第5回 今度「朝」なのよ。

イトイ ウゴウゴルーガができたおおもとは、
フジテレビの
夜中の時間帯の開拓が終わったからですよね。
一般的に「見ない」と言われていた時間帯を
フジテレビは一生懸命開拓して、
いわば不動産屋さんとしての
土地を作っちゃったわけですよ。
そうやって夜を開拓していったら、
あとは朝しかないぞ、ということになった。
桜井 うん。朝は視聴率が取れなかったし、
うまくいかない歴史が長く続いていたから。
福原 ウゴウゴルーガの前は、たしか
高齢者向けの番組だったんじゃないかな?
それでも数字が来ないから、
「じゃあ子ども番組」という発想でした。
イトイ 僕は覚えてるんですよ、
桜井さんが「今度朝なのよ」と
言ってたのを(笑)。
桜井さんは、さんざん夜を開墾して、
開墾しただけじゃなくて
プランテーションまで発生させて、
僕なんかもそこに混ぜてもらって
楽しく遊んでいました。
「夜はいいなぁ〜」って言ってたら、
「朝なのよ」(笑)。
桜井 「TVブックメーカー」のあとで、
いきなり朝6時10分の番組担当へ。
イトイ そう(笑)。
俺はそのとき、
「それはもうつき合えない」と思った。
桜井 一方、福原さんも
「アインシュタイン」で夜にいた。
福原 ウゴウゴルーガのCGチームはほとんど
「アインシュタイン」の人たちでした。
森川さんも、そこにいたんです。
イトイ そのときのおともだちが
移動したんですね、朝に(笑)。
福原 移動しました。
夜の番組やったまま深ーく、ずーっと行ったら、
なんだか朝になってた(笑)。
イトイ それは、「アインシュタイン」や
「カノッサの屈辱」の持っていた
違和感のようなもの、
つまり「いいの? それは」
「いや、いいんじゃない? 夜だから」
というあの感じを
さんざん経験してきた人たちだとも言えます。
あの違和感を抱えてたから、
ウゴウゴルーガの乱暴も
できるようになったんですね。
福原 おそらくそうでしょうね。
「普通のことはやらない」というのが
基本にありましたね。
せっかくだったら一矢報いるとか
よくわかんない気持ちになって(笑)。
桜井 そうだね。
福原 当時、屯田兵とか呼んでました。
イトイ 全部で何人ぐらいが
かかわっていたんですか。
福原 制作スタッフは10人と少しです。
イトイ あまり多くはないですね。
福原 「まあまあ」といった数じゃないでしょうか。
でも、社員がほとんどでした。
これも、いまのテレビじゃ、めずらしいです。
イトイ 制作会社のスタッフじゃなくて、
作ってたのは、社員だったんですね。
桜井 制作費が少ないから、
社員じゃないと払えないわけです。
イトイ でも、トータルに考えると、
社員で作るのがいちばん高いよね。
本当は、すごい贅沢な番組とも言える。
 
(続きます)
2008-05-22-THU
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