その6 伊勢丹新宿店
佐藤巧さんのはなし。

この連載当初の「男子編」で、
メンズのドレスシャツの奥深さと、
着ることのたのしさ、
そしてつくることのたいへんさについて、
たくさんのことを教えてくださったのが、
今回、あらためて登場いただく
伊勢丹新宿店のバイヤー、佐藤巧さんです。

その後、レディースのシャツの
バイヤーのみなさんへの取材を通じ、
ぼくらは「オリジナルのシャツがつくりたいなあ」と
あまりにも軽く考えていたことを、
反省することになります。
「いちからシャツをつくる」って、
はんぱなことじゃ、なかったのでした。

そこで、まずは、ひとつのこころみとして

「伊勢丹の目利きのバイヤーさんたちセレクトの
この秋冬の白いシャツのなかから、
じぶんたちがほしいと思うものをえらび、
『ほぼ日』にもわけていただけないだろうか」

という依頼をしました。
バイヤーさんたちの、これまでの経験と
プロフェッショナルなセンスを、
まるごとわけていただこう、ということです。
あまりにも虫のいいお願いでしたけれど、
伊勢丹さん、とてもおもしろがってくださって、
今回、実現することになりました。

そして。レディースのシャツはもちろん、
メンズのシャツについても
同様の相談をしてきたのですけれど、
どんなシャツにしましょうかと話すなかで、
うれしい出来事がありました。

「これからちょうどイタリアに
オーダーをかけるシャツがあるんですが、
まったく同じものを増産するのではなく、
せっかくですから、
生地と襟型の仕様を変えたものを、
「ほぼ日」特別バージョンとして
つくってみませんか?」

そう、バイヤーの佐藤さんが言うのです。
つまり、伊勢丹新宿店メンズ館の店頭に並ばない、
とくべつなシャツができるかも!
それも、イタリアで!

イタリアのドレスシャツについては、
取材を通じて、ぼくらもそのよさを実感してきました。
連載のこの回でも
陸上競技をやっている西本は、かなりシュッとした体型ゆえ
佐藤さんはやや細身の「バルバ」を勧めましたが、
そのとき、ひじょうに人気がある三大ブランドとして
廣瀬の買った「フィナモレ」とならんで名前が出たのが
「ルイジ・ボレッリ」社のシャツでした。
「バルバ」にくらべて、
少しふっくらとしたシルエットなので、
より多くの人にフィットするものだということで、
今回の企画には、このルイジ・ボレッリ社を選びました。

「えっ、誰も着てないのに決めちゃったの?」
いえいえ、じつはこの夏、ぼく(武井)はこのボレッリの
ブルーの麻のシャツを購入しています。
(白がほしかったんですが、完売でした。)
なにしろかたちもいいし、ハンドメイドならではの
やわらかさがあって、着心地がばつぐんなんです。
ほかのシャツとはあきらかにちがう「品」がある。
だんだん生地がやわらかくなって、
身体になじんできたのもうれしくて、
けっこうなヘビーローテーションで着ています。
(この原稿を書いている今も着ています。)
そういえばTVで「世界陸上」を見ていたら、
メインキャスターをつとめるあの俳優さんが
まったく同じものを着ているのを見つけました。
ふつう「あっちのほうが似合う!」
となりそうなものですが、
むしろ、おお、ぼくはぼくなりに似合っているじゃないか
(つまり、けっこう幅広い体型の人に似あうはず)と、
かなりずうずうしいけど、そう思いました。
伊勢丹さんともども、自信をもっておすすめしますよ!

そうして佐藤さんといっしょに別注のための
素材と襟のかたちを決め(2パターンになりました)、
待つこと数ヶ月。
「ナポリから、サンプルが届きましたよ!」と
連絡をいただきました。
わあ、いったい、どんなシャツになったのでしょう。
そして謎のトップ画像の意味は?!

かれましたか。
いきなり、襟と袖だけを見たら、
なんのことだろうと思われますよね。
順を追って説明しますね。

今回お作りしたルイジ・ボレッリ社のシャツは、
襟と素材の組み合わせで、2種類あります。
こちらがカッタウェイです。
取材のとき、みなさんもお求めになった、
「いま」を代表する襟のかたちの一つですね。
このシャツの生地は、オックスフォードです。

そしてこちらがワイドカラー。
ボレッリ社として「これが定番」というものが
いくつかあるんですけれど、
とくに日本市場で長くお客様から
絶大に支持を得ている襟が、この、
「ルチアーノ」という名前のワイドカラーです。
こちらにはヘリンボーンの生地を使っています。

と素材の組み合わせは、
「ほぼ日」さんといっしょに考えました。
スポーティに着ていただけるようなオックスには、
スポーティな印象を与えるカッタウェイの襟を。
ドレッシーな感じのワイドカラーには、
フォーマルな感じの印象を与える
ヘリンボーンを使いました。
ヘリンボーンといっても、かなりマイクロですから、
パッと見、わからないほどで、
近寄って初めてわかるくらいの繊細さで、
あらためて上品さが際立つ気がしますね。

どちらもマスターシードコットンという綿を使い、
兵庫県で織った生地を、
イタリアのボレッリ社に輸出し、
シャツを仕立ててもらうという工程を経ています。

スターシードコットンというのは
海島綿とスーピマ綿の交配種です。
海島綿はご存知のとおり、非常に高価で
ぬめり感があって光沢があって、
昔から高級な素材とされるものなんですが、
リアルクロージングとして身にまとうことを考えたとき、
ちょっとしなやか過ぎる部分があるんですね。
繊細過ぎる。
そして湿度のある気候の日本では、
直接肌にふれたとき、まとわりつく感じがします。
それでもいい、とおっしゃる方もいますが、
僕としては、海島綿100パーセントより、
このマスターシードコットンのほうがいいと思うんです。
交配させるスーピマ綿も高価な素材ですが、
しなやかさ、光沢感、上質さというものと、
リアルクローズに最適な丈夫さの
ハイブリッドな糸がうまれます。
そういう意味で、マスターシードコットンは、
非常に優れたシャツの素材だと思っています。

えの襟とカフス(袖)、
これは、「ほぼ日」さんと打ち合わせをしてきたなかで、
かなり高度な提案になってしまうかもしれないということで
保留にしていた案件でしたが、
「できる」ことになりました。
それぞれのシャツに、型違いの襟1つと、
交換用の(シャツと同じ)左右の袖が付きます。
カッタウェイのシャツにはワイドカラーの替え襟をつけ、
ワイドカラーのシャツには
製品とはすこし違うかたちのカッタウェイの襟をつけます。
替えのカッタウェイは襟越しがすこし低く、
開きは、印象として、少し緩やかになります。

なぜ「替え襟」「替え袖」があるかというと、
基本的にワイシャツは“お誂え”のアイテムとして
オーダーの文化から始まった洋服ですよね。
ですから、一番ダメージの早い襟とカフス(袖)について、
ダメになったらテーラーに持ち込み、
襟やカフスだけを替えて着る、
要は「クレリック」のシャツ(身頃の生地とは別に、
白い襟をつけたシャツ)として着るという文化が
昔から、非常に多いんです。
例えばターンブル&アッサーというイギリスの
ビスポーク(オーダー)シャツは今でもそうです。
それを既製品として表現した、というのが
今回のコンセプトなんですけれど、
ではどれだけの頻度、着て、
どれだけの年数でダメージになるかは、人それぞれ。
黄ばんだり、ほつれてきたら替えよう、
ということでもいいですし、
もしかしたら、今回の2つのシャツについて、
「オックスフォードで、ルチアーノがいいんだよな」とか、
「ヘリンボーンで、カッタウェイがいい」
というかたがたには、スタイルの選択の幅ということで、
最初から替えてしまうということもあるかと思います。

ちなみに、伊勢丹新宿店メンズ館1階ドレスシャツでは
襟交換4,000円+税、カフス交換3,000円+税で
加工を承っています。

イジ・ボレッリ社は、
縫製に2つのラインを持っています。
まずひとつが「ロイヤルコレクション」と呼ばれるもので、
8箇所、ハンドメイドのポイントを入れたものです。
そしていわゆる普通のボレッリの
「レギュラーライン」。こちらは、
6箇所がハンドメイドになっています。
価格はロイヤルコレクションのほうが高くなります。

今は、レギュラーラインのほうが
日本のマーケットの流通量として
圧倒的に多いらしいのですけれど、
伊勢丹ではフィフティ・フィフティで、
半分は、ロイヤルコレクションを扱っています。
今回ご用意したのは、そのロイヤルコレクションです。

どこがハンドメイドか。
いちばんティピカルな部分は、袖付けです。
袖の線と脇の線の縫い目が、
微妙にずれていて、袖が前のほうに付いています。
身頃と袖を別々に作って、あとで付けるのですが、
人体工学に基づいて、人の身体の丸みにそって、
着心地を優先した作りになっているんです。
円周が違うものを付けていきますから、
多少、ギャザーが寄っています。
それがまず1箇所。

2箇所目は、襟付けです。
ハンドメイドにすることで、首の吸いつきと、
着心地がかわります。
ソフトで、着ていてストレスを感じない
柔らかな付け心地になります。

3個目は、肩のヨーク。
肩も、多少前に下っていて、湾曲していますので、
その丸みに沿うように、手縫いをしています。
ミシンでは布をひっぱって縫い付けるところ、
手縫いではそのテンションがかかりませんから、
ふんわりと立体的なかたちになるんですね。

4・5箇所目は、ボタン付けとボタンホールです。
ボタンは毎日掛け締めしますので、
強度的に弱くなってきますし、
あるいはクリーニングに出したら、
一発ですっ飛んじゃったりという脆さがあったりします。
なので、ボタンをわざわざ手でまつるわけです。
さらに、「根巻き」といって、
ボタンを生地から浮かせて、根を糸で巻きます。
巻くと強度が増し、宙に浮かせることで、
毎日行う掛け締めのストレスを軽減します。
そして、それとセットということで、
掛けやすさと強度を考えて、
ボタンホールもソフトに、ハンドでまつっています。

同じく前立てのところでいきますと、
このシャツは「裏前立て」といって、
前立てが表に出るイギリス的なシャツとは違い、
裏側に折り返して隠しています。
これが、クリーニングやアイロンがけのときに、
ひっくり返ったりとか、
着用をハードにし過ぎるとほつれてきますので、
それを手まつりで留めています。
それが6箇所目です。
ちなみに、胸ポケットはありません。
イタリアものの裏前立てのシャツは
ポケットがないほうがエレガントとされているので、
付けていないんですよ。

それから、袖の剣ボロの「かんぬき」。
日常着ですので、袖をまくり上げたりすることがある。
そこで強度を維持するために、まつるわけですね。
これが7箇所目です。

そして最後になりますが、
前身ごろと後ろ身ごろを合わせる
下のガゼットといわれる部分ですけど、
引っ張って切れないように上から別布で押さえて、
ピース留めをしています。
別布で上からふさいで、まつるわけですね。

こういったハンドメイドの工程というのは、
地元のかたがたの「内職」で成り立っています。
これはボレッリ社はもちろん、
フィナモレ社やバルバ社も同じです。
工場でミシンをつかって仮縫いをしたものを、
それぞれの職人さんが家に持ち帰り、
本縫いを、手でおこないます。
こういったことが可能なのも、南イタリアならでは。
なにしろ、ミシンに比べたら、手作業って非効率ですよね。
けれども、ハンドメイドを
文化としてもっている南イタリアだからこそ、
その非効率を、当たり前のこととしてできる。
このシャツをつくることができたのは、
そんな背景があってのことなんですよ。

方ですが、タックインで着るように、
裾を長めに取っています。
基本的にはドレス屋さんで作る
ドレスシャツなので、タックアウトを想定していません。
ウイズタイ、ノータイかかわらず、
ズボンの中に入れていただくというのが
基本になるかと思います。
それから、ルチアーノに関していえば、
王道のいわゆるワイドカラーですから、
ネクタイを締めて着ていただくというのが
非常にきれいかなというふうに思います。
ヘリンボーンという素材柄も、
どちらかというとドレッシーな素材の一つに
位置づけられますから、
そういった意味でもウイズタイで
着ていただくのがいいのかなと。
そして、ネクタイをするときには、
第一ボタンまでしっかり締めてください。
武井さんがお求めになったサルヴァトーレ・ピッコロで、
例えばタブカラーのものやラウンドなど
あるいは少し洗いをかけたフィニッシュのものというのは、
わざと雑に着るカッコよさみたいなのが
あると思うんですけど、
このように、ドレスの王道の中で作られたものに関しては、
しっかりネクタイをするとき、
ボタンを外すと逆にカッコ悪いと思います。

ちろんノータイのときは普通に
開けて着ていただいていいと思います。
「ボタンはいくつ開けますか」という質問を
よく頂くんですが、
僕はよく第2ボタンまで開けちゃいます。
イタリア人は普通にそうしていますし、
僕に限らずうちの会社の人間は
けっこうそうやって着がちなんですけど、
一方で女性の目線を気にしたりとか、
ちょっと気恥ずかしい感じというのが、
みなさん、あると思うんですよ。
そうしたときに、ボタン1つだけでいいかな、
というふうに思いまして、
それも設計したうえで、
第2ボタンの位置を少し下げました。
これは日本マーケット用に開発してもらっています。
この仕様は、実は1年間お願いをし続けて、
工場に入り込んで、工場長と話して、
日本ではこうなんですよということを説得して、
それで、ようやく首を縦に振ってもらったんです。

ンズのドレスシャツはフィット感が大事、
ということは、みなさんも、取材を通して
実感なさったことではないかと思います。
今回のシャツは2つとも同じボディで、
日本人向けにアジャストされた
サイズスペックになっています。
ではそれが自分にぴったりか?
ということについてですが、
ネクタイをする方は、おそらくご自分の
首周りのサイズをご存知だと思います。
今回ご用意したのは、39、40、41の3サイズです。
身幅などについては、
「気に入っているサイズ感のシャツ」を
お持ちのかたは、そのシャツを採寸いただき、
ボレッリ社のシャツのサイズ表と
くらべていただくのがよいかと思います。
(注:販売前に、ページに掲載します。)
ポイントになるのは、まず首周りですが、
裄丈(ゆきたけ)肩幅、胸周りも大事ですね。

上に何を合わせるかというと、
やはりジャケット、スーツが似合います。
けれどもイタリアの人の着方って、
いわゆる本当のドレスシャツを、
きちんとアイロンをかけたうえで、
ジーンズにタックインしてラフに着てしまう。
それはそれでさりげなくてカッコいいなと思います。
そう、アイロンですが、
今回のシャツについては、ぜひかけてください。
ヘリンボーンはもちろん、オックスフォードも、
マスターシードコットンを使っているがゆえ、
いわゆるヘビーオックスのような太い糸を使ったシャツを
洗いざらしで着るときの感覚とは、ちがうと思います。
光沢も非常に立っていますから、
どちらも、アイロンをかけて、
きれいに着ていただいたほうが
素材のよさが生きるかなと思いますよ。

佐藤さん、ありがとうございました。
こんなシャツができあがるとは、
(途中、何度も打ち合わせをしてきたとはいえ)
チーム一同、びっくりしています。
替え襟、替え袖ってすごい。
ちなみにその交換については、

「お住まいの近くにある、
お誂えや補正・補修を承ってるようなテーラー、
あるいはそういうお直し屋さんでしたら、
交換の技術を持っていると思います。
もちろん、伊勢丹新宿店メンズ館に
相談いただいてもいいですよ」
とのことでした。
そして、ハンドメイドのシャツって、
立体的でふっくらしているので、
じつはアイロンが難しいんですよね。
そのあたり、あらためて、習わないとなあ。

さーていよいよ販売が近づいてきました!
伊勢丹新宿店では(レディースのみ)9/16から、
「ほぼ日」ではレディース、メンズともに
9/18日から販売を開始します。
次回からの更新で、さらにくわしくお伝えしますね。

2015-09-10-THU