1 司会(佐藤泰正)

2 いちばん素朴で強力な倫理

 ただいま過分なご紹介をいただきました吉本です。サトウ先生もちょっと触れておられましたが、およそ二十年、もっと前かもしれませんが、透谷について、特に透谷の詩について、また透谷と愛山の論争について、書いた覚えがあります。まことに心細いのですが、そのときにサトウさんのご紹介された面と、それからもう一つ、透谷という人をとことん精神異常者にしてしまって、この時期が躁の時期で、この時期が鬱の時期だというのを書いたという覚えはあります。
 透谷についての自分なりの凝縮した像をつくったつもりできたのですが、現在、透谷について何か話すとすれば、これを開くより仕方がないのではないかという感じを持っています。レジュメが欲しいとずっと前に言われたのですが、僕は怠け者だから昨日なら書けるという状態で、レジュメといわれてまことに困って、参った、参ったと延ばしに延ばしのですが、とうとう延ばしきれないで、書いたのですが、要するにはっきりしていることはただ一つ、透谷を開きたいということです。
 では何で開くのか、どこで開くのかといった場合に、僕は倫理と自然ということを芯にして開くことはできるのではないかということだけは、何となく頭の中に、飛び飛びですが二十年かそこら、ちゃんと入っています。だからそのことは確かですが、中身はレジュメとは違うかもしれませんので、ご勘弁願います。
 表題に沿って申し上げますと、つまり倫理と自然の中での透谷となっていますが、まず倫理ということから申し上げてみたいと思います。透谷も僕らと同じで、現代における社会的関心、あるいは政治的関心が旺盛な文学者と同じように、非常に鋭いけれども、あまり立派ではない批判から倫理の問題をまず始めています。
 それはまず第一に、「当世文学の潮模様」が割合に初期のころに書かれていますが、この論旨はどういうことかといえば、いまの文壇を見回してみると非常に有能で、才能のある人が得意になっていい作品を書いている。しかし本当はいえば、いま得意になってそんなことを書いている時期かというのが、透谷がここで言っていることです。そういう考えからいけば、藤村がいま書いている風刺は、酔っ払ったあとの戯言みたいなものだといっていますし、紅葉が書いている、これは何でもいいんですけれど、『二人女房』でもいいし、『伽羅枕』でもいいのですが、そんなのは全部古い人情噺みたいなものだという言い方をしています。
 いま文壇でもてはやされている人たちの文学は、要するにときに応じて書いている風俗小説じゃないか、いまはそんな得意になってそんなものを書いている時期ではないのだと透谷は言っています。自分の中にあるのは、そうではない。言葉で言うことはできないし、言葉で言うと何となく間違ってしまうような気がするので全然言えないのだけれど、要するに憤りだけは自分の中にあって、その憤りが何に対する憤りか考えてみると、涙が出てきてしまうほどだという言い方をしています。
 明治二十三年ですから、ちょうど時代が大曲りするときで、つまり自由民権運動がつぶれそうになっていて、その中のある部分は、ちゃんとした政党、公党というのはおかしいですが、ちゃんとした公党として名乗り出てしまうみたいになる。いわゆる非合法的な面とか直接行動的な面は全部だめになってしまって、どうしようもないというところにいた。たぶん透谷はそれを考えると、得意になっている連中の気持ちがわからないということを言っているのだと思います。
 そういう言い方は、透谷が初めに言って、透谷の一番素朴な倫理観、あるいは文学における倫理ですが、その素朴な文学の倫理というのは、素朴なためにかえってなかなか根強いもので、現在でも同じで、そういうことを言う人たちはたくさんいます。つまりアフリカに飢えた人はたくさんいるじゃないか、お前は食い放題、おもしろ半分に食っているみたいにしていてもしょうがないじゃないかみたいなことを言うやつはいっぱいいるわけです。それは非常に素朴な倫理なので、現在の問題は、僕にいわせればそういう素朴な倫理は単に素朴だからだめだというだけではなくて、それは悪だときっぱりと言わなければならない段階にあると僕は思っています。
 そういうふうに倫理の問題を開いていくと、透谷も初めは非常に素朴なところから、政治の直接行動にある程度関与したということもあって、それから文学の世界に来たということもあるのですが、非常に素朴な言い方で文壇で大家たちがもてはやされている文学の現象を、そういう言い方で批判しています。これは透谷の一番素朴で、一番だれにでも言いたくなってしまうような倫理だと思います。これは明治二十三年に書かれているから、『時勢に感あり』みたいなエッセーを読んでも同じことです。
 『時勢に感あり』の中でも自分を怒らせているものは何なのか、自分を苦しめているものは何なのか、自分はよく知っている。しかしそれはいわく言いがたいのだ。透谷が描いている民衆に対して、民衆よ、心したほうがいいぞ、文学者というのは何なのか、政治家とは何なのか、僧侶とは何なのかよく注意したほうがいい、男女の恋について、古い解説の仕方で解説をしているのが文学者だとは思わないでくれと言いたいわけです。
 政治家というのはずるいことを言って自分が栄えていればいいというような、そういうのが政治家ではない。お坊さんというのは、葬式ばかりをしていればいいというものではない。そういうことについて「わが民よ、改心せよ」と『時勢に感あり』で言っています。つまりこれが一番素朴な、またある意味で一番強力な倫理です。透谷もこの素朴で強力な倫理から決して逃れたわけではありません。その中にどっぷり浸って出発したわけです。そして明治二十三年、透谷がものを書き始めた最初のころに透谷が持っていた倫理の世界です。

3 『内部生命論』とキリスト教への信仰告白

 これを透谷がどこまで開いていけるかということが、透谷の問題です。つまり僕らが透谷の倫理を開いていく場合に、どういう筋道を通ればいいのかというのが、透谷における倫理の開き方の問題です。透谷の倫理が本格的に開いて、自分なりのレンジに達したということ、あるいは自分なりの考え方に達したというのは、要するに『内部生命論』がそれに当たるだろうと思います。そこで、自分は文学をやっているけれども、それは生命というのは何なのかということをいまの日本の文学の中に植えつけたいというか、そのために自分は文学をやっているのだという言い方をしています。
 また日本にキリスト教が明治初期に移入された本当の意味、大きな役割、功績は何かというと、それはやはり生命という考え方を日本の近代に初めて植えつけたことだろうということもそこで言っています。そのあたりから透谷のいろいろな考え方が展開していく。つまり初めて自分の考え方を持てるということになったのだと思います。
 ここで注目すべきことが二つある。つまりこれは透谷の思想のうえで、つまり恋愛思想とか日本における恋愛思想の屈折の仕方を論じていますが、それが透谷の唯一の思想であって、それ以外のことは透谷の思想としてはなかなか取り出せないものだと思います。でもここで初めてそういう問題に手をかけて、そういう糸口を透谷は『内部生命論』でつかんだということができます。
 透谷がもしキリスト教の信仰について間接的にでも言及したとすれば、この『内部生命論』が初めてです。内部の生命というのは、そういう言葉を使っていますが、人間の自造のものではない、つまり自分でつくったものではないという言い方をしています。われわれ人間の内部生命は、要するに内面性ということですが、内面性というのは人間がつくったものではないという言い方で、本当は人間以外のものがつくった、つまり神がつくったものなのだ。造化といいますか、その奥にある一つの霊を考えれば、そのものが人間の内部生命をつくったので、人間が自力でもって内部の生命、あるいは人間の内面性というものをつくったのではないのだということを初めて言っていると思います。
 これはあからさまではありませんが、透谷の信仰告白だといえばいえると思います。透谷がキリスト教の神を本当に信じていたのかどうかは怪しいのですが、しかしどこか間接的な言い方では、何回かそういうことを言っています。その一つが、やはり内部生命というのは、人間の自造したものではないのだ、つまりどこかからつくられたものだということです。すなわち神からつくられたものだと言っているところがあります。これが透谷の何回かしかない珍しい信仰告白だということになると思います。また自分は内部生命、つまり生命を日本の文学の中に入れるために活動しているものなのだということをいっていると思います。
 先ほどお二人からインスピレーションというお話が出ていましたが、インスピレーションというのは人間がつくったものではなくて、神のほうから、つまり人間以外のもののほうから人間の内部生命にやってきた感応で、その感応がインスピレーションなのだと自分は理解すると初めて言っています。透谷がここまで言ったときに、少なくとも透谷の宗教的なもの、あるいは倫理的なもの、文学的なものを一つにつなぐ糸を透谷は獲得したと考えることができます。

4 『罪と罰』と善悪を超えたところにある倫理

 しかし透谷が優秀なところは、倫理というものをもっと拡大して見せた点にあると思います。それは僕らが一番感心するのは、内田魯庵が英訳から訳したドストエフスキーの『罪と罰』という作品がありますが、透谷はその翻訳を読んでいるわけですが、僕らが現在やっと読めている読み方を、透谷はすでにその『罪と罰』についてやっています。分別があり、知識があるラスコーリニコフがなぜ殺人の罪を犯したのか。
 透谷は、それは無知であるから犯したのではなくて、要するにいまの言葉でいえば動機なき殺人だ、この動機なき殺人ということが起こりうるということは、一つはもちろん知識の病であるし、倫理の病であるし、もう一つは社会の病なのだ。その社会の病が、要するに動機なき殺人を起こさせるひとつの誘因になっているのだという読み方を『罪と罰』についてやっています。
 透谷は文語調ですから、なかなか発展性のない言い方ですが、その中でも実に見事に、的確に、その動機なき殺人はひとつの必然で、これを描いている『罪と罰』という作品はすごい作品なのだということを言い得ています。それは要するに社会が意識的に持っている善悪ではなくて、無形に持っている一つの暗黒があって、それが人間をして動機なき殺人に持っていかせてしまうことがありうるのだ。
 この主人公は、何をしているのかといわれたら、考えることをしているのだと答えた。考えることをしているという人間が初めて出てきて、つまりインテリゲンチャというものが初めて出てきて、このインテリゲンチャが出てきた必然とは何かというと、社会が動機なき暗黒というものをはらんでしまったことで、ほかのことはしないけれど、考えることをしているというインテリゲンチャを生んでしまったし、また生んでいる理由なのだということを『罪と罰』から初めて導き出している。それが透谷の倫理観の一番炸裂したというか展開した場所であるわけです。
 そういうところまでいくと、一種『内部生命論』の中で収まりたい、あるいは収めたい倫理観から少し透谷がはみ出して、いわゆる普通の倫理、善悪というものを超えたところに倫理のある一つのあり方を想定している。またそういう社会が出現するだろうということを想定していることを意味します。これが少なくとも透谷の表現したものから倫理というものを最大限に引っ張っていったところで、僕らに見えてくる問題だと僕は思います。そこまでは透谷を引っ張っていったほうがいいし、もちろん透谷が引っ張っていけたものというのは、現在ならなおさら引っ張っていける問題だと僕には思えます。
 だから、いわゆる社会的善悪、あるいは文学的善悪、一般的にいえば主題の積極性ということですが、積極的な主題をとるのが文学だみたいなことを言っているのは、どうしようもないということになるわけで、倫理というのは最大限まで引っ張っていったほうがいいものなのだと思います。透谷はすでに明治二十年代に確実にそこまで倫理観を到達させているということがあります。
 素朴なる倫理がなぜだめなのかと言い切れる、あるいは現在言い切らなければいけないかということを説明してみせてもいいわけですが、そんなことをしていると僕の話になってしまいますから、僕が考えた透谷の自然観というところに急ぎ、入っていきたいと思います。

5 近代性を語る自然観――『楚囚之詩』

 透谷の自然観も、当初はまたきわめて素朴なところから出発するわけです。素朴なところといっても花鳥風月の素朴さではなくて、つまりそこだけは大変近代化されています。これは『楚囚之詩』が近代化された詩であるというのと同じように、近代化されているのですが、きわめて素朴な自然観から透谷も出発しています。たとえば『楚囚之詩』の中で、獄中にいる主人公がふるさとの自然、あるいは自然としてのふるさとを思いやるところがあります。「雪を戴きし冬の山、霞をこめし渓の水、蒼天になほ鷲は舞ふや、深淵になほ魚は躍るや」と、自然としての故郷を獄中で想像して言うところがあります。その文は、簡単で典型的に表しているわけです。
 また冬になって獄舎の窓の外に鶯が鳴いている。そこに梅の木があるのだろうか、ないのだろうかということを主人公が獄舎の中で空想するところがあります。そのときの韻文を見ると、要するに新体詩として?チョウカヨウが持っている自然詩ではないのです。つまり自然をある程度擬人化して回想しているわけですが、その自然をある程度擬人化して回想しているというところは透谷の近代性を語る唯一の場所だと思います。ここを透谷は出発点とします。
 こういうことがなぜ透谷に可能だったかというと、これはたぶん花鳥風月の自然とか、天然自然はすべて神が宿るものであるとか、神自体なのだという、つまり日本的なというより、オーストロネシアン特有の自然観です。キリスト教の影響だと思いますが、そういう自然観から透谷は少し超えて、自然物をつくっているのは唯一神であって、たった一つの霊魂であるという考え方を透谷が割合にひとりでに受け入れているわけです。ですから自然というものが、一種の擬人的な比喩として歌われ方をまずするわけです。これは透谷の自然観の一番素朴な、一番初めにあるものです。
 この初めにある透谷の自然観は、いろいろな人にあって、ある意味で透谷と割合によく似ている国木田独歩などにもあるわけです。独歩の自然観もやはりそうで、自然を擬人化しているところで始まります。つまり『武蔵野』という独歩の作品を見ると、二葉亭の『あひゞき』の自然描写からヒントを得たと自分で書いているわけですが、それは何からヒントを得たかというと、自然を擬人化することです。
 なぜ擬人化できているかというと、人間も自然の一部だと考えるオーストロネシアン的考え方ではなくて、つまり花鳥風月的な考え方ではなくて、人間がいて、そして自然があるのだ、そして自然を見たり観察したりしているのだ、だけど自然を自然物として見ているのではなくて、やはり自分の内面と交感させながら自然を見ている。そういうところで初めて自然が擬人化されるわけです。
 独歩が『武蔵野』でやっていることもそうです。擬人化した、つまり風が吹いて木の葉を髪の毛のように振り落としているみたいな描写の仕方をするわけです。独歩の自然観は非常に近代的で、独歩も一種、自然をつくっているのは一つの神であって、そこから万物の現れ方がなされているのだというものです。独歩もやはりキリスト教からだと思いますが、それを受け入れていますから、『武蔵野』を読むと、武蔵野の特徴がそこにあって、それは自然を擬人化することができているということです。

6 人間は「考えることをする」ために生きている

もう一つあえて特徴を言いますと、無目的に自然の中を散歩するということを初めて独歩は『武蔵野』の中で表現しています。つまり日本人の花鳥風月というのはそうではないのです。花鳥風月は、自然を全部神の現れとして見立てるか、そうでなければ何か目的を持って自然を見る。たとえば春になれば桜を見るために野山に行くとか、秋になれば紅葉を見るために野山に行くとか、何々をするためにしか自然の中に行かないというのは日本の花鳥風月の伝統ですが、独歩は初めて『武蔵野』の中で、要するに人間というのは無目的で散歩をするだけで自然の中を歩くことがあるのだ、そういう心の内面があるのだということを表現しています。
 それは先ほどの言い方でいいますと、何々のためにというのではなくて、それ自体のために、それ自体としてということが可能だ。人間は何のために生きているのか、要するに考えることをしているのだ、ほかのことは何もしていない、それに意義を認めないのならば、それは近代を認めないと透谷が考えていると同じように、自然に対して無目的に散歩するというかたちで自然を見たり、聞いたりできるということは、要するにそれは近代なんだよということを初めて独歩は『武蔵野』の中で示しているわけです。このあたりが明治二十年代の非常に先鋭的な、近代的な文学者たちが持っていた自然観の素朴な出発点です。
 透谷はすでに『楚囚之詩』の中でそれをやっています。それをやれるということは、自然というものは、ただ風が吹いたり、雨が降ったりということではなくて、それ自体を物語として見ることができるということを意味すると思います。透谷は新体詩に対して非常にシニカルで、皮肉ですが、つまり花鳥風月の自然観の延長線上であるような詩はエヘヘてなものだ、自分が詩でもってやりたいのは、いまの小説がやっているような微妙な内面の描写なのだ。それが透谷の『楚囚之詩』の動機です。
 これは自分では詩だと思われなくてもいい、しかし自分がやりたいのは詩の中に物語性を導入すれば、かろうじて詩でもって内面性を語ることができるということを、『楚囚之詩』で初めて示しています。それは序文でよくよく言っていることで、また透谷は自信なげに、花鳥風月の自然観の延長線上でつくられている新体詩の世界に対して、透谷は自信なげに、おどおどしながら遠慮がちに、俺の詩は詩ではないかもしれないと思いながら『楚囚之詩』を書いている。これが透谷の自然観の素朴な始まりです。
 これは当時の二十年代の先鋭な日本の文学者が持っている自然観の表れだということができます。一連の詩人たち、僕らがいま考えてもなかなかいいじゃないかと思うような詩人たち、独歩もそうですが、こういう人たちは一様にそういうところには到達しています。この人たちはある程度、西欧化された自然観、つまり唯一神がいて、そして天然をつくっているのだという考え方を受け入れているだけといえばそうですが、そういうことをかなり血肉化して受け入れているということは、素朴な自然観の出発点です。

7 文学は目に見えない空の空を撃つ
――力としての自然という概念

 透谷の自然観がいろいろな意味で完成したかたちになり、いろいろなところに展開する契機を獲得したのは、やはり人生に相渉るとはどういうことなのだと、愛山との論争で初めて透谷は自分なりの自然観を言葉にすることができたわけです。
 その一番極端な、はっきりした言い方は、透谷はシェークスピアとかワーズワースとか、日本でいえば瀧澤馬琴とかを尊重していますが、それらの人が書きたかったこと、言いたかったことは、天地という言葉を使っていますが、要するに宇宙ということだと思います。あるいは造化ということだと思いますが、造化の限りなさというところから、何かを持ってこられる自然観が本当の自然観なのだ。あるいはそういうところから持ってこられるものが自然なのだという言い方をしています。そうすると相対的な人間は、たとえば愛山との論争でいえば、文学者の仕事は、目に見えない空の空を撃つのだと、これは倫理観として効用性を強調するのは、あまり文学の本筋ではないという言い方をしています。
 もう一つ、空の空なるものを撃つというのが文学の仕事、あるいは事業なのだといった場合、空の空とは何を意味するかというと、目に見えない、無限の天地、宇宙に神が宿っているのかもしれないのだけれど、そういう無限の宇宙から何かを取ってこられるという自然観を持てば、自然に空の空を撃つということが人間の本当の精神の問題なのだ、あるいは内面の問題なのだといえるはずだ。つまり効用性ということで空の空を撃つということを言っているだけではなくて、神が創造した天地から無限に汲み取れるものが自然であって、それを内面の問題とする限り、空の空を撃つということ、つまり精神の問題が本当の人間の問題なのだということを同時に言っていると思います。
 透谷はこういう自然観を、文学の考え方としても、また倫理としても、それから間接的ですが信仰の問題としても初めて言っていると思います。だから愛山との論争は、効用性が文学にとって必ずしも第一義かどうかということの論争でもありますが、同時に透谷は内部的な生命を文学が重んずる限り、それは空の空を撃つ、つまり目に見えない無限の天地から汲み取るということ、それ自体が文学の本当の目的なのだと同時に言っていると……
【テープ反転】
……初めて透谷は力としての自然という概念をもってきます。この力としての自然という概念は、わかりませんが、たぶんエマーソンから得ている概念だと思います。ところがエマーソンから得ている力としての自然という概念を、エマーソンとはまったく反対に使っています。それは透谷が自分を厭世詩人だと言っていて、エマーソンのことは楽天主義者と言っているのとちょうど見合うわけですが、エマーソンが自然の力といっている場合は、きわめて肯定的な意味で自然の力をいっています。
 ところが透谷はまったく反対の使い方をしています。目に見える社会であろうと、人間の欲望であろうと、あるいは人間の関係であろうと何でもいいのですが、目に見えるものは、詩人に対して必ず圧迫を加えてくるものなのだ。もし自然が物質的な、あるいは社会とか目に見えるものとして自然というものが考えられるとすれば、それはやはりことごとく人間の心を圧迫するものとして機能してしまうのだ、それが自然の力なのだといっています。だから自然の力に対抗するには、やはり目に見える力ではだめなのだ、空の空に相渉るような力を人間が持っていないと、押し寄せてくる自然の力に対抗することはできないという言い方で自然の力の意味を使っています。これはエマーソンとはまったく反対の使い方です。
 エマーソンが自然の力という場合には、神と自然がイコールとして結びつく力があって、社会におけるあらゆるものの物質的な現れは、自然の力であって、つまりそれは神の力の現れであるというのがエマーソンの根本的な考え方でしょうけれど、透谷はそれをまったく逆の使い方をします。何と言ったって詩人に対して社会とか人間関係とか、欲望とか、あらゆるものが外から押し寄せてくるものだ、圧迫するものだという使い方をしています。それに対抗するためには、単に物質的な対抗力ではだめだ、それはやはり空の空まで届くような力を考えなければ、とても自然の力に対抗することはできないということを初めて言っています。
 これは自然を圧迫するもの、謀略するもの、あるいはそういう意図はなくても詩人に対しては何か圧迫感としてやってくるもので、それが自然の力なのだという言い方になっていると思います。このあたりが透谷の自然観の成熟したところだと思います。つまり透谷が自然観として一番注目したのは、そこだと思います。

8 厭世とは何か

透谷は、自分のことを「厭世詩人」といってます。その厭世という中身は、透谷はバイロンみたいな人たち、つまり波乱万丈の生涯を送ったような人たちも言っているかと思うと、ゲーテみたいな、つまりそれは調和の文学者で、われわれは引っ掛けようがないよというような気がしますが、透谷はそうではなくて、ゲーテもやっぱり厭世詩人だといっています。透谷のそういう言い方は、ちょっと無理で、つまり透谷がいう厭世というのは、文学、芸術は必ず否定性を含むのだということを本当はいっているのだと思います。そのように考えれば、ゲーテの中に否定性がたくさんあります。そういう意味ではゲーテだって厭世詩人だということになるでしょうけれども、透谷が厭世詩人という場合には、そういうふうに呼んでいます。
 厭世詩人にとっては自然の力は全部圧迫力とか謀略力だという受け取り方をしています。社会もそうだし、人間関係もそうだし、あらゆる欲望も全部厭世詩人を圧迫するものだと透谷はそういう受け取り方をしています。また逆に自分がエマーソンを論じることを民友社の叢書で割り当てられたとき、俺はゲーテのほうがよかったと藤村に漏らしていることが藤村の『春』を読めば書いてあります。
 つまり何を言いたかったかというと、透谷は、ゲーテは厭世詩人だ、だけどエマーソンは楽天主義だ、つまり自然というのは神と同じで、その現れが物質である。だからあらゆる自然は全肯定的に受け取るし、また倫理的にも受け取れる。つまり雨とか波に打たれて平気でいる自然の岩なんかを見ていると、それは人間に忍耐、耐え忍ぶことがどんなに大切かをちゃんと倫理的に教えているのだと。エマーソンはそういう言い方をするわけですが、つまり倫理であろうと、信仰であろうと、全部肯定的に自然からやってくる。自然を見ていると、人事のつまらなさを全部忘れてしまうという言い方で、信仰を肯定的にエマーソンがとらえているわけで、そこが透谷は非常に気に食わなかったところだと思います。
 透谷にはそれが少しもないので、否定しかない、あるいは厭世しかないのが透谷の本領なのです。このあたりは、自然の力ということで、そういうふうに自然を考えているあたりがたぶん透谷がまるまる自然観として成熟したところだと思います。それはもはや風景を見ていれば人間は調和を取れるとか、あるいは自然の風景は全部擬人化して言うことができるとか、一種の初期にあったゆとりのある自然観から、はるかに突き進んでしまい、もはや自然を力として考えた場合に、人間、特に厭世詩人を圧迫するものとしてしかないのだという言い方になってしまっていると思います。
 そこが透谷の自然観の至り着いているところだと思います。難しく考えれば、自然というのは難しいので、なかなか解決しにくいものですが、エマーソンが農場、農業は福音なのだという言い方をしています。いまのエコロジストが農業は福音なのだというのと近い言い方をしているでしょう。つまりそういう人たちもまたいるわけですが、農業はだんだん滅びてしまうということも、また文明の必然としてあるわけで、自然観というのはそのようにものすごく難しい。また自然を産業化すると農業とか漁業になるわけですが、その農業をどう扱うかということはものすごく難しいと思います。透谷が尊敬した革命的な人たちはみんなそこで失敗していると僕は思います。
 たとえばレーニンは、農業、あるいは農業をやる人はみんな反動だ、つまり自然を相手にして、土地を相手にしているのだから、これはもう反動に決まっている、だから都市労働者と同盟関係にあるという言い方をして、それで中に入れてしまうよりほかにないのだと考えたわけです。またスターリンは逆で、自由工業主義者ですから、自由工業を発達させればいい、それに対して食糧はどうするのかというと、自由工業の密集地帯、つまり人口が集まっているところの周りに農業もまた集めればいいじゃないか、日本でいえば農民を九州から北海道にどんどん移してしまえといって、それは大反発をくらって農民たちはスターリンに対して蜂起するわけです。つまり土地、農業の扱い方、遇し方は大変難しいということがわかります。
 あらゆる産業は進歩するわけですが、農業だけはどうもそうではなくて、原型に帰す、つまり自分が耕して得られたものを好きなだけ、自分が食べるものは食べるし、また売りたいものは農協とかどこかを介してということではなくて直接売ることができる、そういうふうにすることがまず農業にとって一番理想だということになります。しかしそれは社会の変革を考える人たちはたいてい失敗しています。それほど農業、あるいは自然の扱い方は難しいわけです。
 透谷の扱い方の頂点は、やはり自然は人間を圧迫するものだ、特に人間をとはいわないのですが、つまり厭世詩人を圧迫するものだと考えたところは、透谷の自然観の一番熟したところだと考えられます。その熟したところは、逆にいえば透谷を滅ぼしたところだ、つまり死なしめたところだともいえます。当時の日本の社会は、もちろん農業国です。働く人の半分以上が農業に従事していたという時代です。ですから透谷の到達した自然観、熟した自然観で、自然の力は厭世詩人に対しては全部いろいろなかたちの圧迫なのだという考え方は、透谷を滅ぼしたことにもなると思います。それはとても難しいことですが、透谷の自然観はそのあたりでだいだい完成をみるということになっていったと思います。

9 『厭世詩家と女性』の思想

 これはいたし方ないところですし、また透谷が最後のころに論じたエマーソンとまるで反対になってしまったところだと思います。その代わり透谷だけしか持てなかった理念を持ったと思います。本格的にいえば、透谷の思想といえるものはそこに尽きると思います。それは何かといったら、恋愛、男女の関係ということだと思います。これは透谷の独自の思想ですし、またある意味で自伝的告白です。つまりルソーでいえば『告白』みたいなものに該当する自伝的な告白でもありますし、また独自な恋愛観でもあります。これは透谷以外にはないので、だからこれは透谷の本格的な、独特な思想だということができると思います。これはもちろんエマーソンにはないものです。あるいは透谷が影響を受けたと思われる人たちには、だれにも本格的にいえばなくて透谷だけにあるわけです。
 透谷の恋愛観は、ご承知のようにしいていえば三つあります。一つは厭世詩人にとっての恋愛、あるいは女性、もう一つは、ごく普通の人、要するに生活人の恋愛を考えることができると思います。透谷は、それは天来の自然なのだ、つまり男女が相合って共鳴したり、共感したりするのは自然なのだ。だから恋愛というのは自然なのだといっているのは、普通の人の恋愛に該当すると思います。透谷はそういう普通の人の恋愛、生活人の恋愛をもう一つ考えています。もう一つは、遊郭の恋愛、つまり恣意ということです。恋愛にはこの三つがあるのだということを透谷はいっていると思います。
 透谷の言い方は、たとえば『厭世詩家と女性』の中でいっていることの概略は、慈善ということを言っています。つまり青年、若い男は空想的だ、社会がどうだとか言っても全部空想的だ、だけど恋愛して相互に好き合う女性にぶつかって、初めて実社会が他人事や観念ではなくて、ちゃんとした現実に見えてくるのだ。それが恋愛の一つの効用、一つのあり方なのだということを言っています。
 ところでこのように恋愛関係に男女が入っていくと、そこでどういうことになるかというと、いま言ったように初めて現実の社会に本当に手に取るようにぶつかるわけだけれど、そこで実世界と想世界、つまり少年時代から空想の中でこしらえていた想世界との衝突がここに起こってくる。
 この衝突が起こったときに、どうするか、どうなるのかということが恋愛の一つの岐路になる。厭世詩人にとっては、そうなるということは、想世界に破れて、もうどうしようもなくなっているというときに、最後に拠るべき牙城が恋愛なのだ、あるいは女性なのだ。つまり女性の懐で最後に拠るべき牙城を売るのだ。これが厭世詩人のあり方なのだ。
 そして普通の人、つまり生活人の恋愛は、そのようにして初めて実生活の本当のあり方として、そこで所帯を営み、子どもを産み、子どもを育て、だんだん老いていくということになる。最後に、どういうことになるかというと、厭世詩人が厭世詩人らしく、そこでだんだん実生活をやっていくにつれて、想世界にある理想に描いていた男女関係はだんだん薄れていってしまって、現実に同化していってしまう。厭世詩人にとっては最後に女性との関係は一種の束縛になってしまった。
 また女性についてもっと悪口をいえば、女性というのはだんだんリアル、物質的になってしまうという言い方をしています。女性にはだんだん理想がなくなっていって、物質的になってしまう。厭世詩人は、自分の想世界、つまり空の空を撃つ、霊魂こそは大切だという考え方がだんだんそこで失われていって、家庭、家が束縛になってしまうという言い方をしていると思います。
 これについては、透谷の奥さん宛の、独身時代から結婚後にわたる透谷の書簡の中にそっくりその推移が出ているだろうと思います。奥さんから来た最後の手紙に対する透谷の最後の返事を見ると、やはりそういう非難の仕方をしています。お前は、偉そうなことを言ったけれど、ただ厭世詩人である自分がお金をもうけたり、生活費をたくさん豊かにしたり、何をしたりということをしてやれないことがお前は不平なのではないかとしか受け取れないという言い方で、奥さんに対する批判、非難みたいなものもやっています。
 逆に奥さんのほうから見れば、勝手なやつだとなるのだと思います。そして子どもにも奥さんにも責任を持たないで、自分だけが厭世詩人だと考えて、もうこの社会は全部自分を圧迫するものだと考えて、自分なりに苦しんでいるとか、つらいとか言うけれど、それは厭世詩人の独りよがりではないかと奥さんのほうからはそのように見えるような言い方もしています。厭世詩人の恋愛は、はじめ女性は最後の拠りどころとして牙城だったのだけれども、だんだん実世界になじんで、慣れていくにつれて、女性のほうは理想を失い、厭世詩人が自分として抱いている理想みたいなものがあるとすれば、それは自然社会からだんだん追い詰められていく一方になっている。これは惨憺たる風景になっていって、恋愛とは何か、それは牢獄ではないかとい言い方に透谷はなっていくわけです。
 つまりそれはまったく自伝的な告白をしているようなものだといえばそうですが、要するに厭世詩人にとっての恋愛、あるいは女性ということ、それから普通の生活人、つまりごく自然な男女の恋愛。もう一つは遊郭内における恋愛、つまりこれは社会の域外に出た人たちの恋愛があり、これを仮に粋と名づければ、これは元禄文学が非常に大きなテーマとして描いたものだと透谷は論じています。

10 粋とは何か――遊郭の恋愛のすぐれた分析

 「粋を論じて『伽羅枕』に及ぶ」とか、徳川時代の平民思想についての透谷の論考は、いってみれば透谷の唯一の思想、つまり透谷らしさだと思います。だれにもない透谷の特徴だといえば、そこが一番特徴だと思います。特に粋ということ、遊郭内の恋愛とは何なのかということを、透谷は相当はっきりと分析しています。これはたぶん現在でもどんな人の分析よりもいいかもしれません。
 つまり遊郭内の恋愛、粋とは何なのか。透谷は粋の恋愛をいくつものとらえ方をしていますが、主なところをいいますと、一つは、いわゆる普通の世界の恋愛とか厭世詩人の恋愛のように、つまり双方が迷ったり、狂ったり、あるいは双方が無我夢中になって何もかも見えなくなってしまったというものは、遊郭内の恋愛の粋の考え方にはない。いつでも片方が冷めていて、片方が打ち込んでいて身を滅ぼすとか、それが典型なのだ。
 『伽羅枕』について触れていますが、『伽羅枕』は、その粋の世界の恋愛を描いている。たとえば主人公の佐太夫は、いぼ大臣といわれている大金持ちだけれど、顔中いぼだらけの遊び人に対しても、ほかの遊女のように変な顔としたり、避けたりしないで、ちゃんと自分の実意を尽くして遇するので、いぼ大臣といわれる男はお金をたくさん佐太夫にくれるという場面もあります。
 逆に親子で、佐太夫を好きになって、親のほうは自責の念にかられて最後には自殺して死んでしまう、つまり佐太夫が身を滅ぼさせてしまうという恋愛も描いています。その場合には、もちろん佐太夫は、いぼ大臣に対する場合とは反対のように冷淡なわけです。その冷淡さは、あながち利害によって冷淡なのではなくて、ある場合に冷淡に扱って、相手が身を滅ぼしても自分のせいではないという態度で平気でいるということもできるし、また逆に人がどんなに嫌っていても、ちゃんと実意を尽くそうと思えば尽くす、そういう主人公を描いているというのが尾崎紅葉の『伽羅枕』だとすれば、それは粋の世界なのだといっています。
 『伽羅枕』の一番中心になるのは、田島源左衛門という侍がいますが、徳川将軍の槍の師範ですが、水戸家の家来になります。水戸家から将軍を暗殺しろと命じられる。つけねらうわけですが、それが何となく怪しいということがわかって、役人につきまとわれるようになる。その男が佐太夫のところに通ってくる。それに対して佐太夫が、この男は何かあるなと思うのだけれども、それが何だかよくわからない。
 あるとき、ピストルがそこに置いてあるのを見つけて、この男は何かあるのだということで戸を閉めると、やはり俺は水戸家から命ぜられて将軍を暗殺しろといわれているのだと言う。その男に対して佐太夫は徹底的に実意を尽くすわけです。つまり自分の持ち物は全部売り飛ばして、その男を養うし、またその男をかくまってあげるし、そうして自分が貧しい遊女になってしまって雇い主からさんざん文句を言われ、足蹴にされるみたいに扱われるわけですが、それでもその男に実意を尽くす。その男はいずれ捕まってしまって、小塚原で処刑される。
 そのあと、またけろりとしてというのはおかしいのですが、また佐太夫は遊女としてもう一回出ていって、また通ってくる男を迷わしたり、実意を尽くしたり、それぞれそういうやり方をして、最後には自分が関係した三十何人かの男の塚を谷中の長安寺に建てて終わるわけです。

11 ほんとうの恋愛とは何か

 その種の恋愛の仕方は、透谷が粋という概念で非常によく分析した恋愛観の一つであるわけです。つまり透谷は粋の恋愛観も含めて、普通の人の恋愛観、また自分のような一種の厭世詩人の恋愛観、恋愛のあり方もあるのですが、それが人間の生涯にとってどういう意味を持っているのかということ、これがどんなことよりも根本なのだ。そしてもっと具体的にいえば、この恋愛が文学の一番本筋になるものなのだというのことです。
 ところが自分は元禄文学のように域外の恋愛、つまり粋の世界の恋愛ではなくていずれにせよ屈折した恋愛だということになるから、自分はそうではなくて本当の恋愛とは何なのか。それは言ってみれば内部生命が吹き込まれた男女関係がありうるとすれば、それが本当の恋愛なので、その本当の恋愛を自分は本筋として持ち出すために文学に関与しているのだと透谷は考えたと思います。それほど透谷は恋愛に対して大きなウエートを置いたわけです。
 つまり文学も恋愛だったし、倫理も恋愛だし、社会域外の恋愛とか、あるいは厭世詩人の恋愛に関しても、つまり生きるか死ぬかということもやっぱり恋愛なのだ。つまり恋愛というのはそういう意味で一番重要なのだということは透谷以外の人はあまり強調したり、理念化するほど立派につくりあげた人はいません。透谷にあらゆる枝葉とかほかの人の影響とかを全部取っ払ってしまって、最後に透谷の文学理念、あるいはイデオロギーとしての理念を持ってくるとすれば、恋愛ということに最上のウエート、価値と重さを置いたというところで、そこに透谷の本領があると思われます。そこが透谷らしい思想の本筋だと思います。
 つまり透谷はその場合、自分のは厭世詩人の恋愛で、ある意味で遊郭の粋の恋愛とは対照的で、やっぱり恋愛の本当の粋だといえないのかもしれないということは透谷は十分に自覚している。自分の恋愛が一番いいのだとは決して考えていません。少なくとも文学で考えられる限り恋愛に三つのあり方があって、そのあり方のどこを指すのがいいのかということはいわく言いがたい。しかし自分が生涯をかけて指したのは厭世詩人としての恋愛だとなるのだけれど、これは非常にきつくて、苦しくて、自然の力、社会の力、全部が自分の敵になってしまう道を行くことになってしまったということを言いたいのだと思います。しかし本当の恋愛がどこにあるのかは、普通の生活人の中にあるのでしょうけれども、そのあり方を日本文学の中に植え込むことができるかどうか、それが非常に重要なのだというのが、透谷がたぶん一番本格的につくりあげた理念、考え方だと思います。
 自然観とか倫理観は、透谷なりに突き詰めていき、それはさまざまに重要な意味を現在でもはらんでいることになっていますが、本当に透谷らしさを考えると、恋愛に人間の生死、生涯、あるいは人間の空の空を撃つ事業の一番の本筋をかけた。つまり現在では、透谷の考えたことはもっとうんと開いてしまったほうがいいような気が僕はしますが、しかし透谷が到達したところをあまり出ないように言うとすれば、倫理と自然をどこまで広げられたか、あるいは透谷の延長線上に広げられるかということと、それからもう一つは理念として透谷が残した恋愛が最後に残る問題のように僕には思われます。
 およそ時間が来たようなので、ここで終わらせていただきます。(拍手)