HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN

旅に出る理由、旅を終える理由。 1021日間、世界を旅した写真家・竹沢うるまの場合

写真家の話がおもしろいのは何故だろう。
それは、きっと、
「この人は、このとき、ここにいた」
という揺るぎない事実=写真に、
無言の真実味を感じるからだと思います。
1021日間で世界103カ国を旅した
竹沢うるまさんのお話も、
やっぱり、つぎつぎ、おもしろかった。
撮り、考え、退屈し、移動し、また撮る。
それらを、真っ正直に繰り返している。
3年もの旅を、はじめた理由。
それを終わらせた、衝撃的な出来事。
素晴らしい写真とともに、
どうぞ、たっぷり、おたのしみください。
担当は「ほぼ日」奥野です。

竹沢うるま

1977年生まれ。
同志社大学法学部法律学科卒業。
在学中、アメリカに一年滞在し、
モノクロの現像所でアルバイトをしながら
独学で写真を学ぶ。
帰国後、ダイビング雑誌の
スタッフフォトグラファーとして
水中撮影を専門とし、
2005年よりフリーランスとなり、
写真家としての活動を本格的に開始。
これまで訪れた国と地域は、140を越す。
2010年~2012年にかけて、
1021日103カ国を巡る旅を敢行し、
写真集「Walkabout」と対になる
旅行記「The Songlines」を発表。
2014年には
第三回日経ナショナルジオグラフィック写真賞受賞。
2015年に開催された
ニューヨークでの個展は
多くのメディアに取り上げられ
現地で評価されるなど、
国内外で写真集や写真展を通じて
作品発表をしている。

※Uruma は沖縄の方言で珊瑚の島という意味。
写真集
「Walkabout」 amazonでのおもとめはこちら。
「Kor La -コルラ-」 amazonでのおもとめはこちら。
「Buena Vista」 amazonでのおもとめはこちら。

単行本
「旅情熱帯夜 1021日・103カ国を巡る旅の記憶」 amazonでのおもとめはこちら。
「The Songlines」 amazonでのおもとめはこちら。

人間は、やさしい生きもの。

──
約3年、1021日間におよんだ旅を、
うるまさんは、
どこかの時点で終わりにしたわけですが、
その「きっかけ」があったら、
教えていただけますか。
竹沢
はい。アフリカの旅を終えたあと、
ユーラシア大陸を横断していたんです。

中国から東チベットに入ったんですが、
そのあたりって、望めば
1週間で日本に帰ってこれるんですよ。
──
日本は、すぐそこ。
竹沢
でも、まだ、自分の中では
旅に、納得していなかったんですよね。

このまま日本に帰っていいんだろうか。
でも、地理的にも、
もう行けるところは限られていました。
──
アフリカを旅しているとき、
自身の写真の方向性が見えたこと‥‥は?
竹沢
はい、それは、とても大きなことでした。

ただ、やっぱり「見えた」ことよりも、
写真を続ける以上、その方向へ
歩み続けることが重要じゃないですか。
──
ええ、なるほど。
竹沢
その意味で、「見えた」だけでは、
日本に帰ろうとは、思えなかったんです。

逆に、日本に近づいていくにつれ、
どうやって
この旅を終えたらいいんだろうと、
胃がキリキリして、
悶々として、夜も眠れなくなって‥‥。
──
日本を出る前と同じ状態ですね、それ。
竹沢
そう(笑)。で、そんな状態で、
東チベットに入ったんです。

でも、その当時の東チベットって、
しょっちゅう暴動が起きたり、
僧侶による焼身自殺が頻発していたり、
ようするに、社会情勢が
とりわけ、よくない時期だったんです。
──
なるほど。
竹沢
そこらじゅうに検問所がありました。

東チベットって、
行政的にはチベット自治区じゃなく、
中国からすれば四川省なんです。
つまり、本来であれば、
パーミッションは必要ないんですが、
でも、外国人は、
検問ではじかれて追い出されていて。
──
ええ。
竹沢
僕は顔がチベット族に見えるらしくて、
うまくすれば入れるんですけど、
何とかもぐりこんで、ラーメン屋で
ラーメンを注文して待ってたら、
誰かに通報されて、
ラーメンのかわりに警察が来たりして。

そんな感じで、
追い出されたり潜り込んだりを、
2週間くらい、繰り返していたんです。
──
そこまでして、入りたかったんですか。
竹沢
東チベットって、3000メートルから
4000メートルの標高があって、
気温も氷点下、
さらに社会も激しく動いている時期で、
その肉体的・精神的な緊張感、
ギリギリのところで生きている感覚が、
久々に「旅の興奮、刺激、醍醐味」を、
感じさせてくれていたから。
──
なるほど。
竹沢
でも‥‥何回も何回も警察に捕まって、
尾行されて、チェックされて、
部屋に入ってこられて荷物を漁られて、
軟禁までされて、もう無理だと。

結局、出て行くことにしたんですけど、
そのとき、7~8人のチベット族と、
一台のバンに乗り合っていたんですね。
──
はい。
竹沢
東チベットから出ていくときにも
検問があって、そのたびに
下を向いてやりすごしていたんですが、
最後、ここをクリアすれば、
拘束されずに済むっていうポイントで、
パンツォという名の仏教画を描く職人、
とってもやさしいやつだったんですが、
彼が、車から引きずり降ろされて、
警官たちに、殴られはじめたんですよ。
──
え、急に? どうしてですか?
竹沢
わかりません。
とにかく、突然のできごとだったんです。

で、そのようすを見た、
警官か検問の係官かみたいな5~6人が
向こうから走ってきて、
暴力を止めに入るのかと思いきや、
全員で、パンツォを殴りはじめたんです。
──
え‥‥。
竹沢
パンツォは、おおぜいに殴られている。
地面に倒れているし、血も流している。

でも一切、抵抗しないんです。
その後、建物のなかに連れて行かれて、
もうこのまま、
帰ってこれないのかなと思っていたら、
30分後くらいに、
ボロボロな状態で戻ってきたんですよ。
──
はい。
竹沢
そのまま、無言で、
最後の検問所を無事に抜けたんですが、
東チベットから出た瞬間、
パンツォが、ぼくにこう言ったんです。

「心配をかけて、ごめんね」って。
──
うわあ‥‥。
竹沢
ボコボコになった顔に笑顔をつくって。

そのときに、思ったんです。
「この人間は、なんてすごいんだ」と。
──
本当ですね。
竹沢
ひどい暴力を受けても一切抵抗せずに、
外国人の僕を、気遣ってくれてる。

そんな心を持った人間が、
この世界に存在するんだと言うか‥‥、
それまで「祈り」というものの存在は、
なんとなく感じていたけど、
実際にかたちとして目にしたと言うか。
──
なるほど。
竹沢
写真って「心の振幅」なんです。

旅の途中で、いろいろな人に出会って、
見たことのない風景を前すると、
自分の心が揺れるのを、感じるんです。
その「揺れ幅」が刺激の大きさで、
結果、写真にも写るわけなんですけど。
──
ええ。
竹沢
一切抵抗しないパンツォに浴びせられた
あれほど圧倒的な暴力は、
それまで、見たことなかったものでした。

そうやって、
揺れがマイナス側に大きく振れた直後、
パンツォのボロボロの笑顔、
パンツォの心のありように触れて、
今度は逆に、
心がプラスの側に大きく振れたんです。
──
最大のマイナスから、最大のプラスへ。
竹沢
そう、何年も旅を続けていく過程には、
ポジティブな振幅もあれば、
ネガティブな振幅も、当然あるんです。

それは、日々、たくさんあります。
でも、あそこまで大きな揺れ幅は、
それまでなかったし、
今後もきっとないと確信しました。
──
つまり、それが‥‥。
竹沢
旅をやめようと思ったきっかけです。
──
このまま旅を続けても、
これ以上の「心の揺れ」は、ないと。
竹沢
はい。
──
そうやって、1021日の旅を終わらせた。
竹沢
2週間後には、沖縄にいました。
──
そのパンツォさんの出来事は、
写真には、撮ってはいなかったんですか。
竹沢
撮ってません。とうてい撮れなかったし、
仮に撮ったところで、
あの出来事の「本質」を写すことは、
自分には、まだできなかったと思います。
──
そう思われますか。
竹沢
ものごとの「本質」を捉えることは、
写真家にとって、すごく難しいことです。

もちろん、捉えたいのですが、
本質というものを、
安易に写真に置き換えたくない気持ちも、
逆説的ですが、どこかにあったり。
──
でも、いつかは、
本質を写したいとは思っているんですか。
竹沢
もちろん、そのために撮り続けています。

本質、真実、本当のもの、
そこに存在している絶対的なもの‥‥を、
いつか、捉えたいと思っています。
──
世界のいろんなところで、
いろんな人間に会ってきたうるまさんは、
世界の「多様性」を、
実際に肌身で感じてきたと思うんです。
竹沢
ええ。
──
でも、世界は多様だと言いながらも、
それでも、人間に共通するものって、
何かあると思いますか。
竹沢
そうですね‥‥やっぱり、
人間って、みーんな「やさしい」ですよ。
──
あー‥‥。
竹沢
人間は、人間の気持ちがわかる。
人間は、他の誰かに共感する能力がある。
──
旅を通じて、そのことを感じた?
竹沢
はい。たくさんの人が助けてくれたし、
たくさんの人が話しかけてくれたしね。
──
なるほど。
竹沢
もちろん、
そうじゃないこともたくさんあったけど、
でも、大きく言えば、
人間って、自分以外の存在に共感できる、
やさしい生きものなんだなあって、思います。

<おわります>

2017-12-15 FRI

竹沢うるまさんが撮った
気仙沼漁師カレンダー2018、
発売中。
TOBICHI
展覧会も開催中!

毎年、名だたる写真家が撮りおろしている
気仙沼漁師カレンダーですが、
来年2018年版を、
竹沢うるまさんが撮りおろしています。
これがですね、じつに、かっこいいのです。
見た人みんな、しばし見入ってしまう、
素晴らしい出来栄え。
世界各地の人々や部族を撮影してきた
うるまさん、
気仙沼の漁師さんたちに触れたら、
独自の文化や言語を持つ
「漁師民族」みたいに感じたそうです。
現在、TOBICHIの「すてきな四畳間」で、
うるまさんの漁師の写真を展示した
写真展を開催しています。
会期は、12月17日(日)まで。
気仙沼漁師カレンダー2018はもちろん、
うるまさんの写真集や著書も販売中です。
カレンダーも写真集も写真展も、
どれも、本当にかっこいいので、ぜひ!

価格:
1500円(税抜)
写真:
竹沢うるま
公式の販売サイトはこちらです。

気仙沼漁師カレンダー2018 
写真展

1021日間・103カ国世界を旅した
竹沢うるまが撮る、気仙沼の「漁師民族」

会場
ほぼ日のTOBICHI すてきな四畳間
住所
東京都港区南青山4-25-14 アクセスMAP
会期 
2017年12月17日(日)まで
時間
11時~19時