デヴィッド・ルヴォー対談 だから演劇はやめられない。 ──昔の日々と、今の日々。──  ゲスト 宮沢りえ[役者と演出家編]/木内宏昌[演出家と劇作家編]
 
[演出家と劇作家編]その5 女性、そして革命的な出会い。
木内 あとひとつだけ聞かせてください。
日本だと、劇場に男性客がなかなか来てくれません。
他の国もそうでしょうか。
それはなぜなんだろう?
ルヴォー 欧米でも、どの演目を観るかを選ぶのは女性、
とは言われているんですよ。
やっぱり男性の仕事の忙しさを考えると、
1日働いて、その後劇場に行くっていうことが、
なかなかできないのかもしれないですね。
たしかに日本よりはイギリスやアメリカの
演劇人口における男性の比率は高いですけどね。
でも、やっぱりどこでも
女性に受けなければ成功できないっていう法則はある。
今、何でもそうですよね。映画もやっぱり。
売れるかどうかを推進するのは女性である。
秘密の権力を握っているのは女です。
木内 そういうことですね(笑)。
ルヴォー でも、女性に媚びてるものを女性が喜ぶとも限らない。
そこは、すごく女性は厳しく見ていますよ。
目が肥えているから。
そして女は他の女を好まないっていう、
複雑さがあるから。

▲舞台『昔の日々』からの一場面(撮影:源 賀津己)
木内 たいへんむずかしい真実です(笑)。
ルヴォー 「女としてひとくくりにされた」
っていう気持ちにさせないように、
すごく気を付けないといけない(笑)。
いっぽう、男は男同士で
くくられるのが好きじゃないですか。
女性が男に、「男って」って言うのを、
男はそう言われて密かに喜んでるんじゃないか(笑)。
でも男に、「女って」「女はこうだ」とか言われたら、
女性はみんな嫌ですよ。
木内 そのとおり!
ルヴォー 女性は他の女と一緒にされると、
「あ、自分も女なんだね」ってなるという矛盾があって。
もちろん女性の権利がまだ足りないっていうことを
主張したい時は、やっぱり女性同士で集まって、
そこで政治的発言権を得たりするけど、
発言権を得るためにはつるまなきゃいけないっていう
必要性はわかっていても、
本質的につるむっていうことをよしとするところが
あまりない。
だから、複雑なんです、女性は。
木内 本当ですね。
ルヴォー 「女性がいちばん、世界を左右する力を持つべきか?」
と聞かれたら、ぼくはこう答えますよ、
「そうあるべきだ」。
女性は男性よりも、
人間であるということのすべてのふり幅を、
あらゆるふり幅を恐れない。
木内 ハァ‥‥(笑)!
ルヴォー 深いため息だね(笑)。
木内 (笑)
── ルヴォーさん、次が映画で、
さらに舞台のご予定はあるんですか?
ルヴォー パトリック・マーバーの『クローサー』です。
ナタリー・ポートマンやジュリア・ロバーツで
映画にもなった戯曲です。
ロンドンで上演します。来年の初めです。
── ぼくらはルヴォーさんの『ナイン』を観て、
『人形の家』を観て、
それを超える舞台に出会えないでいる、
っていうトラウマがあるんです(笑)。
何を観ても比較しちゃう。
ルヴォー ぜひ『昔の日々』を観に来て!
でも『ナイン』を楽しんでいただいて、
本当によかったです。
木内 ルヴォーさんにとって、
ミュージカルとストレートプレイは、
どんなふうに異なるものですか?
あるいは同じものですか?
ルヴォー 同じように考えています。
技術的に違うアプローチをすることはあっても、
本質的には、歌っていうのは場面だから。
歌を演出する時に、どういう状態で突入し、
どういう状態で出てくるかっていうのを
考えないといけないのは、普通のお芝居の場面と一緒。
── すいません、こんな質問、変なんですけど、
ルヴォーさんが自分の作品以外で
好きなミュージカルとか好きな芝居はあるんですか?
ルヴォー いっぱいありますよ!
ミュージカルなら、
スティーヴン・ソンドハイムの大ファンです。
そしてアンドリュー・ロイド・ウェバーの
『ジーザス・クライスト・スーパースター』。

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スティーヴン・ソンドハイム
アメリカの作曲家・作詞家。代表作に
『ウエスト・サイド物語』『スウィーニー・トッド』など。
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アンドリュー・ロイド・ウェバー
イギリスの作曲家。代表作に
『ジーザス・クライスト・スーパースター』
『エビータ』『キャッツ』『オペラ座の怪人』など。
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ルヴォー 『ジーザス・クライスト・スーパースター』は
初演を観ているんですよ。
自分はまだ15歳で、叔母さんの家に遊びに来てて、
チケットを自分で買って、行ったんです。
晴れた夕方で、オトナはみんなバーでお酒飲んでて、
そんなロンドンの街を、『ジーザス』を観に行くために
歩いた時のことをよく覚えてる。
なんかカッコいいなって。
もう70年代だったけど、
まだ60年代が続いていた。
ヒッピーの価値観がまだ残ってた。
ぼくはお金をたくさん持ってなかったから、
安い、天井桟敷の席から観ていました。
カッコいい連中が出てきて、
舞台がね、光る十字架だけだった。
当時はそんなに技術も発達してないから、
ただ単純に十字架が光ってた。
舞台上にバンドがいて、
本当のヒッピーみたいなジーザスがいて、
ユダも本当のヒッピーみたいだった。
そしてぼくはマグダラのマリアに恋をした。
木内 すごい、15歳で(笑)。
── 早熟。
ルヴォー その後に観たのが、初演の『エクウス』でした。
主演はアンソニー・ホプキンス。
アンソニー・ホプキンスを誰かも知らなかった。
というよりも、まだその時、
彼はアンソニー・ホプキンスでもなかった。
けれどもすごく存在感のある役者だなと。
でも、ウエスト・エンドなんだから、
役者はみんな存在感があると思って観てたんです。
そうそう、全裸の場面があるんです、この舞台。
でもぼくはそんな、まさか全裸になるなんて、知らなくて。
女性のキャストも、「あ、きれいだな。きれいな子だな」
と思って観ていたら、脱ぐものだから驚いて、
こんないいもの観たことないって(笑)!
なんだかよくわからないけれども、このお芝居は、
裸になって馬に乗って、目を潰すという行為をしないと、
性的に解放されたことにならないって言ってるんだな、
と思って観てました。
だから、終演後、歩きながら、
「俺、つまんないやつ!」みたいに思ってね。
「そこまで俺の性生活はドラマチックじゃないなぁ」
と思って歩いてました。

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『エクウス』
イギリスの劇作家
ピーター・レヴィン・シェーファーの戯曲。
1973年初演。馬の目をつぶした少年と精神科医の話。
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木内 最高(笑)。
ルヴォー 俺イケてるかな? なんて思ってたのが、
何? 馬の目まで潰さなきゃいけないの(笑)?
でも、よかった、それで「そうだ」と思わないでよかった。
10代は、1人っきりで、ずいぶん冒険をしました。
ウエスト・エンドで。
ロンドンの叔母っていうのがすごくリベラルな、
自由な人だったから。
叔母はあのミュンヘンオリンピックの、
水泳の金メダリストの娘で、
『デイリー・テレグラフ』っていう有力紙の
スポーツジャーナリストでした。
叔母さんの家だったら
ロンドンに遊びに行っていいって言われていて、
叔母も、「あなたが何をしようといいから、
ただ迷子にだけはならないで」って。
木内 素敵すぎる! いいなぁ、いいなぁ。
ぼくにとっては、その叔母さんはルヴォーさんです。
tptでルヴォーさんに出会って、
もらった言葉から新しい世界を感じて、
ここまで冒険を続けることができてるんです。
ルヴォー そんな、そんな。
でも、木内さんが自分の道を切り開き、
自分が吸収したことを自分の仕事に使って、
突き詰めていったことは、
本当によかったと思います。
いろんな若い人に出会うけど、
なかなか独立して「何か」になれる人っていなくて。
そもそも木内さんがtptに来ることを
選ばれた理由までは知らないのだけれど、
そこで必要な体験をして、
それを自分の道に生かされたっていうのは、
すごくいいことだと思う。
木内 ぼくがルヴォーさんのワークショップに
参加することができたのは、
当時、離婚したところだったからですよ。
ルヴォー 知らなかった!
それね、少数派なんだ。なぜかっていうと、
「ワークショップに参加しました。
 それの影響で離婚しました」
という人はいっぱいいるから(笑)。
‥‥ジョウダンヨ。
でも、ワークショップではないけれど、
演劇にかかわって離婚をしましたっていう人は
本当に多いんですよ。
なんか、みんな『人形の家』のノラになる(笑)。
木内 (笑)自分だけじゃなくて、
デヴィッド・ルヴォーという人に出会って、
演劇を初体験し、革命を感じた人は、
すっごくたくさんいると思います。
── ぼくらもそうです。
木内 そういう意味でも、ぼくにとってはやっぱり、
先生なんです、本当に。
ルヴォー ありがとう。
すごい後になって、そんなふうに、
「いや、実は」って聞くんです。
案外、すごく後になってしか、
影響されたっていうフィードバックってないんですよ。
すぐ言ってほしいですよね!(笑)
でも、そう聞くたびに、
なんだか1つ年取った気持ちになるな。
もちろんいい意味でね。
木内 舞台、観に行きますから。
ルヴォー ありがとうございます。
木内 ルヴォーさん、ありがとうございました。
ルヴォー ありがとうございました。
2014-06-13-FRI
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