ほぼ日刊イトイ新聞

「MOE 40th Aniversary 5人展」記念 ヨシタケシンスケ×糸井重里 ミニトーク

絵本の懐(ふところ)は深いぞ。撮影/黒澤義教

ただいま全国を巡回している
絵本雑誌「MOE」の40周年記念展。
最初の会場、東京・松屋銀座では
開催記念イベントとして、
ヨシタケシンスケさんと糸井重里の
ミニトークがおこなわれました。
このときの話がおもしろかったので、
「ほぼ日」上でもご紹介します。
テーマは「絵本の懐の深さについて」です。

ヨシタケシンスケさんプロフィール

1973年、神奈川県生まれ。
筑波大学大学院芸術研究科総合造形コース修了。
イラストレーター。絵本作家。

日常のさりげないひとコマを
独特の角度で切り取ったスケッチ集や、
児童書の挿絵、装画、イラストエッセイなど、
多岐にわたる作品を発表しつづけている。
絵本デビュー作『りんごかもしれない』(ブロンズ新社)で、
第6回MOE絵本屋さん大賞第1位、
第61回産経児童出版文化賞美術賞を受賞。
『りゆうがあります』(PHP研究所)で
第8回MOE絵本屋さん大賞第1位、
『もうぬげない』(ブロンズ新社)で第9回同賞1位。
著書に『しかもフタが無い』(PARCO出版)、
『結局できずじまい』『せまいぞドキドキ』(以上、講談社)、
『そのうちプラン』(遊タイム出版)、
『このあとどうしちゃおう』

『ぼくのニセモノをつくるには』(以上、ブロンズ新社)、
『なつみはなんにでもなれる』(PHP研究所)
『つまんない つまんない』(白泉社)
『あるかしら書店』(ポプラ社)などがある。
最新作は『みえるとかみえないとか』(アリス館)。

第3回絵を「悪用」するヨシタケシンスケ。

糸井
ヨシタケさんは小さいときに、
人に絵を描いて喜ばれた経験はありますか?
ヨシタケ
ぼくはね、ないんですよ。
糸井
そこがまたおもしろいですよね。
「得意だったからこうなったんですね」
という話はわかりやすいけど、
ヨシタケさんは
もともと絵の人じゃないんですよね。
ヨシタケ
そうなんです。
ほんとに絵を褒められたことのない人間でしたから。
たぶんぼくの場合は、
そこがスタートだったのが珍しい経歴になり、
いま珍しがっていただいてるらしいんですね。
大学でも
「お前、よくこんな絵でウチの大学入れたな」
と言われるぐらいでしたから。
糸井
でもだからこそ、いまがある。
ヨシタケ
そう。そういう現実があって
「自分は目の前のものを描くのはやめよう。
もう見ないで描こう」
と思ったことが、
いまにつながっているんです。
糸井
「見ないで描く」は大きなポイントですね。
ヨシタケ
前の対談でもお話しした話ですけど、
ぼくは普段から
「ものを見ないで描く」というルールで
やっているんですね。
最初の絵本の『りんごかもしれない』にしても、
ぼくは本の完成まで、
りんごを1回も見ていないんです。
ぼくの中で自然な感じでの
「りんごっていうと、これぐらいのサイズで、
赤くて丸い果物だよな」
という記憶だけで描いています。
「すぐに検索をしない」
「画像検索は、最後の答え合わせまでやらない」
という自分の中での取り決めがあって、
まずは見ないで描いてみて、
自分が頭の中にどこまでイメージを持っているかを
確認する作業からはじめるんです。
糸井
この話、何度聞いてもおもしろい。
ヨシタケ
だから、余談ですけれども、
『りんごかもしれない』のときも
何も見ずに絵本を描いて、
描き終わったあとで、
たまたま近所のスーパーに行ったんです。
そのときりんごが売ってて、
「そういえば、このあいだまで
ずっとりんごの絵を描いてたよな」
と思って、りんごを手に取ったんです。
糸井
ええ。
ヨシタケ
そのときの自分が何を思ったかというと
「‥‥これ、どうやっても
りんごにしか見えないよな」
だったんです。
糸井
うわぁ、そうかー(笑)。
『りんごかもしれない』は主人公の子どもが
「これはりんごに見えるけど、
実は別のものかもしれない」
と、つぎつぎ想像力をはたらかせる
絵本ですけれども。
ヨシタケ
もしかしたら子どもが見たら
「これ、ひょっとしたら別のものかもしれない」
ってなるかもしれない。
けれど40何年生きてきてしまうと、
重さとか香りとか手触りとか色とかで、
もう、りんごとしか認識できないんですね。
あの条件が全部そろうと、
りんご以外のものであるという想像が
全くできない(笑)。
糸井
「かもしれない」がなくなるわけですよね。
ヨシタケ
そういうときにも
「あ、やっぱ見ないでよかったな」
ってことになるんです。
糸井
『りんごかもしれない』のりんごは、
まん丸だけど、
上のほうにくぼみがあったりとか。
ヨシタケ
そう。実際のりんごって、
こんなかたちをしてないんですよ。
そもそもこんなに丸くないんですよね。
糸井
言われてみれば、梨のほうが近いかも。
ヨシタケ
だから農業大学の先生とかに監修を受けたら、
アウトなんですよ。
「これはりんごと違うだろう」
「そもそも何の品種だ」
って話になってきちゃう。
糸井
でも人は、この絵を見て
りんごだと思ってくれるし、
似てないにしても、りんごを想っている
ヨシタケさんの気持ちは理解しますよね。
ヨシタケ
そう、
「この人りんご描こうとしてるんだな」
って優しさが、みんなの心の中に
発動されるんですね。
糸井
だから、一歩前に出てきてくれる。
ヨシタケ
絵の良さのひとつにそれがあるんです。
写真だとそのまま見るだけですけど、
絵だと「これはりんごだよな?」と
考えようとしてくれるという。
いい感じに情報が足りてないと
「私が補って、りんごと認識してあげよう」
となるんです。
逆に「何かを考えたくないほど不快な絵だ」と
なるときもあるわけですけど。
糸井
なおかつ、絵であるゆえに
「りんごじゃなくて別のものかもしれない」
という見立てもできるわけだから。
ヨシタケ
そうなんです。
だからぼくは絵の持ってる不確かな部分を
「悪用」してるんですね(笑)。
糸井
ヨシタケさんにとっての絵を描く仕事は、
みんなが「絵を描くとはこういうものだ」と
考えるような
「部品を大事に描き込むこと」じゃなくて、
その部品を使って転がしたり、
しゃべらせたり、拡散させたり‥‥という。
ヨシタケ
そうですね。
そのあたりを分かった上で、
写真や文字とは違う、絵のあやふやな部分を、
より確信を持って使いたいという
思いがあります。
糸井
さらに言うと、
この絵のタッチもポイントですよね。
もしヨシタケさんの絵に
もっと情念や情熱みたいなものがあると、
なまじ見る人の想像がコントロールされるので
記号になりにくいと思うんです。
ヨシタケ
そこはほんと、おっしゃるとおりです。
糸井
すごく冷たい言い方すると
「情のない絵本」なんですよ。
でも「情がない」からこそ、
そのパーツがいろんな表情を見せてくれる。
ヨシタケ
いや、そうなんです。
だから、それも絵の持つ良さのひとつというか。
糸井
その「情のない絵」が絵本のジャンルに入って、
平気な顔していられるようになったことが
豊かさですよね。
ヨシタケ
そうなんです。
ほんとにね、ぼくがいまここで
糸井さんの横にいられることが、
そのまま社会の豊かさなんですよ(笑)。

(つづきます)

2018.08.04 SAT

【ただいま巡回中!】 MOE 40th Anniversary 5人展 島田ゆか 酒井駒子 ヒグチユウコ ヨシタケシンスケ なかやみわ

『MOE』の創刊40周年を記念して、
5名の絵本作家のみなさんの原画を
約40点ずつ、合計約200点ごらんいただける、
ぜいたくな展覧会が開催されています。
非常に見ごたえがあって、すばらしいです。

くわしくはこちらのページをご覧ください。
http://www.moe-web.jp/picturebook/moe40th.html

<開催中>
2018年7月14日(土)~9月2日(日)
宮崎・みやざきアートセンター
<開催予定>
2018年12月19日(水)~2019年1月7日(月)
大阪・阪急うめだ本店

さらに、お知らせ!
『MOE』2018年9月号は、
ヨシタケさんの絵本つき。

8月3日発売の『MOE』9月号は、
なんと、ヨシタケさんの新作絵本つき。
その名も『それしかないわけないでしょう』。
‥‥未来の世界は、大変なことばかり?
いいえ、それしかないわけないでしょう。
読んでいくうちに、未来がどんどん
たのしくなっちゃう絵本です。