勝つって、こんなにうれしいんだな。

写真: 伊藤徹也

プロ野球のキャンプがはじまる2月、
今年も宮崎キャンプに行ってきました。
2年目のシーズンを迎える高橋由伸監督は、
去年のこの取材で糸井重里から
「新監督の失敗が見たいです」
と言われたことを憶えてらっしゃいました。
高橋由伸監督が去年一年、
必死で守り続けたこと。
そして、新しいシーズンに思うこと。
練習前のわずかな時間でしたが、
強い決意を感じることができました。
村田ヘッドコーチの話とともに
全3回でお届けします。

最後まで姿勢を崩さずにいたい。

糸井
今年も来ました。
よろしくお願いします。
高橋
よろしくお願いします。
糸井
去年は、まあ、いってみれば
不慮の事故のように(笑)、
ジャイアンツの監督に。
高橋
あぁ(笑)。
糸井
そういう慌ただしいときに、
去年は取材させていただいて、
オープン戦もはじまっていないころでしたから、
「監督としてどうですか」みたいなことを
訊かれても困ったと思うんですけど、
あれから1年間、監督としてシーズンを過ごしました。
今年は、去年よりは落ち着いて、いろんなことが
考えられているんじゃないかと思うんですけど。
高橋
そう、ですね。
まあ、これからはじまるシーズンに向けて、
どうなるだろうという不安っていうのは
昨年と変わらないのですが、
ひとつ違うのは、「監督」という立場の
生活というかリズムみたいなものに
ちょっと慣れたかなということですね。
糸井
ちょっと慣れたかな、というくらいなんですね。
高橋
ええ。たのしみな部分も
当然たくさんあるんですけれども、
経験がすべてプラスに作用するわけじゃなくて、
逆に、経験したことで、
「あ、こんなことも起きるんだ。
 こんなこともあるんだ」っていう、
若干の怖さにもつながったりしますから。
糸井
ああ、知ったぶんだけ。
高橋
ただ、「知らなきゃよかった!」
というわけではなくて。
やればやるほど、さらにいろんなことを経験する。
それは、選手のときも同じですけどね。
糸井
そういうことが言えるようになったのも、
この1年の経験の蓄積ですよね。
高橋
そうですね。
とにかく「経験した」ということは、
事実として大きいですね。
まぁ、去年は、良くも悪くも、
たくさん経験はさせてもらえました。
糸井
選手としては、もう、小学校のころから
ずっと野球をやってると思いますけど、
監督として関わるというのは、
違うんですか、やっぱり?
高橋
違いますね。
糸井
はーー。
高橋
まあ、打ったとか、打たないとか、
抑えたとか、打たれたとか、
もっというと勝つ、負けるということについても、
自分が選手のときは、
「自分が打ったか打たないか」ということが、
正直、頭の中の8割、9割を占めてました。
それが、いまは、
常に人のことで頭がいっぱいなわけです。
選手のときは、コーチや監督を見て、その、
「気楽そうでいいなぁ」みたいなことを‥‥。
糸井
思ってたんですか(笑)。
高橋
まあ、そういうことも思ってたんですが、
いざ自分がやってみると、
予想以上に考えることが多くて、
やっぱり、当事者になってみないと
なんでもわからないものだなと。
糸井
24時間、つねに野球について考えてる、
というような感じですか。
高橋
そうですね。
「こんなにも朝から晩まで頭の中が
 野球のことでいっぱいになるのか」と思いましたね。
選手のときは、グラウンドを離れて家に帰ったら、
野球のことはあまり考えてなかったと思うんですが、
監督になってからはうまく切り替えられなくて、
もう、家に帰っても、ずっと頭の中が野球で。
糸井
そうなんですねぇ。
ぼくらファンは、そういうことは
見ていてもまったくわからないですね。
いつも、ものすごく冷静だな、
というふうには映ってましたけど。
高橋
じつは、そこは必死に抑えていた部分はあります。
昨年、糸井さんが、このキャンプの取材で
「失敗するところが見たい」って
おっしゃってたじゃないですか。
糸井
はいはい、言いました(笑)。
新しい監督が「失敗するのを見たい」と。
もちろん、見守りますよ、という意味でね。
高橋
でも、ぼくはそれを感じさせないように、
怒りも、悔しさも、うれしさも、必死で抑えてました。
もう常に、「なんとも思ってないよ」みたいな感じで。
心の中では全然違うんですよ、当然怒りもありますし。
糸井
あああ、そうだったんですね。
もともと、選手としての由伸さんは、
喜怒哀楽が激しいとはいえませんけど、
素直にいろんなことを表現する人でしたよね。
高橋
そうですね。とくに学生の頃なんかは
もっと感情を出していたような気がします。
糸井
プロに入って変わったんですか。
高橋
まぁ、5年間だけですけど、
松井(秀喜)さんと一緒にプレイをして、
いちばん近くであの人を見てたと思うんです。
松井さんって、いつも平然としていて、
ひとつひとつのプレイにおいては
感情をまったく出さなかったんですね。
冷めてるとかじゃなくて、常に、
いいときも悪いときも、同じように振る舞う。
それを見てたので、ぼくもやっぱり
そうしたいと思うようになりましたし。
糸井
そうでしたか、松井さんの影響が。
高橋
ですから、こういう、監督という立場になっても、
なるべく、ある程度の結果が出そろうまでは、
最後まで姿勢を崩さずにいたいな、
というのはずっと思ってましたし、
今年もそういうふうにしていたいと思っています。
糸井
そうすることで選手が落ち着くというか、
安定感みたいなものを感じる、
ということはありますよね、きっと。
高橋
そうですね。やっぱり、選手は、
相手チームと戦いながらも、
どうしても監督の顔色をうかがってしまいますから。
戦うときは相手に集中してほしい。
糸井
とくに、勝ってるときはいいんですけど、
劣勢で不安になっているとき、
監督が不安定だとよくないですよね。
高橋
もちろん、表現することで
いいこともあるんでしょうけど、
選手が監督を見たときに、
「あ、うれしいんだろうな」、
「あ、怒っているんだろうな」、
「迷っているんだろうな」というふうに
見透かされたくないというのはありますね。
糸井
うんうんうん(笑)。
高橋
ですから、そういう姿勢については、
あまり変えたくない、
変わらないようにしたいと思ってます。
糸井
でも、監督として1年を過ごしたことで、
余裕みたいなものも持ててるんじゃないでしょうか。
たとえば、昨日、選手が打撃練習をするまえに
監督がバッターボックスに入って打ってましたよね。
ああいう、ちょっとした遊びみたいなことも、
去年はなかなかできなかったと思うんです。
高橋
ああ、そうですね
できないというか、わからなかったんですね。
どこまでどうしていいか、わからないから、
とりあえず、動じない、という立場でいる。
あえて気持ちを抑えていたというか、
冷静さを演じていた部分はあると思います。
まぁ、ですから、今年は、
「これくらいはいいか」くらいのことは
できるんじゃないかと思います。
(つづきます)

2017-03-28 TUE

村田ヘッドコーチにも訊きました。#01

去年は由伸監督の就任一年目ということもあって、
自分の野球を模索しているところも
あったと思うんですけど、今年はもう最初から
「バッテリーを中心にした野球をする」
とおっしゃっていて、それはぼくも賛成です。
「打って勝つ」というのももちろんいいですけど、
なかなか難しいですよね。打ち勝つ試合があったとしても、
基本的には、投手陣が抑えているという状態じゃないと。
投打が噛み合う野球は理想です。
でも、うまくいかないときに、ぼくらは、
「投も打もイマイチやったな」で済ませてはいけない。
だとしたら、まずはバッテリーを中心に考えて、
相手の攻撃を抑えて、味方が点を取るのを待つ。
やっぱり、菅野を中心に、エースが勝つことで
乗っていけるチームにしたいですね。
去年は、菅野がいいピッチングをしても
なかなか勝ち星をつけてあげられなかった。そこが反省点。
やっぱり、エースが相手のエースを飲みこんで勝ってこそ、
「ああ、巨人強いな」と思われるわけですから。
去年は投手陣のケガが多くて本当に苦労しましたけど、
今年は新しい人たちも含めて、層は結構厚いと思います。
まあ、怪我人が出なければ、ね(笑)。

村田真一(むらた・しんいち)

読売ジャイアンツ一軍ヘッドコーチ。
現役中はしぶとい打撃と献身的なリードで
ジャイアンツを支え続けた。
引退後は複数の監督のもとでコーチを務める。
解説者だった2年間(2004〜2005年)を除き、
1981年の入団以来、
現在までずっと巨人のユニフォームを着続けている。

開催決定

6月4日(日)東京ドーム
読売ジャイアンツvs
オリックス・バファローズ

4月7日(金)AM11:00
ほぼ日刊イトイ新聞にて
チケット申込受付開始

こちらのページから
申し込めるようになります。

高橋由伸(たかはし・よしのぶ)

1975年4月3日生まれ。千葉県出身。
桐蔭学園では甲子園に二度出場。
高校通算30本塁打を放つ。
複数のプロ球団から誘いを受けるも、慶應大学へ進学。
1年生からレギュラーを獲得する。
3年間の通算本塁打数23本は、
現在も六大学野球の最多本塁打記録である。
1997年、ドラフト1位で巨人に入団。
翌年デビューし、いきなり打率3割を記録する。
以来18年間、チームの中軸を担い続ける。
2015年、原監督の辞任後、
チームからの監督要請を受けるかたちで引退。
2016年から、第18代巨人軍監督としてチームを率いる。