俳優の言葉。 005 窪塚洋介篇

ほぼ日刊イトイ新聞

俳優の言葉は編集しにくい。扱いづらい。
きれいに整えられてしまうのを、
拒むようなところがある。語尾でさえも。
こちらの思惑どおりにならないし、
力ずくで曲げれば、
顔が、たちどころに、消え失せる。
ごつごつしていて、赤く熱を帯びている。
それが矛盾をおそれず、誤解もおそれず、
失速もせずに、心にとどいてくる。
声や、目や、身振りや、沈黙を使って、
小説家とは違う方法で、
物語を紡いできたプロフェッショナル。
そんな俳優たちの「言葉」を、
少しずつ、お届けしていこうと思います。
不定期連載、担当は「ほぼ日」奥野です。

> 窪塚洋介さんのプロフィール

窪塚洋介(くぼづか・ようすけ)

1979年5月7日生まれ。神奈川県横須賀市出身。
1995年に俳優デビューし、映画を中心に舞台でも活躍。
2017年にマーティン・スコセッシ監督作
「Silence-沈黙-」でハリウッドデビューを果たし、
海外にも積極的に進出。
今冬公開のBBC×Netflix London連続ドラマ「Giri/Haji」では
ロンドン等で長期撮影を行い、メインキャストを演じている。
レゲエDeeJay、”卍LINE”として音楽活動を行う他に、
モデル、映像監督、カメラマン、執筆など幅広く活動中。

第1回 一度は落ちたキチジロー役。

──
マーティン・スコセッシ監督が撮った
遠藤周作さんの『沈黙』で、
弱虫でずるくて裏切り者の日本人、
キチジローを演じておられますが‥‥。
窪塚
ええ。
──
ぼくら世代で「窪塚洋介」と言えば、
たぶん、多くの人が
『池袋ウエストゲートパーク』の
「キング」を挙げると思うんですね。
窪塚
はいはい。
──
なので「キングがキチジローって!」
と、意外に思いつつ、
窪塚さんがやるなら、必ず見ようと。
窪塚
ドッキリだったんじゃないかなあって、
いまだに思うんです。
狐につままれたような、
白昼夢を見ていたような不思議な感じ。

マーティン・スコセッシ監督のことは
前から好きだったので、
夢のなかで演じていたみたいな気分が、
まだ、抜けてないですね。
──
演じたきっかけは‥‥。
窪塚
2008‥‥いや、2009年くらいかな、
マーティンが、
日本でオーディションをやるらしいと
役者の間で噂になって。

みんな「マジで?」ってなったんです。
──
ええ。
窪塚
知るかぎり、有名無名あらゆる役者が、
こぞって受けてました。

あとでマーティンも
「日本の役者には、だいたい会ったよ」
って言ってましたし。
──
「監督・マーティン・スコセッシ」で、
「遠藤周作・沈黙」‥‥って、
誰もが出たい映画だったんでしょうね。
窪塚
ガム噛みながら、入ってったんです。
──
え?
窪塚
いや、「ここ控室です」って言われて、
入ったらオーディション会場で。
──
えー‥‥。
窪塚
いまでもはっきり覚えてます。

恰幅のいいあんちゃんに連れてかれて、
「ここ控室です」って言われて、
ガム噛んだまま、ガチャッと入ったら、
ズラズラッと人が並んでて。
──
うわー‥‥。
窪塚
一瞬「えっ?」って思ったんですけど、
向こうの方から
すっ飛んできた髪の毛金髪の女の人に、
「マーティン・スコセッシは、
 あんたみたいな
 無礼な小僧が大ッ嫌いだから!」
って、怒鳴られて。
──
えええ‥‥。
窪塚
「いやいやいや、
 俺ここ控室って聞いたんですけど!」
ってスタッフのほうを見たら、
なんかみんな、
口笛吹いて知らん顔‥‥みたいな感じ。
──
おそろしすぎる展開ですね。
窪塚
その場が「シーン‥‥」と凍りついて、
「え、何、これが『沈黙』ってこと?」
みたいな。
──
笑えない‥‥(笑)。
窪塚
その人に「帰れ」って言われて、
「いや、ちょっとやらしてくださいよ」
とか食い下がったんだけど、
「まだやりたいの、オーディション?」
みたいに言われて、空気最悪で。
──
こわい‥‥。
窪塚
台本を手渡されて芝居したんですけど、
力が入らないんです。

なんとかひっくり返そうって
がんばったんだけど、
やっぱり呑まれちゃいました。
──
最悪の空気、に。
窪塚
で、俺ダメだわって言いながら帰って、
翌日、電話かかってきて、
案の定「今回は結構です」と言われて。
──
落ちた?
窪塚
「電車行っちゃったー。乗り遅れたー」
みたいな感じでした。

でも、落ち込んでてもしょうがないし、
まあいいや、忘れようと。
──
じゃ、どう‥‥。
窪塚
それから1、2年したら、
キチジローのオーディションに来いって
連絡が来たんです。
──
は、そうなんですか。
しかも、今度は「呼ばれた」んですか。
窪塚
そう。ビックリしつつ、
「オーディション、まだやってんの?」
って思ったんですけど。
──
ですよね(笑)。
窪塚
どうしてもキチジローが決まんないと。

映画にとって、すごく重要な役だから
マーティンも決めあぐねていて、
もう一回、
会いたい人には会ってるんだって。
──
へえ‥‥。
窪塚
じゃあ行くかって2回目、リベンジで。
今度は、ガム噛まずに。
──
そこ大事ですよね(笑)。
窪塚
会場についたら、
前回、俺を怒鳴りつけた女性がいて、
「出たー!」って思ったんだけど、
最初に、その人のほうから
「Nice to meet you!」って
手を差し出してくれたんで、
こっちも
「あ、よろしくおねがいします!」
みたいなノリで入れたんです。
──
おお。
窪塚
で、5シーンくらいやったのかなあ。

キャスティングプロデューサーが
「Wonderful!」って拍手してくれて、
なんだか、すごく好印象で。
──
前回とは、うってかわって。
窪塚
次のオーディションにも呼ばれました。

そのとき『怪獣の教え』って舞台中で、
台詞を入れていけなかったんで、
台本見ながらやったんですけど、
それでも、気に入ってもらえたんです。
──
ええ。
窪塚
マーティンには
最終オーディションで会ったんですが、
その場で、
「じゃあ、次は台湾で会おう!」って。
──
台湾とは『沈黙』のロケ地ですね。
窪塚
最後は、
俺か浅野忠信かにまで絞られてました。
──
え、あ、そうなんですか!
窪塚
結局、俺がもらって。

他のオーディション受けた方は、
他の役で出たりしてる人もいるんですけど。
──
そんなことがあったんですか‥‥。
窪塚
あのときみんな、
キチジローをやりたかったんだと思う。
──
ほとんど主役ですもんね、キチジロー。

でも‥‥そこまでの長い時間をかけて、
スコセッシ監督は、
キチジローを探し続けていたんですね。
窪塚
遠藤周作さんも「キチジローは自分だ」
って言ってるわけだし、
マーティンも
中途半端には決めたくなかったみたい。
──
それで何年も、オーディションを。
窪塚
映画ってこういうもんなんだなあって、
教わった気がします。

その、マーティンのかけた「年数」で。
──
制作発表から公開まで、
10年くらい、かかってましたよね。
窪塚
構想28年なんです。

マーティンが『最後の誘惑』っていう、
キリストの最後の3日間を描いた
映画をつくったとき、
キリスト教関係の団体から、
半端ないバッシングを受けたんですね。
──
そうなんですか。
窪塚
劇場の前にバリケードを張られたり、
顔写真を燃やされたり、
上映反対運動を起こされていたとき、
ある神父さんから、
これ読んでごらんって渡されたのが、
遠藤周作の『沈黙』だったんだって。
──
へえ‥‥。
窪塚
マーティンは、それで救われたんです。

そして、そのときに
「いつか、この物語を映画化するんだ」
って決心したらしいっす。
──
で、28年後、誓いを守るかのように。
窪塚
撮りたかったんですよ、マーティンは。

本人が本当に撮りたくて撮った映画は
『レイジング・ブル』と、
なんかあともう1本と、
この『沈黙』の3本だけだって聞いた。

<つづきます>

2019-06-20-THU

写真:荒井俊哉
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窪塚洋介さんにも、おとどけします。

俳優の言葉。