養老孟司×池谷裕二 定義=「生きている」

同じ東京大学で解剖学と薬学を追究し、
それぞれ「脳」を研究してきた
養老孟司さんと池谷裕二さん。
おふたりはいつからかつきまといはじめた
ある思いを拭いきれないでいます。
2019年5月15日に「ほぼ日」から発行する絵本
『生きているのはなぜだろう。』を前に話す全14回。
途中で質問をはさむのは、ほぼ日の担当、菅野です。
生きものの定義は‥‥そうです、「生きていること」!

第6回明日と明後日の区別

養老ぼくが一過性全健忘になったときのことです。
場所は、スキー場。
女房は先に滑って、下まで降りていた。
ぼくは下手くそだからコーチがついてくれてて、
コーチとふたりで一緒にゲレンデに立ってた。
そこは憶えてる。

次の瞬間は、
ぼくがコーチに質問してるところでした。
コーチがまじめな顔で、
「先生、さっきから同じ質問を何度もしてますよ」
と言ってました。
次に憶えてるのは、ホテルの部屋。

池谷おお、場所が飛んでしまったんですね。

養老部屋で、女房に向かって
「俺、記憶を失くしたらしい」
って言ってる。
そしたら、女房が、
「あんたその話6回目よ」
って言った(笑)。
そこで戻りました。

池谷ううーん、ということはやっぱり、
記憶がないと時間は流れないんですね。

養老そういうこと。
そのあとね、風呂に行ったんです。
友人が先に入ってて、
ぼくも風呂行って、コーヒー飲んでた。
あとでその友人が風呂から出てきたんで
「俺、また風呂入ったこと忘れたらしい!」
と言ったら、
「養老さん、入ってきてそのまま出ていったよ」
って(笑)。
こんどは記憶を失ったんじゃなくて、
ほんとに入ってなかったってわけ。

池谷(笑)

養老わけがわかんなくなりましたよ。
その間の記憶がきれいに「ない」という経験は、
おもしろかったです。

──それが、一過性全健忘。

養老これは必ず治るものです。
医者は「寝れば治る」と言ってました。
寝たら、次の日には通常に戻ってます。

──そうなんですか。

養老医者が言うには、中年過ぎの人が
「よくプールで起こすんです」だって。
プールとゲレンデは似てるでしょ? 
あたりがキラキラ光ってなんにもない景色だし。

池谷うんうん、たしかに。

養老そういう話をまた別の場所でしたら、
ぼくの友人の奥さんが、
「天ぷら揚げててなった」って言ってた。

──たしかに油がキラキラしてますね。

養老「光った平らな面はあぶねぇよ」という話です。

池谷はははは。

──その一過性全健忘は、
池谷先生が研究している「海馬」と
関係はあるんですか?

養老一時的に海馬の機能が止まったという
可能性はありますね。

池谷そうですね。
海馬を切除した人に、
「今年は何年ですか?」と聞くと、
いつもその人が海馬切除手術を受けた年を答えます。
記憶が蓄積しないと、時間は進みません。
つまり、時間のアクセルは記憶なんです。

私は脳の可塑性の研究をしてるので、
ある意味まわりまわって、
「時間の研究をしています」という言い方もできます。

──可塑性というのは、
粘土に型をつけると、
型をはずしても跡が残る、というやつですよね。

池谷そう。
だから「脳の時間の研究」と言っても
過言ではありません。

養老だったらやっぱり、治りますから、
いちど一過性全健忘に
なってみたほうがいいですよ。

池谷いえいえ、なろうと思って
なれるわけではないので(笑)。
しかし、その間なにを言ったかわからないというのは、
怖いですね。

養老ぼくの知り合いの岸由二くんはね、
一過性全健忘に2回なったと言ってましたよ。
1回は学会で座長やってるとき、
もう1回は講義中。

池谷授業中ですか。

養老そのときは、無事に講義したらしいです。
たぶんワーキングメモリー(作業記憶)が
残ってるからできるんですね。

池谷もしかしたら、
同じことを2回言ってたかもしれないですけど、
講義はできるのかぁ。

つまり、一過性全健忘の前向性健忘は、
過去の記憶にはアクセスできるんです。
ですから、知識は出てきます。
けれどもその場で起きたことが定着しない。

──養老先生と天ぷらの奥さま、岸先生‥‥。
こんな狭い範囲でたくさんの方が
経験されている。

養老そうだよ(笑)。

池谷ぼくも1回ぐらいなってみないと。
実は、母親がいちどやっているので、
私にも素質があるかもしれません。

養老前向性健忘になったこと自体は、
まぁ、記憶がないから、憶えてないんだけどね。
けれども、一過性全健忘のときも、
なんだか「俺だ」ということはわかってるんだよ。

──「俺だ」という感じですか。
それっていったいなんなんでしょう。

池谷でも、みなさんの家にいる犬は、
みんなそんな感じだと思いますよ。
ずっと前向性健忘起こしてるような。

養老そうそう、そうですね。

池谷昨日とか一昨日という概念は、
犬には絶対にないです。
明日と明後日の区別つくのって、
おそらく人間だけじゃないでしょうか。

養老ええ、そうでしょうね。

ほぼ日から、『かないくん』以来、
5年ぶりの絵本。
生きているのは
なぜ
だろう。

作 池谷裕二 

東京大学薬学部教授 薬学博士
『進化しすぎた脳』『海馬』

絵 田島光二 

コンセプトアーティスト
『ブレードランナー2049』『ヴェノム』

この本には、答えがあります。

『生きているのはなぜだろう。』を
学校の理科の先生にプレゼントします。

『生きているのはなぜだろう。』は科学の分野から
人が生きている理由を示そうとする本です。
絵本の形をとり、本文はふりがなつきですが、
子どもたちだけに向けた本にはしあがっておりません。
巻末に池谷裕二さんによる
2ページ半の解説もついておりますが、
この内容を理解するためには、雑談やおしゃべりを含めた
大人の助けが必要になることもあろうと思います。

そこで、小・中・高校の理科系の先生がたに、
この本を抽選でさしあげたく思っております。
当選は20名さまです。
ご希望の方は、下記の案内のとおり、
メールでお申し込みください。
当選の方には5月14日までにメールでお知らせします。

※当選した本のお送り先は学校宛とさせていただきます。
※同じ学校の方が重なって応募された場合、
ひとつを当選とさせていただきます。
※メール本文にお名前や住所を書く必要はありません。

メールの件名 生きているのはなぜだろう。理科の先生応募
メールの宛先 present@1101.com
メール本文 学校名
応募締切 2019年5月12日(日)24:00

当選の方にはほぼ日から
住所をおうかがいするメールを差し上げます。
落選のご連絡はいたしません。

『生きているのはなぜだろう。』を
授業で教材として使用したり、
生徒さんとのおしゃべりで
どんな話をしたのかなど、
お聞かせいただければとてもうれしいです。
ご応募お待ちしています。

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