中国人ジャーナリストのお話の後編です。
インタビューしたのは
ネットやツイッターなどで活躍する
35歳の安替(アンティ)氏です。
彼の見た中国の言論の自由の現状と未来です。



10年後の中国 2

安替氏は言う。
「中国の長い歴史の中で、
 ツイッターは100%自由な
 発言空間を手に入れた初めての空間だ」
本当にそうなのだろうか。
彼によると現在、ツイッターを使っている
中国人は10万人いるという。
もちろん全人口13億人と比べると
圧倒的な少数に違いない。
だがその10万人がリスクを恐れずに
発言しているというのだ。

中国政府は、去年、
ツイッターが使えないように
公式アカウントへのアクセスをブロックしたが
使っている人は、特別のソフトを使うことで
そのブロックを乗り越え発言を続けているという。
実際、安替氏のツイッター(@mranti)をのぞくと
すでに1万3千回以上つぶやいている。

中国でのツイッターの影響力を示す出来事として
安替氏はたとえばこうした例をあげる。
去年7月の新疆ウィグル自治区で起きた暴動を
最初に報じたのはツイッターだった。
北京に住むアメリカ人によるつぶやきだったという。

また、やはり去年7月、ひとりの中国人が
役人の汚職を摘発するビデオをインターネットに流して
警察に逮捕された。
逮捕された中国人がツイッターで
密かに助けを求めたところ
多くのネットユーザーたちが
次々と葉書を刑務所におくりつけ
その結果、彼は釈放された。

さらに、ごく最近の例としては
先月15日に起きた上海の高層ビル火災のあと、
ツイッターで献花を呼びかける声があがり
それがまわりまわって
献花に訪れた上海市民は10万人にのぼった。

確かにそれだけ聞くと
中国の人がツイッターを
自由に使っているようにも思えるが、
言論の自由を謳歌していると言えるのだろうか。

「ではもし、誰かがツイッターで
 劉暁波氏のノーベル平和賞受賞を
 祝うために集まろうと呼びかけたらどうなりますか」
と私は訊ねた。
安替氏はしばらく考えて口を開いた。
「たとえツイッターでも
 政治運動を呼びかけたら投獄される危険があります。
 思い切ってやる人はいません」

中国政府はツイッターを削除はできないが
監視はしているという。
たとえば、最近の重慶市での反日デモの前に
ひとりの女性が
「暁波おじさん、受賞おめでとう」という
プラカードを持って歩くとつぶやいたところ
警察が飛んできたという。
(暁波おじさん=ノーベル賞を受賞した劉暁波氏)

つまりツイッターは、
削除するといった政府の規制が及ばないという意味で
今のところ100%言論の自由がある空間だが、
そこに書き込む内容について
言論の自由が保障されているわけではない、
ということなのだろう。

聞いてみたいことがあった。
「もしも天安門事件のとき、
 インターネットがあったらどうなっていたでしょう?」
安替氏は「想像できないなあ」と言ったあと
にやりと笑った。
「すべてのストーリーは書きかえられていたでしょう」
「中国のインターネット人口は4億人を超えています。
 ネットで呼びかけることで、
 第二の天安門事件が起きることを
 中国政府は最も恐れているのではないですか」
安替氏は迷わず答えた。
「政府はすでに心配しています」

私は続けた。
「インターネットだけではありません。
 世界を知る中国人が急速に増えています。
 中国人の留学生も増えていますし、
 旅行者もビジネスマンも世界を見て帰国する。
 すると自分の国に言論の自由がないことに
 不満を持っていく。
 それが中国の体制が変わることに
 つながっていくのではないでしょうか」

すると安替氏は首を振った。
「そうは思いません。
 政治体制を変えたいと思っても
 今の体制は強固で変えるのは難しいと思います」
安替氏は少し間をおいてから、口を開いた。

「それより、私の仮説はこうです。
 政府の言う“社会の安定”を保つコストが
 大きくなることが社会を変えるのです。
 コストを維持できなくなると
 社会を変えるしかなくなるのです」

「具体的に、どんなコストでしょう」
「4億人のインターネットユーザーが
 どんなことを書いているかを
 モニタリングしなくてはなりません。
 そのために多くの人が必要です。
 仮にモニタリングして、
 デモをするという情報を見つけるとします。
 するとそれをコントロールしなくてはならない。
 それにもさらに人が必要です。
 そしてデモが本当に起きたら鎮圧しなくてはならない。
 それだけではありません。
 自由な思想を持っている人は
 常に誰かが見張って監視しなくてはいけない。
 これも大変な労力です。
 現在、中国で社会の安定を保つためのコストは
 国防費と同じくらいかかっているとも言われています。
 これが増え続けてコストが維持できなくなったら
 もうこうしたやり方をやめるしかなくなります。
 その時、中国の体制は変わるのだと思います」

「そうなるまでには何年かかると思いますか」
「10年」
安替氏はきっぱりと言った。

講演の時間が迫っていた。
そろそろお願いします、と
担当者が催促する。
私は別れ際に、彼の夢を訊ねた。
「中国がアメリカや日本なみに
 健全な市民社会になることです。
 言論の自由があるなかで
 ジャーナリストとして思う存分、
 自由に動けるようになることです」
彼は目を細めてそう言い、講演会場に向かった。

翌日、劉暁波氏にノーベル賞が贈られたが、
その2日後、広東省の『南方都市報』という新聞が
一面トップで“空席の椅子”の写真を掲載した。

そこから連想させるのは、
ノーベル賞の授賞式で
劉暁波氏のために用意された椅子。
密かに受賞を祝福しているのではと
インターネット上で話題になった。
中国メディアのささやかな抵抗なのだろう。

この新聞のコラムニストをつとめているのが安替氏、
さらに受賞した劉暁波氏は、安替氏の仲人だ。
安替氏も中国に帰れば
複雑な立ち位置を強いられているに違いない。

10年後の中国、
果たしてどんな世界が広がっているのだろうか。

(終わり)


【編集部より】
松原さんのツイッターは、こちらです。

2010-12-21-TUE
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