1 司会

2 現在ということ

 吉本です。今日は「現代社会と青年」という大きなテーマを与えられているわけですけれども、結局は、自分が関心を持ってやって来たことの中で申し上げるのがいちばんいいと考えますので、こんな大きな問題を含むことはできないかもしれませんけれども、多少は問題を掘り下げてお話できたらいいなと思っています。
 本日のテーマのなかで、僕がここ数年間、関心を持ってやって来たことがふたつあります。現在の社会、それがどういう社会なのかというのがひとつ。もうひとつは、今日の話と関連して言いますと、家庭内暴力がどういうところからおこってくるかということ、このふたつのことが、ここ数年間やってきたことです。だから、このふたつのところから、今日の主題について接近してみたいと思います。
 僕らは、現代社会という場合と現在の社会という場合と区別しております。どこで区別するか、僕が区別する条件として考えているのは、現在社会は消費社会ということです。わかりやすいのは個人で、会社勤めでしたら月給ということですけれども、個人の所得のなかで、消費に使っている額が所得の50パーセント以上というのがわかりやすいひとつの条件です。みなさん、大抵、入っている所得の50パーセント以上を消費に費やしております。もうひとつ大きな条件がありまして、消費につう買う全体のなかで、選んで使っている消費がやはり50パーセント以上ある。選んで使うというのは、たとえば、今月は家族でどこそこへ旅行に行こうとか、あるいは旅行に行けないけれども、どこか食事に行くとか、映画でも見に行って帰りに食事をして来ようとか、その人が選んで消費できる額が全消費額の半分以上を占めているという、こういうふたつの条件を満たしている時に、こういう社会を消費社会と言いたいと思います。
 もちろん日本の社会は消費社会に入っているわけですけれども、もうひとつ消費額の中で、必需消費という、必ず要る消費額というのがあるわけです。今月の電気代だとか、ガス代だとか、家賃だとか、毎月必ず要るものですから、これは必要な消費なわけです。そうでなくて、選んで消費できる額が半分以上あるというのが、もうひとつの条件なわけです。
 もう一度言いますと、ひとつの条件は、全所得の半分以上が消費できる額であること。もうひとつは、消費額のうち選んで消費できる額が半分以上であること。一般の平均人で、このふたつの条件が満たされている社会を消費社会と規制するとします。
 この消費社会になっているのはアメリカと日本と西洋です。西洋の先進国は大抵、消費社会に入っております。ここにデータをちょっと挙げてありますけれども、昭和55年でふたりで働いているというケースを取りますと、もう既に昭和55年で必需消費額が50.1パーセント、選択消費が49.9パーセント。55年度で既に消費社会に入っていることになります。片働きですと、昭63年に、選んでできる消費額が52.8パーセントですから、確実に消費社会に入っているわけです。この条件を持っているのは世界でアメリカと日本と西洋の3つで、消費社会に入っていると思います。別の言い方をしてみますと、家賃とか光熱費とか必ず要る消費額があるわけですけれども、今日と同じように明日も健康で、お腹減らしていないという条件で働ける、あるいは勉強できる、生命を維持し、生産し、また再生産するようなことに最小限使われるというのが必需消費です。ですから、これが50パーセント以上である社会では、食うために働いているということになります。現在の日本の社会は、食うために働いている必ずしも言えないわけです。もうひとつの条件は使うために働いているということになっている。つまりこれが消費社会の別な言い方だと思います。ふたつの条件が満たされていれば、現在の社会だと言える。みなさんがいま生きて生活しておられる社会はそういう現在社会だということができると思います。
 そこで現在社会で何が問題になってくるのかというのが次の問題です。

3 塾通いの問題

 この学校は大変優秀な学校で、進学率も多くて、頭もよくて、勉強もするし、あまり問題のない学校だというふうに伺ったわけです。そうすると、僕ら、何も言うことないじゃないのとなる。みなさん高校生だから、もう言うことがあっても遅すぎる。大人になるよりほかに方法がない。問題がなくて、しかも遅すぎるというんだったら、何も言うことないんじゃないのということになる。それでは困ってしまうんで、僕が関心を持ってきたことは青年の病気ということですから、たぶんみなさんは当てはまらないので、そういう意味では、僕の方から見れば物足りないし、みなさんの方から見れば、それは、おれのこっちゃないよ。また親御さんの方から言えば、うちの子のことじゃないよということになるのかもしれないですから、そういう意味合いでなく、もう少し客観的に青春期の病像というのはどういうふうにあるかということを、参考にしていただきたいと思うわけです。
 昭和63年度の統計で、塾に通っていない生徒のパーセンテージが出ています。小学6年生と中学33年生というと受験と控えている。塾に通っていない小学6年生というのは56.6パーセントだから、ほぼ半分よりちょっとだけ塾に通っていない。逆に言うと、半分よりちょっと少ないだけ塾に通っているということになります。それから中学3年生で塾に通っていないというのは46.6パーセント。塾に通っていないのは半分以下であって、逆に言うと塾に通っている人は半分以上だということになります。これ、平気統計ですけれども、みなさん、中学の時には通っていたわけです。特に佐倉高校の問題じゃないわけですけれども、中学生のうち半分以上が塾に通っているというのは、おかしい。半分以上が塾に通わなければ成り立たない中学なんていうのは止めたほうがいいですというふうになると僕は思います。厳密に言えば、塾なんかで勉強しなくても、学校でちゃんと勉強、教わっているんだというのが普通だとすれば、半分以上が塾に通っている、そんな中学は、止めてしまうか、教育内容を全面的に変えてしまうほうがいい、あるいは変えるべき段階なんだということができると思います。たぶん中学校というのはいろんなことがあるんだと思いますけれども、この中学のところでいろんな問題が出てくるんだという気がします。歴然と、半分以上の人が塾に通わなければ成り立たない教育なんか間違っているに決まっているわけでして。だから教育内容を変える以外に中学はどうしようもないということになると思います。いつか問題になってくると僕には思います。

4 思春期の病像と教育制度

 ところで、中学生、小学生。高校生も入れていいわけですけれども、そこで問題になっている病像ですけれども、ひとつは登校拒否であり、ひとつは校内暴力であり、ひとつはいじめであるということに集約されると思います。登校拒否というのは、緩やかではありますけれども、だんだん増えつつある一方であると、少なくともデータの中では出ています。校内暴力というのは、大体、昭和57、8年ごろまでは大変おおいところに属し、多いところからだんだん底に達し、それからまた、だんだん増えつつある。いじめは、だんだん減りつつあるというふうにデータではなっています。
 ところで、これはいずれも、思春期の病像といえるわけです。その病像の原因はどこにあるのか。ひとつは大変僕らがよくやってき精神の問題というところに原因がありましょうし、学校制度と言いましょうか、中学から高校、あるいは小学校から中学へというところに、合理的でないところで勉強するのが嫌になってしまうということがありうるように思います。社会的なネックのようなものがあるように思います。社会的な問題あるいは学校制度の問題とかに帰着してきます。もうひとつは心の問題ですよとなっていくだろうと思います。社会的な問題と言いますと、みなさん、3年生は物凄く受験勉強で競争しなければならないところにいられるでしょうけれども、本当は受験勉強などしなくて、試験もなくて誰でも入れ、人並みの勉強をしていれば、誰でも大学を出られて、となるのが理想なわけですけれども、やはり競争しなければならないし、みなさんも、競争するのが、今の社会の、何か通らざるをえない道だとすれば、それはやるさ、というふうになっているのだと思います。みなさん優秀で、そんなに苦労されないのかもしれませんけれども。
 この問題、教育制度とどういうふうに変えても本当は解消しないだろうと思えるんです。解消できる方法は誰でもできる方法がたったひとつ。大学の先生から変える以外の方法はないわけです。たとえば、東京大学の先生は、必ず四年間は法政大学に行って学生を教えなければならない、卒業論文の面倒を見なければならない、最低限四年はどこかへ行かなければならない。法政大学の先生とか東洋大学の先生は、必ず最低四年間、東京大学とか京都大学へ行って教えなければならないというふうに変えてしまえばいい。学生さんは、どこで卒業してもいいというふうになれば、受験競争は簡単になくなってしまいます。どうしてそうしないのか、僕は不思議でしょうがない。みなさん文部大臣になったらそうしたらいいと思います。
 なぜ、できないのか。要するに、大学の先生の根性が悪いわけですよ。おれ東大の先生だなんて、どこか心のどこかで威張っているわけですよ。それから、どこそこの大学の先生は劣っているんじゃないかなんて思っていたりするから駄目なんで、そういう心の問題を検討することは大変難しい。でも原則的には非常に簡単なことです。そういう大学法を作れば、一遍に受験地獄は解消してしまう。でも、精神的には非常に難しい。誰でも、自分は優秀だと思っている人は威張りたいわけだし、優秀だと思っていない人は劣等感に駆られるわけだから、そのことをどこかで克服できなければなりませんから、大変、心の問題としては難しい問題なんだけれど、本質的な問題としては簡単なことで、誰の迷惑にもなりません。大学の先生の迷惑になるはずもないし、大変参考になるので、頭のいいやつばかり教えている先生は、そうでない大学へ行って、世の中には優等生ばかりいないんだぜ、ということは、ゆくゆく自分で体験したほうがいい先生になると思います。規則としては簡単なんだけど、心の問題があるから、なかなか実現しないというふうに思います。そこら辺が教育のネックとして考えるべき問題です。
 また、それ以外の解決方法は全部、解決になりません。やっぱり受験勉強も競争もやるよりしょうがないと思います。それ以外の方法があるようにというのは、本当は一時凌ぎにしか過ぎないので、本当に抜本的な解決は、いまごくが言いました以外に方法はないよと僕は思います。それが思春期の大きな病像になっているわけです。

5 戸塚ヨットスクールの論理

 この問題は一体どこに帰着するのかということになります。よくよく見てみますと、昭和57年とか8年とか9年とか、学校の病像が明らかになっている。僕は一生懸命になって、そのころ、日本の社会に何があったのか、しきりに調べて追求したわけです。追求してみますと、大して特別なことはあったと思えないんですけれど、ただこういう事があります。58年に、校内暴力について全国調査したデータがありまして、中学校で58年ごろ、7校に1校ぐらいで、校内暴力で器物を破損したとかで、先生をぶん殴ったとか友達同士で暴力を振るって警察沙汰になったとか、そういうデータがあります。いちばん僕らがよく覚えている、戸塚ヨットスクールという、あの事件が起こったのがこの頃です。戸塚ヨットスクールで預かった生徒さんが、訓練中に事故死してしまったということを契機にして、その学校のやり方が拙いんだとか、乱暴だとか、暴力だとか、問題になって、戸塚さん自体も起訴された事件です。よく覚えているわけですけれども、自分の子どもが登校拒否であったり、校内暴力であったり、どうしようもないという親が、戸塚ヨットスクールに子どもを預けて、何とかしてください、お願いしますと言う。そういう学校なんですけれども、戸塚さんは相当厳しい訓練を課して、それがたまたま、死者を招いてしまったというわけです。
 戸塚さんの理論というのは、要するに、子弟の教育とか将来の方向とかは、全部母親に任されてしまって、父親は会社が忙しいとか、時間がないとかいうことで、大体教育から手を引いてしまって、母親が全面に出てくる。そういうところから登校拒否とか、校内暴力とかになるんだ、というのが戸塚さんの考え方で、それではどうすればよいかというと、強大な父親が立ちふさがって厳しく教育すれば、登校拒否とか、校内暴力とか、家庭内暴力とか、治ってくるんだ。父親不在である、あるいは父親像が弱くて母親の像が強大になってきるということが、根本原因だというのが、戸塚さんの考え方で、ヨットスクールで厳しい訓練を課したわけですけれども、そこで死者と出してしまったということで、世間の大問題になっていったわけです。暴力ヨットスクールだという世評が出てきたり、起訴されたりということになって、いま裁判中というわけです。親はうちの子なんか死なせてくれてどうしてくれるんだというようなことを言いだしたりして社会的な大問題となったわけです。

6 乳胎児期の問題

 ところで僕は家庭内暴力や、登校拒否について、また現在社会について、僕なりに追求してきたと言いましたけれども、僕なりに追究してきた家庭内暴力とか、登校拒否とか、いじめというのは、部分的にはそれと関わるわけですけれども、僕の考える原因は、そうではないんです。第一義的に問題なのは、乳幼児期、もっと逆上がりますと、胎児のときの、主として母親の関わり方の失敗というのが根本的な問題だというのが、僕らの考え方です。大抵、ご自分で半分ぐらいは納得させられることだと思うんですけれども、幼児になったり、思春期になって、大体自分の息子でも、娘でも同じなんですけれども、その言うことを聴いて―家庭内暴力というのは特にそういうなんですけれども、だいたい子どもが乱暴狼藉はやるし、器物は壊すし、母親に、殴ったり、蹴ったり、暴力を働くしと、とてつもない暴れ方をするわけですけれども、第一義的には、それを許容したり、大体小学校の上級生とか中学生になって、とてもいい母親で、しかも教育熱心で、子どもが踏んだり蹴ったりしても外にあまり言わないで、自分の家庭内で母親が我慢しちゃって―、という母親の我慢の仕方はどこに原因があるか。要するに胎児のとき、乳児のときに、うまく子どもを扱えなかったことの代償だと僕は思っています。乳胎児期の子どもの扱いのどこかで失敗しているわけです。たぶん例外なくそうだと思います。その頃ちょうど、非常に亭主との中が悪かったんだ、離婚寸前だったんだとか、あるいは働かなければ、とても経済的にやっていけない、そういう時期だから、子どもの構い方がおろそかになってしまったんだとか、様々な原因が個別的にあるわけです。共通に言えることは、乳児、胎児に対する扱い方というのを相当失敗したというのが、僕の理論であり、考え方です。そこへ行かない限りは、家庭内暴力とか、登校拒否という問題でも、根本的には、やっぱり解けないだろうなと思います。

7 児期の授乳と拒食症

 たとえば、動物でも、人間だったらますますそうなんですけれども、乳児のときに―まだ、子どもが自分では食べて生命を維持していけないので、母親のおっぱいとか、そういう栄養を外からあてがってやらないと生きていけないときに―、例えば、母親がおっぱいを飲ませていて、母親の方は心ここにあらずで、亭主が帰ってきたら、また喧嘩になるんだとか、ぶん殴られちゃうとか、考えながらおっぱいをやっているという期間が、ある程度持続的であるならば、その幼児は拒食症になりやすいですね。僕も親ですから分かりますが、大なり小なり、どこの親でも、まあみなさんのような立派な親は別でしょうけれども、大抵子どもを育てるとき手を抜くわけです。大体50パーセント以上やったよ、ということがあれば、相当精神的に、いろんなことがあっても大体耐えられる。境界値というのが高く作られるわけです。そこのところで、いやいやながら、こんな亭主の子どもなんか育てたくねえやと思いながら母親がおっぱいをやっていると、私の理解では完全に乳児に分かってしまいます。いくら母親が「いい子、いい子」なんて、言ったって駄目です。動物だって、相当な程度分かってしまいます。ましてや人間は、母親が心の中で違うことを思いながら、表面上いい子いい子なんて言ったって絶対にだめです。分かられていると思ったほうがいい。自分の栄養をとって命をつなぐというときに、母親から嫌々ながら授乳されていたという子どもは拒食症になりやすいです。食べるということが、いちばん下の無意識のところで、楽しかったという思い出がないわけです。自分ではどうすることもできない時代に、食べることが楽しくないということが刷り込まれていくわけですから、意識が低くなってしまうんです。ですから、ちょっと何かがあると、病像と言いますか、病気の領域に入ってしまうことがあるわけなんです。
 僕の考え方では、第一義的に問題なのは、家庭内暴力の問題であり、多分そこのところから、全ての思春期の病像、あるいは思春前期の病像というのが発症するだろうなと思われます。みなさんのような高校生になってしまったら、本当はもう遅いんです。人間の心の形成としていちばん大変だった時期は、既に終わっています。だから今持っている自分の持ち物がおかしいと思ったら、それはやっぱり自分で克服するというか、それを超えていこうという努力をするより致し方がない。勉強も、そういうものなんですけれども―勉強のことを言ってもしょうながいから、心の問題を言う訳ですけれども―、既に形成されている自分の精神的なイメージと言いますか、どこかに欠陥があれば―誰でも欠陥があるんですけれども―、それをやはり克服する。超えていかなければならない。人間というのは自分を越えていく存在なわけです。
 それが全部ではありませんけれども、第一義的に心の問題は大部分が胎児期、乳児期に形成されてしまうと考えたほうがよろしいかと思います。

8 太宰治・三島由紀夫の生涯

 そこでの問題が大変だという自覚があるならば、それを越えよう越えようと努力していかなければいけないんで、もちろん、どんな人間でも大なり小なり、60パーセントとか40パーセントとか、そういう育てられ方しかしておりませんし、100パーセント育てられたという人は先ずいません。大抵、どっかで手を抜かれているわけです。親としては、まず50パーセントは超えたかなというくらいのところだと思います。ですから、心の欠陥は自分で越えていかなければいけない。その人にとっては大変辛いことですけれども、大なり小なりその辛さを背負いながら生涯を送る以外にしょうがない。だけど、いかにそれが、きついものかということは、たとえば、僕らの関わっている領域で言えば、三島由紀夫さんとか太宰治さんとかいうのは、僕は大変好きな文学者ですけれども、典型的にそうだと思います。ひでぇもんだと言うより仕方がないような乳児期の育てられ方をしています。別に貧乏だとか、金持ちだとか、いい家庭だとか、ということではなくて、母親との関わりにおいてということですが、ひでぇもんだな、これで生きていけと言うのは無理なんじゃないかというくらい。生まれて1週間くらいで母親から切り離されていく、というような育てられ方をしていく。これだったら、生きていけと言われても無理だよ、ということになると思います。もちろん、三島由紀夫も太宰治も超人的な力で、誰にも分かられないで克服しようとして、結果として、ああいう文学作品を生んだと思います。三島由紀夫も太宰治も、そういう意味で、偉大な文学者ということになりますけれども、内側からみたら、惨憺たるものです。そして、その惨憺さを越えよう越えようと思って、普通の人よりも何倍もの超人的な努力をした人だと僕は思っています。しかし、最後には、やっぱりだめだよな、というふうになったと僕は思います。
 太宰さんは36歳ごろに自殺を成就してしまいますけど、それまでに何回も自殺を試みています。三島さんは、人によっては自殺とは言わないかもしれませんが、異常な割腹という死に方をしています。それは偉大な文学者の最後ということになりますけれども、別な面、母親との関わりということから言えば、たいへん、ひでぇもんだなという育てられ方をして、それを自分の強大な意思力で越えよう越えようとしたのだけれども、とうとう力尽きたというふうに、三島由紀夫も太宰治の生涯も見ることができます。それくらい重鵜用なことになるわけです。

9 日本人の育児の仕方

どうして胎児期、乳児期が、そんなに重要なことなのかというのが、次の問題になってきます。
 どういうことかと言いますと、お母さん―僕らの年代は、確実にそうだったのですけれども―、日本における育児の仕方というのは、人類の育児の仕方のなかでのひとつの典型なんです。おぎゃぁと生まれたら、母親がまだ起き上がれない間ですけれど、赤ん坊を母親のそばに寝かせておいて、泣くとすぐにおっぱいを飲ませるということをする。この育て方というのが、人類の子どもの育て方としては一方の極限なわけです。単に日本的な典型ではないんです。これは母親が世界の全てであり、母親が乳児にとって実に強大な存在になるわけで、母親が全世界に該当する。ですから、これがうまく育っていきますと、これほど理想的な育て方はないという育て方の典型になるわけです。逆に、これが悪かったら―失敗したら、1年間、乳児が嫌で嫌でしょうがないと思いながら育てたとしたら、それが赤ん坊に刷り込まれていたとしたら―、これ以上酷いことはないという育て方になっていく。
 これが西洋的な育て方だったら―本当は、僕はよく知りませんけれども―、1週間経ったら、あるいは1年経ったら母親から切り離して育てるのでしょうけれども、それに比べたら、これ以上悪い育て方はないという育て方になります。世界が悪いんだから乳児にとって、これ以上どうしようもないということになります。よく育てるとすれば、これ以上良い育て方はないという人類の理想的な育て方の典型になってきます。人間の無意識の一奥にあるところで、病像が、そうであるかないか決まってしまいます。平均して40パーセントとか60パーセントとかはうまくいっているということになるのでしょうけれども、極端に言えば40パーセント以下だと家庭内暴力ということになってきます。家庭内暴力というのは、日本の育て方、つまり人類の一典型の育て方のところにしかないわけです。日本の特産物です。よその国のどこにもありません。母親が全世界だからです。そこがうまくいけば大変うまくいきます。悪くいけば、世界がすべて乳児を否定しているという育て方になるわけで、その赤ん坊が長じて生きられるわけがない。盛んに自分を克服しようと思って相努めるわけですけれども、それでも、三島由紀夫とか太宰治とか、偉大な文学者ですけれども、30幾つとか40幾つとか、そこそこのところで力尽きて自殺、あるいは自殺に近い死に方としてしまう。それくらい大変なことになります。日本で母親が伝統的にやってきた育児の仕方というのは、単に日本的な特殊性ということではなくて、人類における一方の極限なわけです。

10 ユダヤ・キリスト教的な子育て

 

もう一方の極限、日本と正反対の育て方というのは―今はほとんど無いと思いますけれども、僕は調べたことはないから、よく分かりませんけれども、中近東ではどうなっていますか―、ユダヤ、キリスト教的な育て方といいますか、生まれて1週間くらいで割礼というのをやる。儀礼と言いますか、宗教的因習上やるのがユダヤ的な育て方の典型なんです。生まれて1週間くらいの赤ん坊のときにそれをやってしまう。それは様々な意味が付けられるんでしょうけれども、分かりやすく言えば、去勢ということです。赤ん坊の時にそれをやったら内向的になってきます。もっと格好いい言い方をしますと、内面の世界を作り上げていく。外からわからない内面の世界が豊かになっていく。もちろん、内向的にしてしまうということにはプラスの面とマイナスの面とがあります。僕らはよく言われましたけれども、あいつは暗いなとか、あいつの書くのは暗いなとか言われるのは、内向性がまだこなれなくて、外に出てくるという意味合いになると思います。あいつは内面の世界が豊かで、外から見たら何でもないように見えるけれども、色彩も気持ちも豊かな、そういう世界をあいつは持っているといえば、文学とか芸術とかに携わっている人は皆そうだとか言われて大変格好が良くなって来ますけれど、悪く言えば、内向的で一般の社会では通用しないよ、ああいう暗い奴は会社でも雇ってくれないよということになってしまうと思います。それはプラスにもマイナスにも言えるわけでしょうけれども、最初の内向性、つまり、ユダヤ的な意味あるいは西洋的な意味でも、内向的な世界という最初の始まりというのは、そういう乳児段階で去勢に相当することをやってしまうユダヤ的な慣習というのがあったわけですけれども、そういうことによって人間を内向的にしてしまうということになると思います。それが日本の母親が一時代前に典型的にやっていた乳児の育て方と、全く対照的になっている極端な対比であるわけです。そこで例えば、ユダヤ•キリスト的な世界では家庭内暴力というのはありえませんし、それは日本の社会の特産物であるわけです。

11 家庭内暴力の根源にあるもの

 ここで、父親もそうなんですけれども、50パーセント以上は手を抜かないし、あまり悪い感じを持たないで、この子を育ててきたよ、というような自信を母親のほうで持っている、そういう育て方をしてきたなら、家庭内暴力な環境条件が思春期になって整ったとしても、かなりの程度は耐えることができます。境界値の壁が高いから、当面しても、それから跳ね返ってきて、正常の領域に帰ってくるというようなことができるわけです。そこで例えば、様々な事情はあったでしょうが、母親が自信がなくて、自分は子どもを育てるのに30パーセントくらいしか気持ちを入れて育てなかったなあとか、あるいは全くあらぬことを考えながら育てたなとかいう思いに子どもがそうなってくると無限に譲歩してしまう。殴られても、蹴られても、傷つけられても、それでも我慢してしまう。そうすると子どもの方では、ますます苛立つわけです。自分が求めているのはこんな母親じゃないんだ。自分に踏んだり蹴ったり傷つけられたりしても、じっと耐えている母親とは違う母親というのを本当は無意識のうちに求めて、つまり乳児のとき満たされなかったものを求めているわけなんですけれども、母親のほうは自分なりの罪の意識みたいなものがあるから、大体、無限に情報して行っちゃうわけです。それで家庭内暴力というのが起こってくる。大なり小なり、これが思春期の病気の根本にあるのだと思います。
 それにくれベレバ、戸塚さんが言う、父親が強大であるかないかということは、もちろん影響はあるでしょうけれども、基本的な影響はそんなにないと僕は思います。ある一定期間を過ぎ、みなさんぐらいになれば、もうおっ放しても大丈夫な人は大丈夫なわけです。そうじゃない人は多分、それまでにいろいろな病像は出ていると思います。それくらい(先のことは)決まってしまっているので、父親が特に弱くなって母親が強くなった、だから強大な父親が立ちふさがればいいんだ、あくまでも、妥協しないんだ、それが家庭内暴力や登校拒否的な病像を治す条件なんだという戸塚さんの考え方は、第一義的な意味は持たないだろうと僕は思います。ある種の意味合いは確かに持つと思いますけれども、基本的な意味は、もうないと僕には思われます。そこが、それぞれの考え方の違いということになると思います。ただはっきり言えることは、人間の心の中には、幾つかの層があります。いちばん奥の方に仕舞い込まれていて、自分でも、そういうものがあるということがわからないという場合もありうる。多分それは乳幼児期に決定的に近い形成のされ方をしてしまうものだと僕には思えます。まだ意識と無意識とが出入りできるところで処理できると言いますか、処理すればいいんだという問題もあります。もっと上の層で、たとえば、母親や父親の言葉遣いとか、態度とか、何かちょっと変えれば、子どもの病像が良くなってしまうというような面も確かにあります。しかし本当にきつい場面に当面したときには、やっぱり乳胎児期の奥底のほうまで入っていかないとなかなか回復していかないということになっていくと思います。
 (これは)思春期のとても大きな問題というふうに僕には思えます。みなさんにとっては、もうなんでもない他山の石にしか過ぎないということになると思いますけれども、本当にまいっているとか、本当に困っているとか、あるいは人には言えないけれども心の中に起こってくる様々の問題とか、自分の欠点とか、思春期にはたくさんわるわけですけれども、こういう人たちにとっては、まるで世界中が立ちふさがっていて、それを絶えず越えていかなければならないということが生きるということの意味になっていくわけです。ここのところが、心の問題では重要な意味になってきております。

12 母乳栄養度

ちょうど昭和58年ごろに新婚2年以内の人を対象にしたアンケートで、43パーセントの人が共働きだというデータが出ています。新婚二年以内ですから、たぶん胎児、乳児という時期が、体験されるんだろうけれども、その辺で共働きしているということは、大変難しいということに当面しているんだと思います。そこら辺でなんとかして、僕自身の論理の中にねじ入れようと思って、しきりに探すんですけれども、ただひとつ見つかったのは母乳栄養度と人口栄養度の割合の変化です。昭和35年には母乳栄養度は67.8パーセントでしたが、その割合は下降し、昭和41~2年ごろには50パーセントを割ります。そして更に下降を続け、昭和45年には最低の31.7パーセントになり、ここで上昇に転じて昭和60年には49.5パーセントまで回復しています。ところで、昭和58年は青少年をめぐって様々な問題が表面化した年で、戸塚ヨットスクール事件、校内暴力が中学校7校に1校の割合であり、町田市の中学校教師が生徒を刺す事件があり、また国立小児科病院精神科の調査によれば、中学校の八割に登校拒否願望があるとのことです。これを母乳栄養度の割合が50パーセントを割った時期との関連をみると、ちょうど15、6年後に青少年のさまざまな問題が表面化したということが分かります。
 大変、時期的に一致するということが言えそうな唯一のデータが、そういうことになっています。これは学問ではないんですけれども、純理論的に出てくる問題なんです。聞いておられるお母さん方は、そうかもしれませんけれども、フェミニズムというか、女性解放主義的な女の評論家というのがいますけれども、(僕は)よく文句を言われてきました。お前は女の人を子どものところに引き寄せておいて、社会的な活動をしていると言われましたけれど、追究しますと、そういうことが出てくるということは、僕は理論的な考え方として、ちっとも疑ってないんです。多分そこは逆な意味で、胎児、乳幼児のときに、きちっとやっておけば、もう後は大丈夫ですよ。その子どもはおっ放したって大丈夫、勝手にやらせとけば適当にやっていきますよ、問題なんか起こりませんよ、と言えるくらい、僕は重要だと思っています。長じて心配するならば、いっそう胎内にいるときとか、生まれてから1年以内くらいまでに丁寧に気持ちよく育てたら、後は適当にやっていけるし、相当精神的に苦しい場面に当面しても、たぶん大丈夫だろうと思います。学問勉強というのは違いますけれども、心の問題として言えば、自信を持っていいと僕は思います。

13 生きるということの眼目

 人間というのは、そんなにおあつらえ向きにうまくいくのではないし、計り知れないことですから、どんなお母さんも、どんなお父さんでも、100パーセントやったよ、うまく育てたよという自信があるかと言われたら大抵自信がないし、僕らもない。50パーセントくらいはどうかと言われたら、そのくらいはやったような気がするぜ、と僕は思うことにしています。僕の子どもは精神的に酷い目にあっても、大抵は大丈夫だよと僕は思っています。それはひとつの自信になるだろうと思うし、みなさんはそういう自信に溢れて、50パーセントくらいはやったと思っていらっしゃるだろうと思いますけれども、そうじゃないという青少年もいますし、親もいるわけです。そういう人達を集めて、何か作業させれば良くなるとか、様々、考え方がありますけれども、僕に言わせれば、それで済む面もありますけれども、それだけじゃ済まないですよ、ということがありますから、そういうお母さんとか思春期の生徒さんとか身近におられるんだったら、この人たちが当面しているのは、こういう問題なんだなと考えて下されば、大変お役に立つんじゃないかと思います。
 確かに人間の中には、表面だけで、言葉遣いだけ改めれば、あるいは作業させてくたびれさせてしまえば、くたびれて寝てしまえば治ってしまうというような心の動きはありますから悪いことじゃないんですけれども、それで済んじゃうかというと決してそうじゃない。とことんまで行きますと、どうしても、そこまで遡っていかないと解決がつかない病気の姿もあるわけです。子どものほうが長じて自覚を持ったとして、母親に質問して、自分がおっぱい飲んでいたころ、どうだった、と聞いても母親は決して正直には言いませんから、大きいお姉さんに聞くとか親戚の叔母さんに聞くとかしないと分からない。本人も乳児でわからない。そういうところに本当に重要な問題があって、誰も分かってくれない。しかし、なぜか自分だけが、それを克服するために、人には言えない大変な内面の努力を重ねていかざるをえない。そういうことがありうるわけで、それは決して宿命論ではない。ある決定的な要因があって、それを絶えず人に言えないところで克服していくというのが、たぶん、人間が生きるということの大きな眼目だと思います。人間というのは絶えず自分を越えていくし、現在を越えていく。越えるということが、人間が生きていくことの眼目になってきます。そういうことで、少しでも負担が軽ければ軽いほどいいと僕は思います。
 みなさんは既に、そういう問題は終わっていますし、みなさんの方にはそういう問題は少しもなくて、たぶん、表層のところで、勉強やっているかと言われるのと、たまにはやっているかと言われるのとでは大分気分が違う、というくらいのところで大体済んでしまう健全な生徒さんだし、親御さんだと思います。それはもう、こういう話は要らないわけですけれども、こういう人はたくさんいるし、三島さんでも太宰さんでも、世間から偉大な文学者と言われる人でも、本当に内側から、その人の心を見てみると、大変悲惨なことになっていて、その悲惨さを越えようとすることが、その人達が生きるということの眼目であったし、また、生きることができなくて30何歳、40何歳で自殺してしまったということも、心の問題から見た原因だと言うことができるわけです。それだから宿命的に、その人間は駄目だということではなくて、それを越えようとすることで、人間はとてつもない大きな仕事をしてみたり、変わった仕事をしてみたり、とてつもなく偉大だというふうに言われたりするわけですが、本当は偉大だというところからだけ見たら、人間というのは見当違えてしまうということはありうると思います。
 どんな人でも平凡でもあるし、平凡以下でもあります。三島さんでも太宰さんでも、ある面から見たら普通の人以下の惨憺たる心の問題を抱えて生きた人だという見方もできる。普通、人間というのは必ずしも外側からだけ見ることはできないし、内側からというのもありますし、自分でも分からない、けれどもなぜか、こうなんだというところもあるわけです。そういうことで人間を見て行かれたら、よろしいんではないかと思います。
 みなさんにとっては切実でない問題かもしれませんけれども、逆に言うと、逆方向に逆立ちした切実さだというふうにお考えくださればよろしいと思います。
 思春期を過ぎてしまうと、多分、全部といっていいくらい、心の形成は決まっています。後は社会的仕組みにぶつかって、そこで苦労したり、しなかったりするでしょうけれども、それは、今まで健全にやってこられたら、たぶん間違いなく、健全にうまく切り抜けながらやっていかれるだろうなと僕は思います。みなさんにとって、他山の石のように聞いてくださったら、大変ありがたいと思います。

質疑応答1

(司会)
 どうもありがとうございました。人間の存在、それから人間の心について、かなり本質的なことを、お話をいただきました。なにかご質問とかあったらせっかくの機会ですので、吉本先生にお答えしていただきたいと思いますが。

(質問者)
 今日はどうもありがとうございました。たいへん覚え当たるところがあったんですけれど、半分冗談になってしまうかもしれませんけど、母と子の非常な重要性、それから母が子どもに与える影響の大きさというのはすごくよくわかったんですけど、父親としてなんか俺たちの出番がなかったなと、いったい父親というのは何なのかという観点から多少お話しいただけるとうれしいなと思うんです。よろしくお願いします。

(吉本さん)
 今日、お話しましたような面では父親というのは、これは人それぞれの考えだから、もちろん戸塚さんなんかに言わせれば大切なのは父親だということになりますし、しかし、ぼくは母親だというふうに思っておるわけです。父親というのは、いつでもこういうことについては、子供のことについては、間接的だというふうに僕には思えるわけです。
 つまり、父親のせいで、母親のほうが経済的に苦しみながら子どもを育てているかいないかとか、あるいは、父親のほうが浮気をして他に女の人がいると、それが母親にはわかっていて、そのために母横はいつでも苦労しているし、こんな亭主の子供なんか育てたくないと思いながら子供を育てているというようなケースはたくさんあるわけですけど。
 つまり、いつでも父親というのはそういうふうに母親にどういう影響を与えるかという意味あいで存在している。それで子供に、とくに乳児・胎児に対する影響としては、父親の役割はいつでも間接的だ、つまり、母親に対してどういう影響を与えることで乳児といいますか、子供にどういう影響を与えるかという問題になっていくというふうに、ぼくには思います。
 それから青春期後期になって、つまり、皆さんのように高校3年生になって、これからどこの大学を受験して、大学を出たらどうしようかということの相談は、僕の持っている統計ではやっぱり父親に相談するというのが、だいたい六十何パーセントの生徒さんが、そういう問題についてだけは父親に相談するというふうに、そういうデータが出ています。だから、青春期以降といいましょうか、そういうところでは父親はたぶん子供に対して大きな役割を、また具体的な役割をするんだというふうに思います。
 しかし、ぼくのあれを極端に言ってしまいますと、もう高校3年生というふうになった時には、もうできちゃっているというふうに思います。つまり、心の形成、あるいは心のかたちといいましょうか、あるいはイメージといいましょうか、それがその生徒さんにとって、子供にとってもうできあがっちゃっているというふうに僕は思います。
 だから、そこに対する影響はたぶん父親にはないだろう、ただ、子供がどういう社会的な場面に進んだらいいかとか、どういう学校のどういう科目といいますか、学科にいったらいいかという相談に対しては、もちろん父親のほうが社会的にはたくさん見聞があるでしょうから、父親の意見のほうが大きく響くみたいなことはあると思いますけど、ぼくはそういうふうに受け取りたいです。父親の役割というのはそういうふうに受け取っています。
 ぼくは自分も父親であるわけだし、あったわけですけど、ぼくは何の影響も子どもに与えられなかったというふうに思っています。ところが、それに比べると、ぼくの父親というのは教育なんか全然ない人間ですけど、ぼくらに対する、子供に対する影響というのは、後ろ姿というのか、そういうふうにちゃんと残して。
 たとえば、どういう後ろ姿かというと、ぼくの記憶にいまでも感心しているというか、残っているのは、ぼくの父親の父親というのが年とって耄碌して、まったく理不尽なことを父親に言うわけです。ようするに、おれの家はこんな貧乏じゃなかったとか、おれはまた国に帰るとか、散々てこずらせるわけです。それが一日だけじゃなくてほとんどひと月、毎日続くわけです。
 それに対して、ぼくの父親はその都度なだめるわけです。いまにちゃんと連れて国に帰るから、もうすこししてくださいとか言ってなだめるわけです。それでなだめたら終わるかというと、耄碌してるからまた翌日、同じことをやりだすんです。そうすると、また、父親がなだめるという、それがひと月ぐらい続くわけです。
 そうすると子供心に、あのおじいさんはなんてむちゃくちゃなことを言うんだろうとか、あの父親はなんて我慢強いんだろうな、文句言えばいいのになと子供心に思いましたけど、長じてみると僕らに影響を与えているような気がします。
 つまり、そういう与え方しか、つまり、後ろ姿とか、間接的なイメージとか、それでしか子供に父親というのは与えられないんじゃないでしょうか、なにか影響とか。これはそこまで言っていいかどうかは別として、家庭内暴力と同じで、日本の特産物じゃないかなと思うんです。たぶん西欧の社会の典型的にたぶん父親というのは相当な役割をしているんじゃないかなというふうに思えるんですけど。日本の場合にはどうも間接的な気がして、母親の役割が強大すぎるほど強大だというふうに僕には思います。そんなところなんです。

(司会)
 どうもありがとうございました。

質疑応答2

(質問者)
 さきほどヨーロッパ・ユダヤということと、それから日本の幼児期の育て方がまったく正反対だということで、たとえば、日本の文化のあり方とヨーロッパ・ユダヤ的なあり方というのは非常に違います。わたしなんかひとつ思ったのは、江戸期ということを考えた時にずーっと停滞しっぱなしだったと、進歩を拒否しているみたいな、じつに世界史的に見たら、世界史というのは非常にヨーロッパでの比較をしてみたと思うんですけど、幼児的というか退行的というか、そんな文化だったと、それはやっぱりそういった子供の育て方、先ほど先生がおっしゃった母親がすべてだということを非常に経験したことで、なにか対立が、あるいは、対立がないほうがいいんだというような心性が形成された結果、ああいう文化をずーっと持っちゃったのかなと、それに対してヨーロッパというのは絶えず変革していく、新しくしていく、それからもっと知りたい、あるところまで知ったらまたその先がないかという発展の仕方をしていると。そういうのとやっぱり関係あるのでしょうかということと。
 それから、日本は明治維新以後、ヨーロッパ的なことを受け取ってこういう成功しているんですけど。どこかでアメリカ・ヨーロッパ的なものに対して反発を持っていると、そういうことと絡めてちょっとお話しいただけたらと思うんですけど。

(吉本さん)
 ぼくはそういうことで申し上げますと、校長先生のあれで梅原猛さんのあれが出てきましたけど。ぼくらもそういうところは梅原さんなんかのやられていることと、たいへん同じようなことを考えているわけですけど。日本人とか、日本文化とか、日本語とか、それはだいたい僕らはわからないというのがいまの本音のところなんです。むずかしいから、なかなか日本とはとか、日本の文化とは、日本語とはということがなかなかはっきりと言えないというのが、現状じゃないかなと思うんです。
 一時代前とか、今から半世紀なら半世紀前に日本の文化とか、日本の文化の特徴とかタイプとか、西欧の文化の特徴とかタイプとかということと比較したり、それから、ベネディクトみたいにアメリカの民俗学者あるいは人類学者が『菊と刀』みたいな、そういう日本文化論というのはやるわけですけど。そういう時代の日本というのはわからない、あるいは日本語、日本文化というのはわからないということさえまだわからなかったという時代のもののように思うんです。それが一般的なあれになっているように思うんですけど。
 ぼくらのいまの考え方では日本というのはわからないぜとか、日本語というのはわからないぜとか、日本文化というのはわからないぜとか、日本人というのはわからないぜというのが正直な段階じゃないかと思うんです。
 ただ、半世紀前と比べてわかっているところは、日本人というのはそういう言い方をすると、新旧両日本人といいましょうか、古い日本人あるいは古層の日本人というのと新しい日本人というのを大きく分けますとその2つを分ければ日本人というのがわかるということ。
 それから、日本語というのも古い日本語、古層の日本語というのと、それから、新しい日本語というのが混合して多少、文法構造もどちらでもない、第三の形でもないんですけど、既層の、古層の文法構造がたくさん残るわけですけど。そういうなんかわからない文法構造になっている。そういう言葉だというと、おおよそのところはそういうふうにはわかってきているとか、日本文化というのも、古い日本文化というもの、つまり、縄文文化みたいなものですけど、古い日本文化と新しい日本文化との混合したものが日本文化のタイプなんだということは言えそうな気がするわけですけど。
 本当に突っ込んでいくとわからないので、わからないという問題意識のところまではだいたい行ったんだという、これからもう少しわからせなければいけないんだという、日本人とか、日本語とか、日本文化の特質とか、そういうのをわからせなければいけないんだという段階にいまあるような気がするんです。
 だから、ほんとうを言うとわからないなというのが、いろんなあらわれ方はするけど、ほんとうはわからないなというふうに思いますし、日本人というのもわからないなと、電車に乗っても、こういう場面でもそうですけど、顔を見てこれが同じ日本人かと思えるくらいずいぶん違いますし、ようするに日本人というのはわからないです。人種としてもわからないです。言葉としてもわからないです。これが日本語かと、つまり、わからないよという、たとえば、古い『古事記』とか、『日本書記』とか『風土記』みたいなものをあれすると、これが日本語かと思うくらいわからないことが出てきますし、わからないなというところを一生懸命いまわかろうとして詰めようとしている段階じゃないかなと思います。
 だから、日本文化というのも、それから、日本語というのも、日本人というのも近隣の人というのと、言葉一つとったって近隣の言葉とどこか似ていないとおかしいわけです。たとえば、韓国語と似ているとか、東南アジア語と似ているとか、フィリピン語と似ているとかいうのがなきゃおかしいんですけど、ヨーロッパではそんなことはないんですけど、日本語というのはどことも似ていないです。似ている似ているというのはたいてい嘘だと思います。似ていないんです。
 つまり、それはなにかというとわからないんです。わからないでそれを追及しようとしている。だから、いまはわからなさというところに突入しているという、先ほど消費社会と言いましたけど、それと同じでわからないぞという、そういう文化の面でも突入していって、わからないぞという問題意識だけは出てきたんだ。
もっと半世紀以前だと、侘び寂びは、たとえば、日本の文化の特質だみたいなことを言っちゃうとそれで済んじゃっていたわけで、それは違います。それは簡単過ぎまして、そんなんじゃないと思います。だから、たいへんむずかしくなってきたなって、しかし、わからないということが段々わかってきたんだというあれがあります。
 遺伝子的な要素でも、成人T細胞白血病のウィルスというのがあるわけですけども。それの単体というと、日本でいうと九州とか、沖縄とか、四国の海辺とか、今度は東北の海岸縁とか、そういうところでわりに多いんですけど。そのT細胞白血病のキャリアだというのは日本人とアフリカ人にしかいないです、世界中にいまのところ。中間にどこにもいないんです。
 だから、ものすごく不可思議でしょ。不可思議だということは何かといったら、いまから十何万年前だと思いますけど、どこかから人類というのは方々へ散らばってそれぞれの人種とそれぞれの言葉ができるわけですけど。その以前にそれを持っていたT細胞白血病のウィルスを持っていたそれがアフリカのほうにもいたと、それから、どこをどう通ってきたか、大陸を通ってでしょうけど、海岸縁を出て日本に来てということでしょうけど、そういうふうに来てそれで日本に居着いたと、それでそれはわりに古い日本人だということになるわけですけど。そういうふうにでも解釈しないと解釈しようがないわけです。
 そうじゃなければ、中間にどこかにそういうコロニーといいますか、集団があっていいはずなんだけど、いまのところ中国にもないし、朝鮮にもないんです。アフリカ人と日本人しか、T細胞白血病の単体はないわけです。つまり、それは旧日本人のひとつの特徴だと思いますけど。どうしてそんなに、旧日本人とは何者であって、どうしてそんなふうになっているんだというのはわからないです。でも、ずいぶん追い詰めてはいるんだけどわからないです。
 だから、日本文化の特質というのを一時代前みたいに、半世紀前みたいにあっさり言うことができないというふうになっているのがいまの状態じゃないかと思うんです。ただ、大きな枠組み、つまり、社会的な枠組みでいえば、だいたい日本は西欧化してきた要素が多くて、半分以上は西欧化していって、しかし、なかなか最後のところは西欧化できないし、それじゃあアジア的かといったら、アジア的には違いないんだけど、そのなかでも部分的には似ているところはたくさんあるんだけど、なかなか比べられないぜというような、そういうところがあるというようなことになっているんじゃないでしょうか。
 だけども歴史を段階というふうに見ていくならば、ぼくはアジア延東といいますか、極東といいますか、極東というのは西欧化する、つまり、近代化するというのがだいたいのこれからの筋道になっていくんじゃないかなと僕は思っていますけど。だけれども、そんなに簡単かというとそうでもないです。
 たとえば、日本人の中にある血液とか言葉とか、文化とか、そういうのであるアフリカ的なものといいますか、それはいったいどういう役割をし、どういう要素になって出てくるだろうかということは、これからあれしていかないとわからないと僕は思います。
 でも、大雑把な段階でいえば、日本もそうですけど、遠いアジアといいましょうか、中近東じゃなくて極東というのはたぶんヨーロッパ化するといいますか、それがだいたいの筋道じゃないかなという、だからヨーロッパ文化の影響をいちばん多く受けて、それと似てくるんじゃないかな、それと同一に近づいていくんじゃないかなというのがおおよその筋道だと思えますけど、最後のところはちょっとよくわからないというのが現状じゃないでしょうか。ぼくはそう考えていますけど。だから、わかんねえ、わかんねえという、ぼくの問題意識はそうです。わからないぞというのが問題意識なんですけどね。

(司会)
 どうもありがとうございました。それでは時間も参りましたので、これでお終いにしたいと思います。最後にPTAの文化委員の副委員長のアベさんのほうからご挨拶いただいておしまいにしたいと思います。

(アベさん)
 吉本先生ありがとうございました。これで本年度の文化講演会を終わらせていただきます。お寒い中ありがとうございました。(会場拍手)



テキスト化協力:ぱんつさま(質疑応答部分)