いきなり男が部屋に入ってきた 会ったこともない男だ 玄関の鍵はかかっていたはずだが 顔を見た 敵意はなかった 咄嗟に水のような顔だと思った 「いったいどこから……」と言いかけると 唇に人差し指をあてた 被害者という言葉が浮かんだ 私は被害者なのだ だが 何の? 男は何もしていない ただ黙って入ってきただけだ それも加害なのか 男と女が喋りながら道を通る 何が目的で私の家に侵入したのか 人の怨みを買った覚えはない 金が欲しいのならいくらかはある それとも…… 気づかずに私は何かの禁忌を犯したのか 男がテレビのスイッチを切った 最初の驚きが恐怖に変った それを抑えようとした 呼吸が速まった 〈戦いの後にはいつも夥しい死体が残される〉 呟くような言葉が男の口から漏れた 〈女王はその事実に耐えねばならない〉 男が口をきいた瞬間恐怖は鎮まった なんだこいつ売れない役者なのか 誰が書いた台詞だっけ ラシーヌか 私に口をはさむ間を与えず男は続ける 〈だが野の寡婦は事実を生きるしかない 体内の寄生虫とともに菌とともに 君はどうする気だ?〉