旅に出る理由、旅を終える理由。 1021日間、世界を旅した写真家・竹沢うるまの場合

第１回

1021日の旅に出た理由。

──

うるまさんは、32歳のときに旅に出て、
「1021日間」かけて
「103カ国」を訪れたそうですが‥‥。

竹沢

はい。

──

３年も旅に出っぱなしとなると、
「日本に帰ろうかな」ってタイミングは、
どんなふうに、訪れるんですか。

竹沢

そうですね、実際、
３年も旅をし続けるのって大変なんです。

どうしても帰れない事情があったり、
どこかが壊れてないと（笑）、
そんなに長く旅をするのは難しいですね。

──

じゃ、うるまさんの場合も、
ある意味「無理して」旅を続けていたと？

竹沢

はい。

──

今の話は、ちょっと意外でした。

旅をする人については、
自由なスナフキンみたいなイメージが、
どうしてもあったので、
みんな、旅からイヤイヤ帰るのかなと。

竹沢

たぶん、ふつうに旅を続けられるのは、
１年が限界だと思います。

その段階を超えてくると、
自分のなかで
いろんなものを壊していかないと
続けられない‥‥
つまり、「無意味さ」を感じるんです。
旅をすること、それ自体に。

──

無意味さ。

竹沢

自分自身を浪費している感覚があるし、
何より、
自分の存在がわからなくなってきます。

どこへ行っても、
旅人は「よそ者」でしかないですから。

──

存在の不確かさに、耐えられなくなる。

竹沢

自分の所属する場所は、どこにもない。
その状態が果てしなく続くんです。

どんな風景でも、必ず見慣れてくるし、
刺激に対して鈍くなるし、
毎日毎日が退屈になってくるんですよ。

──

うわー‥‥なんだか。

竹沢

そのうち、何のために旅をしているか、
わからなくなってきます。

そこで、
要領のいい人はサッと帰るんですよね。
もう十分だ、って言って。
それは、ある意味で「賢い」んですよ。

──

というと？

竹沢

つまり「帰る」という決断さえできず、
ダラダラと
何年も旅を続けてしまう人というのが、
けっこういるってことです。

──

旅に囚われてしまっている、ような。

竹沢

旅してるのに、旅ができなくなってる。

もう何ヶ月も、
ずっと同じ場所に留まってしまう人を、
何人も見てきましたから。

──

動けなくなっちゃうんですか。

竹沢

そう、日本人ばっかりの宿に泊まって、
朝から晩まで日本人としゃべって、
毎日マクドナルドばっかり食べて‥‥。

エチオピアのアジスアベバにいるのに。

──

何というか、「自由の牢獄」みたい。

竹沢

そういう旅のしかたもあるでしょうし、
否定するわけじゃないですけどね。

とにかく、１年を過ぎたら、
何かしらの強い意志を持っていないと、
自分が最初に望んだような旅は、
続けられなくなってくると思いますね。

──

うるまさんが３年も帰らなかったのは、
どうしてですか。

次から次へ移動していたんでしょうし、
動けなくなったわけでも、
自由の牢獄にとらわれていたわけでも、
なかったと思うんですが。

竹沢

今、ここで旅をやめて日本に帰ったら、
もう一度、旅に出ることになる。

そういう予感があるうちは、
つらかったですが、帰りませんでした。

──

もう一度、旅に？

竹沢

はい。

──

そもそも‥‥旅に出たのはなぜですか。

竹沢

僕は、22歳でこの仕事を選んでから、
ずっと水中撮影で、
世界中の海を撮らせてもらってたんです。

でも、30歳くらいのときに、
ふと「自分の写真は、どこにあるのかな」
って思うようになったんです。

──

どこ。

竹沢

それが、わからなくなってしまって。

──

それまでは、わかっていたんですか。

竹沢

高校生、大学生だったころの自分は、
ほとんどと言っていいほど、
なんにも、しゃべらない奴だったんです。

言葉を信用していなかったというか‥‥。

──

へえ‥‥。

竹沢

たとえば「あなたのことが好きです」と
言ったとして、それは、
本当に大好きで愛している人に対しても、
少しだけ好きな人に対しても、
言葉としては同じ表現になってしまうと、
若い自分は、思い込んでいて。

──

そのことが、腑に落ちなかったと。

竹沢

それにくらべて、写真の場合は、
自分自身の心のかたち、みたいなものを、
人と共有できるって感じたんです。

──

写真なら信じられた、みたいな？

竹沢

そうですね。

それ以来、写真は自分の一部かのように
感じていたんですが、
仕事にしはじめて10年もしたら、
最初のころの、
自分が写真から感じていた気持ちなんか、
どこかへいっちゃって、
ただただ、
他人のために撮る写真になってたんです。

──

それで、旅に。

竹沢

はい。

──

つまり、旅に出ることで、
はじめたころの気持ちを、取り戻そうと？

竹沢

僕は、写真を撮る人間として、
自分のための写真を撮りたかったんです。

──

他人のためじゃなくて。

竹沢

そう思って、
大げさじゃなく夜も眠れなくなった末、
自分なりに覚悟をして出た旅ですから、
つらいからって帰るわけにもいかず、
でも、１年や２年じゃ、
まだ、１枚も撮れていなかったんです。

──

自分のための写真が。

竹沢

だから、自分の写真が撮れない限りは、
今、帰ったとしても、
もう一度、旅に出ることになるなって。

──

それで、心はつらくなってきたけれど、
無理をしてまで、旅を続けたんですね。

竹沢

行けるところまで行こうと思いました。

──

それは「職業意識」ですか？

竹沢

職業意識ではないです。

僕は、写真を撮ること自体、
あんまり職業だとは思ってはいなくて、
写真でお金は稼いではいますが、
お金が入らなくても、写真は撮るから。

──

写真なら信用できる、ではじめたわけだし。

竹沢

そういう感覚があったからこそ、
クライアントのよろこぶ写真を撮るだけの
職業的な写真家になっていた自分に、
ストレスを感じていたのかなあと思います。

──

でも、１年やちょっとじゃ、撮れなかった。
自分の写真、というものは。

竹沢

撮れませんでしたねえ、何にも。

＜つづきます＞

2017-12-12 TUE