三谷幸喜脚本の8時間ドラマ 『わが家の歴史』を、 観ると決めた。

糸井 映画づくりというのは、
ひとりの頭のなかから生まれた世界を
大勢で分業して形にするシステムが
すごく発達していると思うんですけど、
それでも、できあがった映画は、
最初にそれを思った本人からすると
きっと妥協のかたまりなんじゃないか
という気がするんです。
三谷 ま、そうですね。
だから、妥協するのがいやな人は、
たぶん、映画はやらないほうがいいと思います。
ストレスが溜まることばっかりですから。
糸井 それ、三谷さんは、いやじゃないんですか。
三谷 僕は、じつはそんなにいやじゃない。
糸井 へー、あ、そうなんですか。
三谷 あのー、こんなことを言うと、
重岡さんからバッグでなぐられる
かもしれないんですけど‥‥。
重岡 なぐりませんって。
糸井 携帯電話が飛んでくるかもしれないけど。
重岡 飛ばしませんって。
一同 (笑)
三谷 あのー、なんていいますか、
僕のなかで100のことをやろうと思ってて、
みんなの意見を集めているうちに
妥協して、80になっちゃうのは
いやなんですよ。
糸井 うん。
三谷 だから、最初、
120ぐらいの感じからはじめるんです。
糸井 あーー(笑)。
三谷 で、ちょっと妥協して
ちょうど100ぐらいになるな、
というくらいの計算が
なんとなく自分のなかにあるんです。
糸井 つまり、妥協自体は、いやではない。
三谷 はい。前にも言ったかもしれませんが、
僕が小説家ではなく脚本家になったのは、
やっぱり人と関わっていたい、
という気持ちがあるからなんです。
人と関わる以上、どこかで
妥協しなきゃいけない局面が出てくる。
それがいやだったら、たぶん僕は
ひとりで小説を書いてただろうと思います。
糸井 なるほど。
あの、ぼくも、結論としては三谷さんと同じで、
100の望みを持ったどうしのふたりが出会って
両方かなうことって、ないと思ってるんですよ。
三谷 ええ。
糸井 それは、前に文章で書いたことがあるんだけど、
「低いところで会いましょう」
っていうことだと思うんですね。
高いところで会おうとするから
「わかってくれない」ってなるんだけど、
はじめから低いところで会うと
気持ちのいい関係ではじめることができる。
その、歳と経験を重ねると、そういうことが
だんだんとできるようになるんで。
三谷 うん、うん。
糸井 だから、身の丈ではじめるように
こころがけているぶん、
妥協せずにすんでるんじゃないかな。
重岡 なるほど。
糸井 それ、三谷さんの仕事にも、
似たところを感じるんですよ。
完全を目指してるわけじゃなくて、
つくるときの「遊び」みたいなものを
あらかじめ確保してあるというか。
だって、そもそも、あて書きをしたり、
役者さんにゆだねたりっていうことを
しょっちゅうされてますし。
三谷 そうですね。
糸井 『ザ・マジックアワー』では
あえてその部分を禁じたっていう
話をされてましたけど、
生のものをおもしろく活かすのは
三谷さんの本来の持ち味のひとつですよね。
たとえば『やっぱり猫が好き』なんて、
生ものをそのままいじってる
みたいなもんでしょう?
三谷 ああ、ええと、そうですね、
あのー、『やっぱり猫が好き』って、
じつはぼくが脚本で入ったころって、
はじまってからワンクール経ってたんですよ。
糸井 あ、そうだったんですか。
三谷 そうなんです。
で、そのころにはもう、
もたいさん、小林さん、室井さんという
3人のチームワークができていて、
もう、フリートークで
いくらでも場を盛り上げることができる、
というほどだったんですけど、
さすがに毎回3人のトークに頼っていると
話が尽きちゃうみたいな状況があって、
なんか、ちゃんとした台本がほしいね、
ということで僕が入ったんですよ。
糸井 はぁー。
三谷 だから、僕の仕事としては、
まず、3人のフリートークな雰囲気を
崩しちゃいけない。
糸井 うん、うん。
三谷 でも、ストーリーはちゃんと作んなきゃいけない。
っていうところから、いろいろ考えて、
「とにかく覚えなくていい台本を書こう」
ということに落ち着いたんです。
やっぱり、セリフを覚えちゃうと
あの3人の独特な自由さがなくなって
段取りになっちゃうんで。
糸井 ああ、そうですね。
三谷 だから、3人が集まって
台本を初見で読んだときに、
「だいたい内容はわかった。
 じゃ、こんな感じでいきましょう」
という感じで即、本番に入れるようなものにした。
細かいことが頭に入ってなくても
芝居のだいたいの流れはわかる、
そんな脚本を書くことにしたんです。
糸井 ということは、
「このセリフを一箇所たりとも
 変えてはいけない!」
っていう脚本とは真逆なわけですね。
三谷 正反対です。
糸井 相手が引き受けてくれるのを
信じるしかないですよね。
それはもう、妥協どころか、
まさしくコラボレーションというか。
三谷 うん。そうですね。
やっぱり芝居って、
「総合芸術」ですからね。
糸井 「総合芸術」‥‥ですね‥‥。
三谷さん、ときどき、そういう、
めくらましみたいな
固いことばを交ぜますね。
三谷 いや、なにしろ、演劇学科出身ですから、
「演劇は総合芸術だ」っていうことは
叩き込まれてますから。
糸井 「総合芸術」。
三谷 はい。「総合芸術」。


(つづきます)


2010-04-03-SAT