ。

ある映像を探していたら、
別のお宝映像が見つかっちゃうみたいな。
── 
それは、なかなか進みませんね。作業。
下中 
「屠畜」がテーマだった第1回の上映会のとき、
「ドイツの人が
 ソーセージをつくる映像」を見ようと
フィルムを再生したら、
冒頭に別の映像が入っていたんですね。

早送りできないので、まず、
その映像を見ることになったんですが‥‥。
── 
はい。
下中 
はじめは何かのフェスティバルのようすが
映し出されていたのですが
だんだん、妙な雰囲気になってきて‥‥。

おじいさんが若者の背中の皮膚を
点線状に、傷つけはじめたんです。
「やめてくれ~」と言いたくなるような
痛そうなシーンがずっと続き、
みんな、耐えられなくなってきて(笑)。
川瀬 
スカリフィケーション、
日本語で瘢痕文身(はんこんぶんしん)という
身体装飾の一種で、
皮膚に切れ込みを入れたり、
皮膚を焼いてケロイド状にしたりして、
独特の文様を描く儀式です。
── 
うわー‥‥。刺青とか、タトゥーみたいな?
丹羽 
いえ、皮膚が凹凸になっていくのを
利用して文様を描くので、
刺青だとかタトゥーなんかよりもぜんぜん、
ビジュアル的に衝撃的で。

たしか、
アフリカの先住民だったと思うのですが。
下中 
その映像の直後に、私たちの見たかった
「ソーセージの映像」があったんです。

けど、今や、そんな‥‥ねえ。
── 
人間の身体に切れ込みを入れていく
映像のすぐあとに、
ソーセージをつくる映像‥‥無理ですね。
下中 
あれほど
映像に皮膚感覚を刺激されるとは、
びっくりでした。
丹羽 
撮影の時期が同じだったのと、
それぞれの尺が、ちょうどよかったから、
一緒にしたんだと思いますが、
残像効果で
人間も含めた動物の身体について
頭じゃなく体で考えさせられた気がして、
「屠畜」というものを
これまで想像したことのない視点から
見ている自分がいました。
下中 
偶然って、ホントおそろしい‥‥。
佐藤 
あと、おもしろいなと思うのはタイトル。
下中 
あ、そうね。
佐藤 
わかりやすいものもあれば、
ぜんぜん、そうじゃないのもあるんです。

たとえば
「ワニのパントマイム」というタイトルで
「なんだろう?」と思って見てみたら
人間がワニのように地面を這いつくばって
リズミカルに、
まさに「パントマイム」していた‥‥。
── 
つまり「人間による、ワニのパントマイム」
だったってことですね(笑)。
佐藤 
聞き慣れない言語の場合、
想像力や妄想力が広がるものもあります。

たとえば
「腰蓑カケケケケをつけた踊りの動作」
とか
「仮面舞踊グバグバ」とか(笑)。
── 
カケケケケ? グバグバ?
下中 
他にも「シロアリの託宣」、とか。
── 
シロアリから‥‥どんなお告げが。

<つづきます>

2016-10-31-MON

バリ島の米つき。

1973年 インドネシア・バリ島(音声あり)