第3回 有機農法なら、肥料のあげすぎはない?

柳瀬

食べ物がブランディングされて
高く売られたという話で、
みなさんご存知のケースがあります。

何かというと
「関サバ、関アジ」なんですよ。

「関サバ、関アジ」っていうと、
大分の佐賀関半島と
四国愛媛の佐田岬の間の豊予海峡で捕れる
アジとサバで、
太平洋と瀬戸内海の潮が入り混じり、
えさが豊富なうえ、早い潮に鍛えられて
身がしまっているから、とてもうまい、
ということで、
むかしから地元では有名だったんですね。

けれども、実際にいまのように
有名ブランドになったのは
1990年代に入ってからです。
アジやサバは、日本各地でとれますし、
「関サバ、関アジ」だけが
おいしいわけじゃない。
他にもおいしいサバやアジはあるはずなんです。

じゃあなぜ、「関サバ、関アジ」だけが
飛びぬけたブランドになったのかっていうと、
大分の地元漁協が、非常に丁寧に、
ブランディングしたんです。
漁協の人達が「物語」を作ったんですね。
一本釣りで身を傷つけない、
必ず活締めをして鮮度を保つ、
といったぐあいに
「関サバ、関アジ」の定義を
自分たちで作ったんです。

それから、流通にも知恵を絞って
一匹一匹にブランドのタグをつけたり
販売先をちゃんと把握したりしたんです。
スーパーや安い飲み屋で
関サバ関アジの切り身が売ってたり、
単品料理で出てきたりしますが、
かなり怪しい商品、あるでしょうね。
手間をかけて一匹一匹流通させてますから、
値段もふつうの新鮮なアジやサバと
ひとケタ違いますし、
そもそも数もそんなに出ない。

これって、
いっさいセールをしない、
正規の販売店以外では売らない、
といったファッションや
アパレルの高級ブランドの
ブランディングとそっくりですよね。

その裏には
ここ十数年のあいだに、
クール宅急便のような
物流技術の進化もあって、
地元から首都圏に鮮魚がいきのいいまま
出荷ができるようになった
という追い風も、あるにはあったんですけど
ただ、技術進化だけで、
売れたわけではないんですね。

さきほど糸井さんがおっしゃった、
工業製品の高いもの、
たとえばロールスロイスでやってるようなことを、
アジとサバのような大衆魚でやったところが、
非常に目新しかったわけです。

で、実際に魚がおいしかったから、
それがブランドとして定着した。

この関サバ関アジの成功をみて
全国の漁協の人たちがみんな学び始めて
大間のマグロとか、松葉のサバとか、
地場の魚のブランドが
メジャーになってくるわけです。

「これは高いけど、高いからおいしい」
「高いなりの理由がありますよ」
っていうのを時間をかけて、
お客さんたちに知ってもらって、
「関サバ、関アジ」っていうのと
「街場で売ってるふつうのアジ」っていうのを、
同じアジでも別だよっていう、
物語を作ったんですよね。

さっきトマトジュースの話をしましたけど、
缶で売ってる普通のトマトジュースが悪いって
言ってるんじゃないんです。
既存のトマトジュースはたくさんの人にちゃんと
愛されて、だから市場があるし、
たくさん売れている。

要するに、
缶のトマトジュースと、
永田のトマトジュースとは、
ぜんぜん別の分野の、
ちがう価格帯のものである
ということを言いたいんです。

例えば、ロールスロイスとカローラは、
「車の形をしていて、移動手段である」
という意味では同じだけども、
それを使うシーンやスタイルは
きっと全然ちがったものになっていますよね。
アルマーニとユニクロも、別のものである。

そうして、アルマーニとユニクロ、
ロールスロイスとカローラっていうのは、
それぞれのジャンルで成功してるわけですよね。
おそらくこういう野菜の世界で、
ブランドを作るということは
お客さんが、
どういうシーンでどうやって食べるのか、
この価格をどうやって納得させるのかっていう、
物語のところまで、作り手と売り手が、
丁寧に作っていく必要があると思うんです。

諏訪

野菜としては、京野菜とか、
加賀のぶっといきゅうりとか、
地方ブランドっていうのが出てきて、
全国の流通にのっていくっていうのも
あると思うんだけれども、
もう一方で、糸井さんと昨年取材に行った
エッセイストの玉村豊男さんの
農園の話がありますよね。

ちょっと話のベクトルが変わるんですけれども、
玉村さんは、とにかくワインが作りたい、
自分のところでぶどうを育てて、
そこからおいしいワインを
作っていきたいということを
考えたんです。

「ぶどうの木のオーナーになってください」
って、1本何万円だか、
それなりのお金を払って
木のオーナーになってくれる人を
何人も探して集めて、
ワインを作って、そのワインの工場まで、
自分で作っていく人なんですよ。
一般の人に投資をしてもらって、
夢を売りながら、そもそも自分がやりたい
おいしいワインを作っていくっていう、
今までなかったやり方だと思うんですけれども、
それが、非常に成功しているんです。

で、そのワイナリーを運営するだけじゃなく
玉村さんは、去年からワイナリーの横に
レストランを作ったんです。
また、玉村さんは、
フランス料理の達人ですから、
自分の農園でできた、
とれたての野菜を食材にして、
新しいレシピを作って料理して、
という感じで、これが大人気なんです。
私も仕事で何回か行ったんですが、
とにかく昼も夜も満員で、
押すな押すなの大盛況で、
観光バスが来るわで、
玉村さんご自身も悲鳴をあげられていて、
まさかこんなことになるとは思わなかった、
というようなことを言ってましたけどね。

駅から
車で20〜30分行った山の中なんですけれども、
途中になんにもないんです。
ただ単にそこに行くしかない場所なんです。
何かのついでに寄るところでもないし、
軽井沢のように、他にいろんな名所旧跡があって、
アウトレットがあって、
じゃあちょっと寄りましょう
みたいな場所じゃないんですよ。
ほんとにそれだけのために、
ひと夏中、春から秋まで、ずーっと
お客さんが絶えない農園が、あそこにはできている。

それは、
新鮮なものが食べられるということと同時に、
ビジュアルとしても楽しめる、
一種のテーマパークみたいな形に
なっているんですよ。
こんなふうにでも、
「農」をとりまく世界は、
変わっていくんじゃないかなと思うんです。

糸井

ほんとにいろいろあるんだと思うんですね。
その
「関サバ、関アジ」の話も
おもしろいですし。

ぼくは隠れた流行り言葉だと
思ってるんですけども、
「自分にプレゼント」
「自分にごほうび」
っていう言葉がありますよね。
「自分へのごほうびとして買っちゃいました」
とかって、OLのかたがたは、
ものすごく使いますよね。

それって、
自分がふたりいるってことでしょ。
自分ひとりの中にも、
いろいろと取り巻く世界があるというのに、
これまでは、ひとつにしか
対応できていない売り方、
作り方だったっていうのが、
野菜の悲劇だったんじゃないかなと思うんです。
そういうふうに考えていくと、
これからは、売り方をどうするか、
ということもさることながら、
だれが作っているのか、
だれが食べるどういうものを作っているのか、
ということが、それぞれの農家に問われますよね。

農業に、なのか、農業企業体に、なのか、
個人に、なのかわかりませんけど、
「野菜を作ってる人」みんなに
問われるようになるんじゃないかな。

 
(つづきます)
2006-05-05-FRI