「ほぼ日の健康手帳」が ニンテンドーDSi用のソフトになりました。  自分の健康について 考える道具。 岩田聡(任天堂社長)×本田美和子(医師)×糸井重里

本田 先日、いろいろな患者会のかたがたが
日本全国から集まって話し合う
シンポジウムに参加したんです。
患者会というのは、
おなじ病気を持っているかたがたが集まって、
困ってること話し合ったり、情報交換をしたり、
あるいは政府に働きかけたり、
という活動をしている会なんですが、
そこでみなさんのお話を聞いていて、
あらためて感じたことがあったんです。
それは、みなさん、ご自分が抱えている
それぞれのご病気については
ものすごく深く、ご存知なんですね。
だけど、たとえば血圧とか、風邪をひくこととか、
健康についての基本的なことには
わりと無頓着なかたが多いような気がしたんです。
糸井 はぁー、そういうものですか。
岩田 つまり、健康や病気に関して、
何か、テーマなり、課題なりがあれば、
そのことについてだけ
すごく深く掘っていくという。
本田 そうなんです。
自分が直面してる問題については
深掘りするけれども、
そうじゃないことはあまり深くとらえない。
ほんとはそこも含めて
そのかたの健康なんですけど。
岩田 しかもいまは、
インターネットのおかげで
おそらく、専門家と、
モチベーションを強く持った素人の
得られる情報の深さに、
あまり差がなくなっていると思うんですね。
本田 そうですね。
だから、新しい治験薬なんかの情報は、
とても詳しくご存知なんです。
でも、自分がふだん飲んでいる
血圧の薬については
なぜ飲んでるかさえわからない。
そんなアンバランスを抱えているかたが
たくさんいらっしゃるなというのを
最近、あらためて思います。
糸井 「健康」という概念って、
じつはそうとうややこしいのかもしれませんね。
本田 そうですねぇ。
あの、健康観ということでいうと、
「健康手帳」をつくるときにも
相談にのっていただいた
日野原重明先生が、
「病気とともに健康な生活はある」
ということをおっしゃっていて、
わたしも、ほんとにその通りだなと思うんです。
糸井 「病気とともに健康な生活はある」。
本田 ピカピカの無傷の健康が、
あればもちろんすばらしいことですけど、
でも、そうじゃなくても、
きょう一日をさわやかに過ごせたとか、
朝すっきり目覚めるということも、
十分に健康であるということ。
そういった思いを「健康手帳」を通じて
お伝えすることができるといいなと思うんです。
健康って、何ひとつ病気がないという、
その状態をさすのではなくて、
何かがあって、いいんですよね。
岩田 なるほど、なるほど。
糸井 やっぱりね、「健康」とか「幸せ」みたいな
プラスの概念っていうのは、
きちんと実感するのが難しいんですよ。
本田 あぁ、「健康」と「幸せ」。
たしかに。
糸井 人はみんな、幸せになりたい、
幸せが欲しいって、あたり前に言うけど、
そんなに不幸せなのか? って、
考えれば考えるほど、
よくわからなくなるんです。
たとえば、いまの話でいうと、
「喘息を持っているという状態の健康はある」。
ぼくは「ある」と言えます。
岩田さんはどうですか?
岩田 ええ、ありますね。
糸井 家族の幸せということでいえば、
お兄さんが家出したままだけど、
それでも幸せな家庭ってあるわけですよ。
ほら、『男はつらいよ』の一家なんてさ。
一同 (笑)
糸井 あの一家も、
それはそれで幸せにやってるわけだし。
本田 そうですね(笑)。
糸井 そうじゃない「欠けのない何か」を
夢想しちゃうと、たいへんですよね。
本田 本当にそう思います。
わたしが外来で診ている患者さんは、
ほとんどがHIVとともに
暮らしているかたたちなんですけど、
このあいだ、ある患者さんとお話ししていて、
ほんとにハッとしたことがあるんです。
「ぼくみたいに健康になると
 なんかもう、病院に来るときぐらいしか
 病気を持ってると思わないんですよね」って、
そうおっしゃったんです。
その「ぼくみたいに健康な人が」という言葉が
彼のなかからものすごく自然に出てきて、
わたしも思わず、「あ、そうだよねぇ」と。
糸井 ああ、なるほど。
本田 傍から見れば、HIV感染症というのは、
薬を飲まなければ命にかかわる不治の病なのに、
でもそれで、普通に生活して仕事をして、
「ぼくみたいな健康な人が」って言える、
その健康観って、ほんとにすばらしいと思ったんです。
糸井 そんな言葉がスッと出ちゃったんですか。
本田 そうなんですよ。
もう、まるで何ごとでもないように。
岩田 きっとそのかたは、
周りで調子が悪そうにしてる人を
いっぱいご覧になるんでしょうね。
糸井 あぁ、そうか、そうなんだね。
岩田 健康って、相対的なところで
ようやく感じる部分もあるでしょうから。
糸井 そうだねぇ。
本田 だから、どんな病気を持っていても、
健康は実現できると思います。
それをできるだけ多くのかたに、
そうなんですよと、お伝えしたいと思うんです。
糸井 思えば、いま本田さんが話していて、
ぼくらが聞いたりしてる、
この話を読むだけでも、
健康についてちょっと考えますね。
本田 そうですか。
そうだったら、とてもうれしいんですが。
糸井 欠けがある状態で健康だということがあり得る。
少なくともそう言えるんだと思うだけでも、
なにか、ちがいますよ。
(つづきます)

2010-04-26-MON