糸井重里の1年分の原稿から
こころに残ることばを集めてつくる
「小さいことば」シリーズの本。
今年も、大切な1冊ができました。
最新作のタイトルは『忘れてきた花束。』。
そして、「小さいことば」シリーズの
ベスト盤ともいえる文庫本、
『ふたつめのボールのようなことば。』
も同時発売します。
さて、本の編集を担当しました
ほぼ日刊イトイ新聞の永田泰大が、
今年も、恒例のご挨拶を書きました。
全4回、お時間のあるときにでもどうぞ。

Contents

  • 糸井重里の「著書」とは。(2015.07.25)
  • この本の「傾向」について。(2015.07.28)
  • たとえば、「いいアイディアを出す方法」。(2015.07.31)
  • 当たり前の毎日の結び目として。(2015.08.04)

糸井重里は、著者としてのエゴが
まったくない人なのです。
驚きますか。驚くでしょう?
ぼくは、「ほんとにそうなんだ」と
しみじみ実感したとき、
わかっていたつもりでしたけど、
あらためて驚きましたよ。

つまり、糸井重里は、
「糸井重里」という著者として、
なにか作品を発表するということに
まったく意味を感じてない人なのです。
つまり、いわば、いってみれば、
「書きたくない人」なのだといっていい。
16年以上、毎日、1日も休むことなく、
書き続けているくせに、彼は書くことを
心底欲してはいないわけです。
驚きますか。驚くでしょう?

しかし、おもしろいことに、
彼は書く必然も受け止めることがあって、
たとえば、「糸井重里」が、
個人としてではなく、組織のリーダーとして
プロジェクトのプロデューサーとして
そこに関わっている場合は、
「ここは糸井重里という人が
 しっかり書いたほうがいい」
と判断することがあります。
そういうとき、
「プロデューサー・糸井重里」は、
「著者・糸井重里」としての
内面的な動機はさておき、
なにかを書くことをプロデューサー的に引き受けます。
構造としていえば、
「プロデューサー・糸井重里」が
「著者・糸井重里」に仕事を命じる、
というような感じでしょうか。

で、いざ、締切が迫って、
「著者・糸井重里」が原稿に向かう場合は、
そのテーマが自由であればあるほど、
「‥‥で、なに書けばいいんだよ?」
ということになるのです。
半分、ふてくされたりするのです。
著者として。個人として。本人として。
おもしろいでしょう? ほんとのことなんです。

だって、彼には、
著者でありたい動機がないのです。
なにか、うまく物事を、ことばでうまく表して、
支持を得たいとか、ほめられたいとか、
まったく思っちゃいないのです。
これっぽっちも思っちゃいないのです。
驚きますか。驚くでしょう? ぼかぁ驚いた。

重ねた年齢のせいというのもあるでしょうが、
元来、性質として、この人はそうなのだと思う。
だから、この人には、知名度とキャリアの割りに
きちんとした「著作」がたいへん少ない。

もちろん、Amazonなどをその名前で検索すれば、
本のタイトルがずらりと並びます。
けれども、それを1冊1冊チェックしてご覧なさい。
それらの本は、なにかの企画の
一環であることがほとんどだ。
「本を著す」とは違う意図で企画された
対談やエッセイをまとめたものが大概だ。

その意味でいえば、2007年から続く
この「小さいことば」シリーズも、
正式には彼の「著書」ではないと思う。
ご存じの方はとっくにご存じかと思いますが、
この本は、糸井重里が1年間に書き溜めた
原稿やツイートをもとに、担当者が、
いってみれば「勝手に」本にまとめたものなのです。

だから、糸井重里は、たいてい本ができあがったときに、
ぱらぱらとそれを眺めて「へぇぇ」などと言ったりする。
(ちなみに、本のできあがりに発せられる
 その「へぇぇ」という反応を、
 担当者は毎年たいへんたのしみにしている)

またしてもややこしい話が展開していますが、
ぼちぼちまとめますから、
これも恒例と笑ってスクロールしてください。

この「小さいことば」シリーズは
厳密には糸井重里の著書ではないかもしれないが、
内容的にはこれ以上の著書はないと、
唐突にぼくは言いたい。

なぜなら、このシリーズに詰められたことばは、
糸井重里が誰に命じられるわけでもなく、
なんのテーマを課せられたわけでもなく、
生業としてでもなく、趣味としてでもなく、
ただただ、じぶんのなかから、
じぶんでつかみとってきたものばかりなのだから。

それが糸井重里の作品でなくてなんだろう、とぼくは思う。
ノルマもクライアントも義務も約束もなく、
毎日休むことなく糸井重里がつづったことば。
それが、「小さいことば」シリーズの「もと」なのです。

ほっとけば絶対に著書など残さないような性分である
糸井重里という人の本が、毎年1冊ずつ出る。
そこに巨大な意義を感じるため、
ぼくはこの本の編集を断固やめないのです。

そういう本の最新作が、
『忘れてきた花束。』です。

ちなみに、このシリーズ、本のタイトルは
毎年、糸井重里本人がつけます。
その意味では、「小さいことば」シリーズにおいて、
もっとも純粋に著者的な作業というのは、
本に名前をつけることです。

『忘れてきた花束。』、
ことしは、とりわけ、いいでしょう?

担当編集者・永田泰大

(このような、本の予告になってるんだか
 なってないんだかわからない読み物を
 発売の日まで、数回、自由に続けます)

(2015.07.25)