01 
──
今回の展覧会には、
若いころの写真も選ばれてるんですか?
上田
これとか、そうですね。
──
いつごろの‥‥?
上田
24歳のとき、1982年です。
──
まさに、デビュー直後の写真ですね。
上田
『流行通信』という雑誌から
はじめていただいた仕事なんです。
──
おお、はじめてのお仕事。

でも『流行通信』といえば
「アート色の強いファッション誌」という
イメージですけど‥‥
ファッションの写真ではないですよね?
上田
はい、これは
「トロカデロ・デ・モンテカルロバレエ団」
という、
男性が「白鳥の湖」なんかを踊るバレエ団。

彼らが日本で公演をするというので、
モノクロページで
ポートレイトを撮影させていただきました。
──
この写真を選んだのは、なぜですか?
上田
はじめての仕事だということもありますが
何より「写真として好き」なんです。

こんなの、撮れないなあとも思いますしね。
──
それは「今、撮れない」ということですか?
上田
ええ、撮れないですね。二度と。
──
デビューしたての若者だったころより
キャリアを重ねて、
撮影やプリントの技術も磨いて、
世間的な評価も得てきたわけですけど、
それでも、撮れないですか。
上田
うん‥‥いや、撮れないですよ(笑)。

そういったこととは関係なく、
二度と同じものを撮ることができないのが
「写真」ですから。
──
同じ写真は二度と撮れないって
今日、何度かおっしゃっていますけど、
それほど、強い思いなんですね。
上田
写真って「瞬間的」で「永遠」だからです。

似た写真を撮る「技術」なら、ありますよ。
でも、「この写真」は絶対に撮れない。
抽象的な言いかたをして
ケムに巻いているわけじゃなくて
写真って、
同じものを撮ろうとしたって無理なんです。
──
似て非なるものに、なってしまう?
上田
この写真が持っている
ドキドキする感じ、ワクワク感、緊張感を
真似しようとしても
見る人をダルくさせてしまうだけだと思う。
──
ダルく。
上田
ええ。だって
「似たようなものの連続」を見せられたら、
つらいじゃないですか。

何かを押し付けられてるみたいで。
──
たしかに。
上田
同じように撮っても、同じに撮れない理由は
二度目は、僕自身がドキドキしていないから。

逆に、
「同じような被写体を撮っているのに、
 どうしてこんなに
 ずーっと、見続けられるんだろう?」
という写真があったら、
たぶんそれって、少なくとも撮った人が
ずっとドキドキしてるからだと思う。
──
ここに選ばれている写真は
どれも印象深いものだと思うんですが、
上田さん的に
中でも「これは」というものは‥‥?
上田
そうですね、たとえばこの写真などは
スコットランドの風景ですけど
シャッターを切った瞬間、
「今、そうとう変なものを撮ったな」
と思ったんです。
──
変なもの‥‥でも、たしかに目につきます。
風景写真ですけど
いや、どうしてだろう‥‥なぜか。
上田
一見、何でもないような風景なんですけど
ファインダーをのぞいたときに
「何だ、何だ?」と心がザワザワしました。

快感の要素、しびれる要素が凝縮している、
そんな風景なんだと思います。
──
それって具体的には、何なんでしょうか。
上田
ミケランジェロやダ・ヴィンチの絵の、
「遠景に描かれている風景」に
どこか、似ているような気もしてます。

何かのリズムが完全に整っている風景、
それを「絵のような」って
よく形容したりすると思うんですけど‥‥。
──
ええ。
上田
でも、 どうしてこの風景が気になるのか、
本当のところは
未だに自分でも解決していないんです。

でも、ひとつのヒントがあるとすれば
あとから聞いたんですが
左に見える木が「日本の松」らしいんです。
──
ああ、ほんとだ。

たしかに初見で、ここってどこなんだろう、
日本なのかなあと思いました。
上田
それが、きっと「違和感」なんですよね。

もし、この松がなかったら、
「ああ、きれいな風景」と思うだけですが
この松のおかげで
一見、完全に整った調和的な世界のなかに
違和感、ノイズが混じり込んでいる。
──
で、その違和感に対して
「おかしい、何か変だぞ!?」って感じて
惹きつけられるんでしょうか。
上田
そうなんだと思います。

こっちの写真も、そうです。
築地にあるお宅に広告写真を撮りに行って
ぱっと目に入った風景なんですが。
──
記念日か何かですか?
上田
お子さんの誕生のお祝いをする日でした。

そのようすを撮影したんですが
待ち時間、この部屋の前を通ったときに
この場面が見えたんです。
──
そこで、広告とは関係なく、撮った?
上田
そう、説明しづらいんですけど
このときも「何か写っちゃったな」と。
──
何か‥‥?
上田
やはり「調和」というか、「全体」というか。

今回の僕の展覧会のために、
ハンス・ウルリッヒ・オブリストという人が
「上田義彦は
 断片を撮っているにもかかわらず
 全体を表現しようとしている」
ということを、書いてくださっているんです。
──
ええ、読ませていただきました。
上田
読んで、すごく腑に落ちたんです。
──
あ、ご自身でも。
上田
写真って、常に「断片」だと思うんです。

観念的な意味という以前に、
まず具体的なフレームが、ありますから。
──
どの部分を写すかというのは
どの部分を写さないか、
どの部分で切るかという選択の結果、
ですものね。
上田
でも、その「断片」に
「世界全体」が写り込んでいなかったら
「残る写真」には、ならないです。
──
なるほど。
上田
なぜなら、ただの「断片、かけら」だと、
「運動」が起こらないんです。

断片から
世界全体を想像できるような「運動」が。
──
それって、
フレームの外側に漂う気配が想像できる、
みたいなことでしょうか?
上田
そう言っても、いいかもしれませんね。
残る写真って、みんなそうです。
──
いま「運動」という表現がありましたけど
どういうことなのか、
もう少し、具体的に教えていただけますか?
上田
まるで、生きているように見えるんです。

断片に世界が写り込んできて、
もう‥‥処理しきれないくらいの情報が
表面にブワーッとうごめいていて、
まるで生き物みたいに見えることがある。
──
へぇー‥‥。
上田
科学的な根拠なんかはありませんけど
なぜ感動するんだろう、
ぼくは、どうして、この写真のことを
「わあ!」「いいなあ」って
思っちゃったんだろうかって考えると、
いつも、そういう理由なんです。

ですから、もし写真や絵を見ていて
どうしてもやめられなくなっちゃったときは、
「断片」のなかに
「世界全体」が写り込んでいる、
そのことから
目が離せなくなっているんだと思います。

<つづきます>
(2015-05-06-WED)
佐久間裕美子さんの本

デビュー以来35年あまりの写真から
上田義彦さんが
「今でもドキドキする写真」を250点、
厳選して展示しています。
600平米(!)の真っ白い大空間に
有名な広告写真、
独立後はじめてもらった雑誌の仕事、
写真家としての作品、
プライベートなスナップショット‥‥。
テーマも年代もバラバラですが
上田義彦という写真家の
「カメラとともにあった半生」に
圧倒される内容です。
7月まで開催していますので、ぜひ。
また、同名の写真集も販売中。
586ページの大著、
収蔵点数も300点を超えています。
1ページ1ページ、
「上田義彦さんの35年あまり」
に見入っていたら
すぐに1時間くらい経っちゃう本です。

展覧会「A Life with Camera」

会場:Gallery916
住所:東京都港区海岸1-14-24
   鈴江第3ビル 6F 
   ※会場mapはこちらから  
会期:開催中(12月27日・日曜日まで)
開館時間:平日 11:00~20:00
     土日・祝日 11:00~18:30
定休:月曜日(祝日を除く)
入場料:一般/800円、
    大学生・シニア(60歳以上)/ 500円
    高校生/ 300円、
    中学生以下/ 無料

写真集『A Life with Camera』

著者:上田義彦
序文:ハンス・ウルリッヒ・オブリスト
編集:菅付雅信、上田義彦、中島英樹
装丁:中島英樹
定価:19,440 円