クロネコヤマトの決断

正直に話したい、人を守る働き方。

ヤマトホールディングス株式会社 代表取締役会長 木川 眞 × 糸井重里

HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN

運送業界をリードするヤマト運輸が
2017年に踏み切った働き方改革は、
その年を象徴するニュースのひとつとして
大きな話題を呼ぶものでした。
人手不足とネット通販の拡大などで
厳しい状況に立たされていた社員を守るために、
業界を代表して声を上げた、ヤマト運輸。
27年ぶりとなる宅急便の値上げをはじめ、
法人との契約運賃も見直すことに。
ほぼ日ストアを運営する「ほぼ日」との契約も、
2017年11月末をもって終了となりました。
糸井重里にも強い危機感は伝わり、
ヤマトホールディングス木川眞会長のもとを
6年ぶりに訪ねることになりました。
ヤマトを突き動かしたきっかけとして、
なんと、「恐怖心」という言葉で説明されました。

木川眞さんのプロフィール

木川眞

ヤマトホールディングス株式会社
代表取締役会長。
1949年 広島県出身。
1973年 一橋大学商学部卒業、『富士銀行』入行。
2004年 『みずほコーポレート銀行』、常務取締役。
2005年 『ヤマト運輸』入社、常務取締役。
2007年 『ヤマト運輸』代表取締役社長
社長執行役員。
2011年 『ヤマトホールディングス株式会社』、
代表取締役社長 社長執行役員。
兼 『ヤマト運輸』代表取締役会長。
2015年 『ヤマトホールディングス株式会社』、
代表取締役会長
現在に至る。

『ヤマト運輸』のHPはこちら
『ヤマトホールディングス』のHPは
こちらからどうぞ。

27年ぶりの料金改定
2018-01-27-SAT

糸井
木川さんの「恐怖心」は、
ぼくらにも伝わっていました。
どうして伝わってきたのか不思議なんですよね。
木川
まず、休憩を取得できていないなど、
新たに分かった労働時間分の賃金について
清算することにしました。
我々がこれからさらに社会インフラを担う企業として
成長していくためにも、社員の満足度をもっと上げて、
新しい体制を組んでいきたいんです。
そのためにも一旦は宅急便の総量を抑え、
運賃の単価も上げて採算面を改善しないと、
社員に還元することもできません。
でもこれは、宅急便の運賃を27年の間
値上げをしたことがなかったので苦渋の選択でした。
糸井
ああ、運賃がずっと変わっていなかったんだ。
木川
宅急便をはじめて42年、
過去に一度だけ値段の改定をしていますが、
それからの27年間は、値段を据え置いていました。
同じ値段でもサービスレベルをどんどん上げて、
荷物の増加に対応するために経営資源を投下し続け、
生産性を上げることで
着実に成長するための利益を確保していました。
糸井
ずっと料金が同じだったということは、
最初の頃の配送料は、ものすごく高値だった?
木川
42年前においては、かなり高い水準だったでしょう。
宅急便は何しろ、
過去に受けたことのないサービスでした。
電話したら当日取りに来てくれて、
翌日には基本的に日本全土、
ほとんどのエリアを配達してしまいますから。
宅急便がはじまった当時から、
適正な利益を上げられる商品として
設計されていたはずです。
糸井
「運んでもらえばいいのに」という言い方は、
贅沢を勧める言い方だったんですね、当時は。
木川
はい、そうですね。
「過去になかった利便性を、
こんなに安い値段でやってくれるんだ」、
と思っていただける場面もありましたし、
「便利でいいサービスだから、
値段が高くても当たり前だよね」
という意見もあって、両方が成立した時代なんです。
糸井
いやぁ、今になってみると、
スタートの高かった感じは忘れてました。
木川
今では、送料無料が当たり前のように
なってしまいましたからね。
でもこれはネット通販の事業者だけの
責任ではありませんし、我々自身も流れに乗って、
耐えられるところまでやるぞ、とは思っていたんです。
長いデフレが続く中で、
国民の意識にも「サービスはタダ」のような
風潮が浸透して、我々も、値段が下がることが
当たり前のようになってしまっていました。
この市場競争がずっと続いていくと、
荷物を運ぶ担い手が、
日本にいなくなってしまうのではないか。
これも恐怖心です。
糸井
たしかに、誰が運ぶんだろう。
木川
「すいません、我々はできなくなりました」
と居直るわけにはいきませんから。
糸井
木川さんは先ほど、「恐怖心」という言葉を
お使いになりましたけれども、
どうしたらいいかを考える判断って、
崖から飛び降りるような気持ちですよね。
木川
ぼくが13年前にヤマトに来た頃から、
ネット通販の荷物は増えるという
予測はもちろんあったんです。
したがって省力化・合理化のための
大規模投資を先行しておこなってきました。
この7年間ぐらいでネットワーク改革に
投資した金額は、じつに、2,000億円を超えます。
ネットワークを良くして荷物の急増に耐えうる、
そしてなお、コストを下げて利益が上がるような
仕組みを描いて、投資をしてきたのです。
糸井
企業のインフラとしては、
ものすごく投資をしてきたけれども、
それでも人が足りなかったんですね。
木川
はい、予見し得なかったというのは、
経営者として胸張って言う話ではありませんよね。
ですが、想定を超えたのは事実です。
もしも同業他社が何とかできる状況であれば
まだいいのですが、みんながお手上げ状態で‥‥。
「サービスがタダだ」という、
ちょっと行き過ぎた考え方を、
戻していただきたいという考えもあって、
宅急便運賃の改定を決断したんです。
糸井
ある意味では、人の哲学にまで及ぶ話ですよね。
欲しくて買っているものにはお金を出すけれど、
運ぶという行為について、
それ自体を欲望しているわけじゃない。
だから、送料は限りなく値段が下がればいい、
なんだったら、タダになればいいという。
木川
あとは、見せ方の問題もあると思います。
「送料無料」とはっきり言わないで、
「送料は通販事業者が負担します」とかね、
「送料込みの値段がこんなに安くなってます」って、
こういうふうに言ってもらえるといいんだけど。
ただ、「送料無料」って書いてあると、
同じ値段でもそちらをクリックしてしまうんですよ。
わたし自身もそうで、条件反射みたいなものだから。
糸井
なるほど、感じ方ですよね。
木川さんの話を聞いて思ったんですが、
送料に対しては、あまり敬意がないんですよね。
木川
お客様に対して非常に僭越な言い方ではありますが、
適切なサービスとは何かを
我々と一緒に考えていただきたいんです。
そして、サービスはタダではありません。
サービスは受益者が負担するものですから、
サービスレベルに対しての適切な価格で、
わたし達は運ばせていただきますという、
ある意味では当たり前でもある考え方を、
あえてこのタイミングで出させていただきました。
糸井
職業に貴賤はない、と口では言うけれど、
実際は、みんなが勝手に判断しているんです。
たとえば、お医者さんが処方箋を書きますけど、
いつもの患者さんが、いつものように来院して、
いつもの薬を出すために処方箋を書きます。
あっという間に同じ薬の名前を入れるだけでも、
ぼくらは何千何百円を支払っていますよね。
それは、お医者さんに対する敬意が、
お金を払わせているわけです。
宅急便の荷物を家まで運んでくれるサービスは
商品代金に含まれていると思っていて、
「ありがとう」とは言うけれども、
送料にお金を払おうという気はない。
どの職業がお金をもらえるかについて、
みんな、自分なりの感性でジャッジしているんです。
木川
不在であれば再配達するのは、
基本料金の範囲内のサービスですが、
世界を見まわしてみると日本人だけ、
「サービスはタダ」という感性が、
異常に強いようなんです。
糸井
きっと、チップの習慣も関わっていますよね。
木川
サービスへの対価を受益者が払う、
ということは商売の原点です。
これが、日本の場合はいつのまにか、
少しズレてしまいました。
日本人はよく、空気や水をタダだと思っていると
海外から指摘されるように、
生活を便利にするツールも
電気・ガス・水道と同じ社会のインフラになったら、
これはもう、空気と同じですよ。
料金は安ければ安いほどいい。
宅配事業者は値段の競争をするのが
当たり前の経済活動だ、というふうに、
曲がってしまったんですよね。
糸井
いつごろ曲がったんでしょうか。
木川
それはね、デフレで曲がったんですよ。
長ーく続いてきたデフレでね。
その証拠に、デフレ時代に入る前には、
「安物買いの銭失い」という言葉があったでしょう。
でも今は「安くて品質もいい」という時代。
つまり、必要な機能が満たされているなら、
そんなに高いものを買わなくたって十分だと。
サービスの対価も安い方がいい。
糸井
それが、どこか知的に見えるようにさえ、
浸透していったんですよね。

(つづきます)

2018-01-27-SAT