第3回 秒速25部の勝負。 届けます、いつもの時間にきれいな紙面を!

「それではこれから、地下3階に降ります。
 新聞の印刷現場をごらんください。
 いまはちょうど、夕刊を刷りはじめるところです」

いよいよですね。

「はい、いよいよです」

そうなんです、
新聞社のなかには印刷機があります。
(出版社には、ふつうは印刷機はなく、
 印刷会社に印刷工程を外注します)
記者のみなさんが
現場で取材するところからはじまって、
編集、デザイン組み込み、校正、
印刷、断裁加工、梱包、
配送用のラベル貼りまでの長い工程が
ここ朝日新聞東京本社では
朝夕2回、毎日行われています。

印刷の輪転機のある地下3階に行き、
(ちなみに、そのまた下の地下4階は、
 巨大な紙の倉庫だそうです)
エレベーターを降りたとたん、
インクの匂いがしてきました。

「このインクの原料は、
 大豆なんです。
 大豆インクを使うようになったおかげで
 作業する人にも害はないし、
 地球にもやさしいんですよ。
 さて、これがその印刷機です」

印刷機‥‥大きいですね。


巨大機械。なんだかNASAとか、そんな雰囲気が。

「ここ朝日新聞東京本社には、
 印刷機が4セットあります。
 それぞれの印刷機に
 輪転機が5台ついていますので
 合計20台の輪転機があるということになります。
 輪転機は、最高速度に達すると
 時速49キロで回転します」

というと‥‥時速で何部刷りあがるんですか?

「1秒間で新聞25部、
 1時間で9万部です」

秒速25部ですか。

「夕刊は朝刊よりページ数が少ないので
 1秒間で50部です」

すごいですね‥‥。

「ではここで、
 印刷のしくみをご紹介しましょう。
 まずは、現在の印刷でおもに使われている
 刷版(さっぱん)というアルミの板を
 みなさんにごらんいただきます」

でこぼこしていませんね。

「はい、つるつるです。
 パソコンで作ったデータを印刷工場に送り、
 アルミの板にレーザーで焼きつけて作ります。
 この刷版を使いはじめたのは、およそ30年前」

では‥‥30年以上前は?

「それまでの約100年間は、
 鉛版が使われていました。
 これです。持ってみてください」

重い!

「はい。約18キロあります。
 当時の職人さんは
 これを機械に取りつけるために
 2〜3枚、肩に担いで
 運んでいたんです」

「この鉛版は、
 何がもとになってできているのかというと、
 活字です。こちらです。
 よかったら手に取ってみてください」

まるでちっちゃなハンコですね。

「はい。1文字だけのハンコです。
 当時は、この活字が
 たくさん並んでいる棚の中から、
 職人さんが原稿どおりに
 1個ずつ取って文字を並べていました。
 どんなにベテランの人でも
 1分間で50文字ぐらいしか
 拾えなかったといいます」

それを型にとって、
鉛を流し込んで‥‥
たいへんな作業ですね。

「はい。しかも、この鉛は、使用後に溶かして
 再利用していました。
 ですから工場では、鉛中毒が
 とても深刻な問題となっていました」

だけどいまは、
アルミと大豆インクで
印刷できるようになったんですね。

「そうなんです。
 ところで、この刷版、
 つるつるなのにどうやってインクを紙に刷るのか、
 不思議ではないですか?」

不思議です、不思議です。

「肝になるのは、お水です」

お水。

「はい。インクは油ですから、
 水と油が反発し合う性質をいかして
 印刷が行われているのです。
 刷版の表面には特別な加工がしてあって、
 青い部分にインクだけが吸収され、
 白い部分には水だけが吸収されます。
 このようにインクを塗って」

「水をかけると」

「きれいにはじきます」

だけど‥‥そのまま紙に刷ると、
字が反転してしまいませんか?

「おっしゃるとおりです。
 まずはこの刷版についているインクを
 ゴムのローラーに転写させます。
 そのステップには、刷版に着いた
 余分な水分を取り去る意味もあります。
 そのゴムローラーを
 今度は新聞の紙につけて刷ります。
 そうすると“逆の逆”で、
 読めるようになります」

なるほど。

「ここにはゴムローラーがないので、
 私の手を使ってご説明を」

ええっ!

「手をゴムローラーだと思ってください。
 はい、転写されました」

「それを紙にくっつけると」

おおおおおーーー。

「つまり、これが
 『オフセット印刷』ということになります。
 一度インクをオフしてから
 紙にセットするのです」

オフセットという言葉は知っていましたが、
それがなぜなのか、はじめて知りました。

「『ほぼ日』は出版もされてますし、
 カラー印刷のしくみはご存知ですね」

はい。4色ですよね。

「そうです。
 カラー印刷は、原則として
 黒と青と赤と黄色、
 4色だけでできているんです。
 まずは、黒」

「黄色」

「次に赤を刷ります」

これで3色。

「はい。3色そろってるのに、
 完成にはほど遠い感じです」

はい。

「では、最後に、青」

おおおおーーーー。

「このように、色を混ぜているのではなく、
 それぞれの色の刷版を作り、
 上から重ね合わせて印刷して
 カラーを表現していくのです」

よくわかりました。

「こうして、あの印刷機で刷られた紙を
 機械が断裁し、折って
 発送室に運びます。
 発送室では、発送する販売所の部数ごとに
 新聞を数えて、束にします」

「それをビニールで包み
 宛名を貼ってできあがりです。
 印刷がはじまってから、
 10分くらいでここまで来ます」

たった10分。すごいですね。

「はい。やっぱり時間との勝負ですから。
 では、刷りたての新聞を
 みなさんにさしあげます」

すごいインクのにおいがします。
新聞がちょっと冷たい気が‥‥??

「刷りたてだとなぜか
 あったかいと思いがちですよね。
 冷たく感じるのは、印刷のときに使った
 お水が乾ききってないからなんですよ」

ああ、オフセット印刷の水!
なるほど。
‥‥こうして印刷工程を見ていると、
いまの新聞の鮮やかさ、改めて感動します。

「ありがとうございます。
 これで、新聞ができるまでの工程は
 おしまいです」

ありがとうございました。
「届けます、いつもの時間にきれいな紙面を!」
という言葉が壁に貼ってあって、
それがとても印象的でした。
編集局も、印刷の場所にも一貫している、
ひとつの大きなテーマは‥‥

「はい、時間です」

「では、朝日新聞の
 もうひとつの部署に行きましょうか」

はい。
インターネット部門を訪れます。


(つづきます!)


2011-01-13-THU
イラスト:イリアヒム・カッソー