糸井重里の1年分の原稿から
こころに残ることばを集めてつくる
「小さいことば」シリーズの本。
今年も、大切な1冊ができました。
最新作のタイトルは『忘れてきた花束。』。
そして、「小さいことば」シリーズの
ベスト盤ともいえる文庫本、
『ふたつめのボールのようなことば。』
も同時発売します。
さて、本の編集を担当しました
ほぼ日刊イトイ新聞の永田泰大が、
今年も、恒例のご挨拶を書きました。
全4回、お時間のあるときにでもどうぞ。

Contents

  • 糸井重里の「著書」とは。(2015.07.25)
  • この本の「傾向」について。(2015.07.28)
  • たとえば、「いいアイディアを出す方法」。(2015.07.31)
  • 当たり前の毎日の結び目として。(2015.08.04)
たとえば、「いいアイディアを出す方法」。

ことばというのは、
「役に立つ」という側面をもっています。
いえ、精神的な支えというよりも、
もっと実用的に。

それはもう、プラモデルの設計図のように、
乗り換え案内のアプリのように、
任天堂のゲームのチュートリアルのように。

とかく、ある人のことばをまとめた本は、
こころの深い部分に寄与するという印象がありますが、
糸井重里のことばをまとめた
この「小さいことば」という本のシリーズは、
そういった面はもちろん備えつつも、
私たちの実生活に具体的に役立つことが多々あります。

それは、糸井重里が
何かの道を極めようとするわけでもなく、
達観の境地を目指そうという人でもなく、
まさに実生活で現実的に実際のことを
考え続けている人だからでしょう。

だから、まぁ、電波の状況がよくないWi-Fiを
スパーンとつなげてくれたりはしないけれど、
ちょっとした迷いとか悩みには、
実用的な解答を与えてくれたりするんです。

だから、たとえばぼくは、
(やりませんけどね)
道ばたに小さいテーブルを置いて
「小さいことば」シリーズの本をずらりと並べて、
机に「よろず相談うけたまわります」と紙を掲げて、
座った人がそれなりの相談事をしゃべったあとで、
「それではあなたはこのことばをお読みなさい」
とページを開いて示すことが、たぶん、できますよ。
いや、やりませんけどね。

やったとすると、そこに座ったきれいなお姉さんは、
「はーー、そっかぁ‥‥」などとつぶやき、
深々と頭をさげてお礼を言って、
ぼくにお礼の百万円をくれると思いますよ。
いや、だから、やりませんけどね。
話の展開のところどころに無理がありますけどね。

でも、たぶん、このシリーズを
たのしみにしてくださっている方は
思い当たるんじゃないかと思いますけど、
ページを繰っているときに
「あ」と貫かれることはよくあるんです。
気持ちの引き出しのわりと
すぐに取り出せるところにしまってある
答えの出ない問題やちょっとした心配事なんかを、
とろんと溶かす一文に出会って、
視界の隅がチカッと明るく瞬くようなことが、
しばしばあるんです。
それがハードルを上げすぎているようなら
「糸井重里のことばはときどきほんとに役立ちます」
くらいに言い直してもいい。

たとえば、今回の『忘れてきた花束。』には、
「いいアイディアを出す方法」が
たいへん具体的に書いてあります。

え、そうなんですか、と思うでしょう。
そうなんですよ。書いてあるんですよ。
ただし、「こうすれば簡単にアイディアが出る」
というようなことは、まったく書かれていません。
そうではなくて、
「いいアイディアを出そうとするならば、
 こうする以外に方法はないだろう」
ということが、たいへん丁寧に書いてあります。

ややこしさに拍車がかかる前に
本文から引用しましょう。
糸井重里は、まず、こう書いています。

 

いろんな企画だとか
アイディアだとかいうようなもので、
とにもかくにもそれしかない
というくらい重要なのは、
「ずっと考え続けること」だ。
(『忘れてきた花束。』より)

漠然とした「いいアイディア」というものに、
ひとつ、はっきりと、道がつけられます。
それは、「ずっと考え続けること」だと。
それ以外に道はないんだ、と。

え、それが方法ですか?
それをずっとやってればアイディアが出るんですか?
と、あなたは言うかもしれません。
きれいなお姉さんはそう言いながら
長いまつげをパチパチさせるかもしれません。
けれども、ことばは、こう続いていきます。

 

「ずっと考え続けること」というのは、
スポーツ選手のリハビリがきついとかと同じように、
なんだか手応えがわからないのに痛いばかりで、
不安にもなるし疲れるし、
なにより元気でやるのがむつかしい。
無意識で逃げたくなるし、
その逃げを正当化したくなる。
(『忘れてきた花束。』より)

つまり、「ずっと考え続けること」というのは、
たいへんに困難なことなのだと、糸井は言います。
「考え続ければ、かならずアイディアが出るのか?」
という問いつめ方に意味がないとぼくは思います。
そういう疑問を感じるからこそ
人は考え続けることができなくなるのであり、
だからこそ、「ずっと考え続けること」こそが難しく、
「いいアイディアを出す」ことにたどりつかない。
糸井はそう書いているのです。

そして、ことばは、さらに続きます。
彼は、いったいどうしたら
「ずっと考え続けることができるのか」
ということに道をつけていきます。
これまでの文脈と同様に、
いってみれば泥臭く、当たり前のルートを
糸井重里は丁寧にことばにしていきます。

どうしたら「ずっと考え続けること」ができるか、
といえば、「考え続けたらなにかを見つけた」という
経験をひとつずつ増やしていくことしかないと思う。
そのためには、どうしたらいいかというと、
「ずっと考え続けること」から逃げないこと。
逃げたとしても
「あ、おれは逃げた」と知っていること。
ほんとの「すっごい」にたどりついてる例を見て、
「できるものなんだ」と感じること。
(『忘れてきた花束。』より)

当たり前といえば、あまりにも当たり前で、
それを本人が一歩ずつ確認しながら書いているから、
ファンであるぼくは少し泣けてきます。
いや、泣きませんが。
ひるがえって、ここがいいのだと赤線を引きながら、
机をバンと叩いて語気を荒げるなら、
糸井重里がその人である所以は、
「逃げたとしても」の一文にあります。

逃げたとしても
「あ、おれは逃げた」と知っていること。

ここまで徹底的に
「考える続けること」の重要さを説きながら、
彼はそこから逃げてしまう弱さを
大いに尊重するのです。
尊重するっていうか、
そういうもんだよな、と肩を叩くのです。

「逃げないこと。」で終わるのではなく、
人は逃げてしまうものなのだと、
当たり前に、大雑把に、
そのへんのことを糸井は肯定するのです。
なぜなら、そこに、
「つい逃げてしまいがちなじぶん」が
含まれているからでしょう。
ほら、少し泣けてきたでしょう?

「いいアイディア」を目指すじぶん。
「考え続よう」とするじぶん。
「つい逃げる」じぶん。

そういうじぶん(じぶんたち)を
すべて「ありうることだ」と糸井は認めます。
そして、そのうえで、
「逃げる」ことを禁じるのではなく、
「逃げたときは逃げたと認めること」
という手がかりを、ぎりぎりのところで得て、
それをぼくらに伝えてくれるのです。
ことばで。
じぶんへのメモのようにして。

まとめましょう。多少、ぼくなりに寄せて。
「いいアイディア」を出すには、
「いいアイディア」を出せなかったじぶんを
きちんと認めることが大切です。
勝手にぼくのことばを足すなら、
「それ、できてねぇよ」とじぶんに言い続けることです。

そう、じぶんでじぶんに
「できてねぇよ」ときちんと言い続けることは
ほんとうにむずかしい。
同時に、できているときに、きちんとじぶんに
「よし、できてる」と認めるのも、
ほんとうにむずかしい。
それを、きちんと、一回一回ジャッジするとなると、
そうとう強く意識して
じぶんを維持していなければならない。

そういったことも
糸井は何度もことばにしています。
今回も長くなりましたが、
もうそろそろまとめますので、
いっそおつき合いください。

『忘れてきた花束。』と同時発売する、
「小さいことば」シリーズのベスト盤ともいえる文庫本、
『ふたつめのボールのようなことば。』には
こういうことばがあります。

たいていのあなたは、「じぶん」を過大評価してます。
他の人たちに見えているあなたの「じぶん」さんは、
そこまでたいした人間ではないみたいですよ。
そして、もうひとつ、前のことと逆なんですが、
あなたは、その「じぶん」さんのことを、
やや過小評価してしまうことも、よくありますね。
みんなは、もうちょっと期待しているようですよ。
(『ふたつめのボールのようなことば。』より)

言ってしまえば、糸井重里という人は、
「ぼくらよりも先に、
 ぼくらが考えるだいたいのことについて
 ずっと考えている人」だとぼくは思います。

おそらく、糸井の前には、
ぼくらにとっての糸井のような人がいて、
きっとそういう人たちを糸井は
拠り所にしたのだろうと思いますが、
少なくとも、ぼくらの時代に、
「先に考えてくれていた人」がいて、
その人が毎日ことばを発してくれているというのは、
たいへんにありがたいことだと、
ぼくは思っているのです。

担当編集者・永田泰大

(これは誰がどういう目線で
 何を語っているということなのかな、と、
 構造について不安になりますが、
 まぁ、そのあたりは、曖昧におたのしみください。
 もう一回、書かせてください。)

(2015.07.31)