21世紀の「仕事!」論。

24 俳優

第2回 「人間」について。

──
柄本さんは
人間のことを観察するのがお好きですか?
柄本
好きというかね、芝居なんかやってると、
職業柄、人のことは見ますね。

ようするに、「仕込み」ってやつですよ。
──
仕込み?
柄本
料理人だって、仕込みをするでしょう。

自分の経験で言うと、
仕込みで、いちばん安上がりで簡単なのは、
名画座へ行くことですかねぇ。
──
柄本さん、小学校1年生くらいから
映画館に入り浸りだったということですが。
柄本
子どものころは、
西武新宿線の下井草に住んでいたんだけど、
そこいらじゅうに映画館があった。

野方に東宝映画、大映映画でしょ。
新井薬師には
薬師東映と、東宝の三番館があったかな。
沼袋は沼袋映画って、新東宝みたいなの。
西へ行けば武蔵関にもあったし、
もちろん新宿へ出たら封切りを観られた。
──
そういう時代だったんですね。
柄本
年に200本を、5年。
──
と、言いますと?
柄本
それくらい続けたら、
いくらか、わかるようになりますよ。

どっちが右で、
どっちが左かくらいのことは、ねえ。
──
右左がわかるようになるのにも、
道のりは遠いんですね。
柄本
簡単なことなんかない、この世には。

おとといまで
ニューヨークに2週間行ってて、
ブロードウェイの芝居、
まあ、いろいろと観て来たんだけど。
──
ええ。
柄本
おもしろいものもあったけど、
本当に「すごいな」っていう作品には、
なかなか当たらないもんです。
──
そうですか。
その、いわゆる「本場」であっても。
柄本
同じだなと思って見てました。

たしかにレベルも高いし、
ものすごいエンターテインメントなんですけど、
与える側と与えられる側のと関係性が、
非常に安定している。
──
安定。
柄本
そういうのに、苛立つときがあります。
──
苛立つ?
柄本
やっぱり人は
「不安」を見たいんじゃないかしら。
何らかの不安を。

だから初演に当たったら、もうけもの。
そういうのが、おもしろい。
──
まだ安定しきってないから?
柄本
そうですね。
すっかり商売として出来上がってて、
「ハイ一丁上がり」に
どうしたってなるのは、わかるんだけど。

もちろん、瞬間瞬間で
やっぱりこりゃすげぇなとは思うんです。
でも、結局は人間のやることだから。
──
柄本さんは、よく「人間」という言葉を
お使いになりますが、
その「人間」に「見られる」ということは、
どういうことですか。
柄本
怖いことです。
──
怖い。
柄本
怖いです。丸裸にされちゃうから。

お客さんだけじゃなく、
相手役にも、スタッフにも、もちろん監督にも。
──
監督といえば、たとえば今村昌平監督とか‥‥。

柄本さんが、日本アカデミー賞で
最優秀主演男優賞を受賞した『カンゾー先生』は
今村監督の作品でしたね。
柄本
私がいちばんはじめに
監督の作品に出たのは‥‥『うなぎ』って映画。

で、私の、今村作品ではじめてのシーンは、
外で、カメラがロングで、
「用意、スタート」で入って、
ゴミ箱のゴミを取るっていうだけのシーンで。
──
はい。
柄本
ただそれだけの、どうってことないシーンで、
テストではホイホイやってたんだけど、
いざ本番、今村監督の
「用意、スタート」という声を聞いたら、
出られなくなった。
──
なぜですか?
柄本
動かなかったんですよ、身体が。

何だろう、ああ、今村昌平に見られる、
見られてしまう、
ぜんぶ丸裸にされてしまう、って感じ。
──
それで、どうなったんですか?
柄本
まあ、固まってたのはほんの一瞬だから、
次の瞬間にはガッと出てったけど、
頭のなかでは
「うわあ‥‥、どうしよう、どうしよう、
 どうしよう、どうしよう、どうしよう」
って、ぐるぐる回って。
──
ぜんぶ見られてしまうというのは、
やはり「怖い」という感覚でしょうか?
柄本
そりゃあ、怖い。すごく怖い。

今村昌平だからさらにってのもあるけど、
人間って、みんな怖い。
何をするか、わかりゃしねぇんだから。
──
と、言いますと?
柄本
ポル・ポトみたいに、
同じ国の人を何百万人も殺す人もいてさ、
テレビの人が
「人間じゃありませんね」とか言うけど、
つまり、
人間だからそういうことしたんでしょう。
──
たしかに‥‥。
柄本
あんなひどいこと私はやりませんってさ、
そんな話はないです。
むしろ失礼だよ、人間に対して。
人間なら、誰だって、
あんなことをやってしまう可能性がある。

だから、裏を返して言うならばさ、
人間というものは、
見ていておもしろいとも言える。
──
なるほど。
柄本
そういう意味では、
人間って、怖いと同じくらいおかしい。

見てて笑える。
──
笑える?
柄本
たとえば、往々にして、
その場所だとか状況や何かを
クソ真面目に
まとめようとする人間が出てきたりすると、
もう、おかしいですね。


「みんな、もうちょっとまじめに
 考えてみようじゃないか」
みたいなこと、人間って、言うでしょ?
──
そういうときに、笑っちゃうんですか?
柄本
うん。なんですかね、あれ。
──
ちいさいころから、
柄本さん、そういう感じだったんですか? 
柄本
どうだろう。

子どものころは、とにかくしゃべらない。
おとなしい、おとなしいって言われてて、
それが自分ではイヤだった。
今だって別に
そんなにしゃべるほうじゃないんだけど。
今は取材で、こうしてしゃべってるけど。
──
あ、ありがとうございます(笑)。
柄本
大人になったら、しゃべるんですね。
──
責任感?
柄本
責任感ね。
──
聞かれたことに答えるのが大人、とか?
柄本
まず、責任感という言葉を使うならば、
「責任なんかない」って考えたいですね。
──
ああ(笑)、それは、はい、考えたいです。
柄本
そもそも、
そんなに大きな責任なんかないでしょう、
私にだって、あなたにだって。

だからみんな、
責任を「探してる」んじゃないですか。
そのほうがちゃんとして見えるから。
──
あの、柄本さんは、これまで、
様々な「人間」を演じてきたわけですが‥‥。
柄本
演じるなんてカッコいい言葉を使えば。
──
では、どう表現したらいいでしょうか。
その人になる‥‥とか?
柄本
なれるわけないです。
──
‥‥そうですね。
柄本
「役柄になりきって」とか、
「個性豊かな」とか「存在感が」とか書くけど、
それって、何を言ってるかわからない。

そういう言葉を使って、逃げてるだけで。
──
あ、それは、そう思います。
安易に常套句を使うのは「逃げ」だと思います。
柄本
書きやすいんでしょうね。そのほうがね。
──
機械的に書けるという意味では、楽です。
で、おもしろいものにはなりにくいと思います。
柄本
そうなんでしょうね。
<続きます>
2016-03-30-WED
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