ヨコオとイトイの THE エンドレス
 
第17回 ハエを捕ってごまかす。
糸井 Y字路の写真集は、
すでに人気だと思うんですが、
サイン会や展覧会など
いろんな動きを生んだんですね。
横尾 うん。
本の値段を安くしてくれたから、
せめてサイン会あたりはね。
糸井 サイン会って、たまにやると
知りあいがおもしろがって
並ぶ場合があるでしょう。
横尾 あるよね。びっくりするよね。
そこで会話できるから、まぁ助かるんだけど、
ちょっと困ることがあってさ。
「名前書いてくれますか」
と言われて、書けないことがあるんです。
文字がわかんなくって。
糸井 顔は憶えてるけど
名前が浮かばないんですね(笑)。
そんなときは、どうなさるんですか?
横尾 「下の名前はなんだっけ」
とか言うわけ。
上の名前も実はわかんないのにね。
糸井 ははははは。
横尾 「下の名前、太郎……? どのタだっけ」
とかごまかして、
「ちょっと名刺持ってない?」
と言って、やっと書いた。
糸井 太郎の太はほとんど「太」ですよね(笑)。
横尾 そしたらね、
名字もくさかんむりで、
こういうすごく簡単な名前なの。
まいったよ。
糸井 ぼくもそうなんですけど、
横尾さんもきっとそうで、
人を見ないでしょう。
だから、顔を
ちゃんと憶えないんですよね。
横尾 ぜんぜん。
特に女の人はダメ。
糸井 そうですか。女の人が。
横尾 ヘアスタイル変わったり、もう!
糸井 ぼくはどっちもダメです。
横尾 ほんっと、ダメ。
いちばん困るのは、
自分の展覧会のオープニングパーティーのとき。
ああいう場所って、ほとんど
知ってる人しかいないはずでしょ?
そこにいる人はみんな知ってる人なのに、
名前がぜんぜんわかんない。
もうしょうがないから、あちこちで
「最近、いかがですか」とか、
言ったりするわけよ。
そしたら、
「来週、校正刷り持っていきますから」
なんて言われて、もうパニックだよね。
誰だっけ? と。
糸井 「こないだ」という言い方も
けっこう困ってしまうんですよ。
「いや、こないだは」なんて言われて、
あとで考えてみたら
3年前の「こないだ」だったりして。
横尾 こっちは必死になっちゃうよ。
クイズやってるみたいなもんだからね。
しかたがないから、ヒントになるようなことを
いっぱい聞いてみるんだけど、
第1ヒント、第2ヒントと進むうちに
答えの範囲が、
どういうわけか広がっちゃうみたいなのよ。
糸井 まいっちゃいますね(笑)。
そういうときは、そばにいる人が
助けてくれたりしないんですか?
主催者の人とか、事務所の人とか‥‥
横尾 それがね、
その調子でわかんないまま
誰かと話してるときに、
うちのカミサンがスーッと来てさ、
ぼくに「どなた?」って聞くの。
糸井 わはははははは。
横尾 「どなた?」って、
誰かわかんない人と話してるんでしょう!
と、内心思うんだけど、
もうしょうがない。
「これ、うちのカミサンです」
と言います。
そうしたら、「あ、×××の○○です」って
相手が名乗ってくれる場合があるの。
そしたら、カミサンに
「うん○○さんだよ」と言うの。
糸井 助かりますね。
横尾 ぼくは密かに、あ、そうか‥‥! なんて
思ってるんだけどね。
あとはね、しょっちゅう会ってるのに、
場所が変わったとたんに、
誰だかわかんなくなっちゃうこと、あるよね。
糸井 いつも着てる服とちがったりすると、
いけませんね。
この前、うちの近所の中華料理店のおかみさんに
道でばったり会ったんです。
いつもは白衣着て
「はい、○○ライス、お待ちぃ」と
やってるおかみさんが、
イヌの散歩をしてて、
「いつもありがとうございます」
と言われたんだけど、
まったくわかんない(笑)。
横尾 ふだんユニフォーム着てる人に
ちがう服で会ったらダメだよ。
糸井 やっぱりそうですか。
横尾 その人と会うのは
思いもよらない場所でしょ?
しかも私服。ぜんぜんわかんない。
ぼくもおそば屋さんのおねえさんに
道で会ったとき、
もう何年も、5年も6年も10年も
通ってるのに。
糸井 食べてるのに(笑)。
横尾 銀行の前で会って、誰だかわかんなくて。
相手には、
「なにか考えごとしてたのかな」
ぐらいにしか思わせない程度にしたけど。
糸井 人の顔って、やっぱり
そんなに見てないからなぁ。
横尾 だけど、ぼくは
かなり有名な人であっても
顔がわからなくなってしまうんだよ。
いちど、浅丘ルリ子さんの家を
訪問させていただいたことがあってね。
玄関に女の人が出てきたんだけど、
ぼくはその人を浅丘さんの妹さんだと思って。
まさか女優さんが
ドア開けるなんて思わないから。
「こんばんは」とか言いました。
向こうは勝手にいろいろしゃべってくるの。
声はそっくりなんだけど、
姉妹だから似てんだと思って、
ぼくは、いつ浅丘さんが来るのかなと
思ってたんだけども、
その人が、浅丘ルリ子さん本人だった。
当たり前だよね、
ぼくを呼んでくれて出迎えてしゃべってる、
なんでそれを妹さんがやるんだよ。
いまから思うと、緊張してたのかなぁ。
糸井 はははははは。
横尾 「浅丘さんだ」とわかりかけたとき、
それをごまかすために、
ぼくがなにしたかっていうとさ、
部屋の中にハエが飛んでたんですよ。
そのハエを、ソファの上やテーブルの上や
いろんなところに上がって、捕りはじめたの。
正直言って、メチャクチャになってるの。
糸井 メチャクチャだ(笑)。
横尾 メチャクチャになってる自分が
よくわかってるんだけど、
とにかく「ハエを捕ります」ということに
夢中になることにして、
とうとうそのハエを、捕りました。
糸井 ははは、すごい。
横尾 ハエ捕まえて、
やっと落ち着いて
対等に話ができるようになったの。
彼女としては、自分の家に
お客が来てるわけでしょう。
そこで妹を出したり、
そんなことするはずないじゃない。
家から出てきた、それらしい年頃の人は、
本人だと思わなきゃいけないわけですよ。
論理的に考えるとわかるんですけども。
糸井 そうですねぇ。
横尾 それが考えられなかったんです。
それはもう、ぼくの能力だね。
人を識別する能力がないという証拠。
糸井 それは能力ですね。
オレは人のこと言えないんだよなぁ。
ときどき、失礼を承知で聞きますよ。
「なんのとき、最後に会いましたっけ」と。
「だれでしたっけ」よりもマシですよ。
それでずいぶんしのげますから。
横尾 「なんのとき」ね。
ふむふむ。
「だれだった?」って言われるよりは
いいよねぇ。

(続きます。次が最終回!)
2009-12-11-FRI
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