3「知らなかった」は
勉強不足。
- 乗組員B
- ドーピング検査で引っかかる選手は、
ほとんどが意図されたものなのでしょうか。
私たちがニュースで見ているだけでも、
かぜ薬に含まれていたとか、
意図せずに禁止成分が含まれていたという話も
耳にしたことがあるのですが。
- 平井
- 日本人の場合、
意図したドーピングで引っかかった人は
過去にもあまりいなくて、
意図せずに摂取した薬やサプリメントで
引っかかることが多いです。
ただ‥‥。
- 乗組員B
- ただ‥‥。
- 平井
- ただ、これはあくまで私の主観ですが、
「かぜ薬に入ってました」については、
正直、勉強不足だと思うんです。
そして、サプリメントを
色々な意味での競技力向上を目的として
摂取したということであれば、
すでに意図しているだろう、と。
どこまで意図したか、はっきりとわかりませんが、
摂取している物質から考えてみると、
意図的でないと摂れないケースがありますから。
- 乗組員A
- これを伺ってもよいものか、
微妙な質問をいいですか。
選手によっては、基準値のギリギリまでなら
ドーピングの恩恵を受けられるように
調整することはあるのでしょうか。
- 平井
- うーん‥‥、紙一重だとは思います。
日本の選手は比較的倫理観が強いので、
人に責められるような悪いことは、
できればしたくないからやらないという
タイプは多いんです。
でも、悪いこととは思わずに
やっていることもあるんです。
たとえば、薬はダメだけれど、
サプリメントを悪いとは思わない。
- 乗組員A
- 選手たちからしたら、
努力に近いこととしてやっているのでは。
- 平井
- サプリメントとドーピングの薬は
紙一重なものなんです。
これも個人的な意見ですが、
そもそも、選手がサプリメントを飲む理由って、
「強くなりたいから」ですよね。
強くなりたくなかったら
サプリメントは飲まなくてもいいわけです。
でも、それってドーピングの薬を
摂取する目的と同じで、
「意図的に強化したいから」飲んでいる。
- 原
- 自分で管理することも、
アスリートには必要なんです。
自分が摂取するものに対して
責任が持てないといけません。
- 平井
- もう引退されましたけど、
ハンマー投の室伏広治さんは、
自分が一度目を離したものを
食べたり、飲んだりしなかったそうです。
世界のトップに立っていた選手ですから
検査を受ける回数も多いこともあって、
かなり徹底されていましたね。
- 乗組員A
- 話は逸れますが、
ハンマー投は、
ドーピング検査で引っかかる選手が
多いイメージはあります。
- 平井
- ドーピングの効果は
単純な動きほど結果が出やすいんです。
走る、跳ぶ、投げるというような動きですね。
おおまかに説明しますと
パワー系か持久系かの2つに分かれていて、
陸上や自転車、ウェイトリフティングなどは
ハイリスクのスポーツとして挙げられます。
- 乗組員A
- ああ、想像がつきます。
- 乗組員B
- 選手たちはアンチ・ドーピングについて、
どのように学ぶのでしょうか。
私たちみたいな一般人が
普段気にせずに服用している薬が、
アスリートにとっては
ドーピングに抵触しかねないというのは、
知識がないと対応できませんよね。
- 平井
- 選手が薬について独自で勉強するのは難しいので、
薬剤師さんに相談することが多いですね。
薬を自分で選ぶのではなくて、
「自分はアスリートですが、
ドーピングで引っかからない薬はどれですか」
と聞いてから買うんです。
- 原
- スポーツファーマシストという
資格を持った薬剤師さんがいて、
どの薬局にいるかの情報は、
JADA(日本アンチ・ドーピング機構)の
サイトでも紹介しています。
- 乗組員A
- そういう仕組みがあるんですね。
- 平井
- アンチ・ドーピング機構の役割としては、
ノウハウを教えてあげるということですね。
- 乗組員A
- ときどき見かけるのが、
大会をさかのぼってドーピングで
失格になることもありますよね。
北京大会の男子400メートルリレーで
ジャマイカが失格になって
日本が銀メダルになったとか。
あれはつまり、検体がキープされていて、
分析が進化したことで発覚したのでしょうか。
- 平井
- ドーピング検査の規則では、
オリンピック2大会分をカバーできるように、
時効が10年と決まっているんです。
なので、東京大会の開催前には
リオデジャネイロ大会(2016年)と
ロンドン大会(2012年)の検体を再分析します。
- 乗組員B
- 過去大会の検体を再分析するのって、
どんな目的があるのでしょうか。
- 平井
- 過去にさかのぼって再分析することで、
技術の進化により陽性結果となる場合があります。
過去の違反を追及しておくことで、
現在の大会には出させないようにするんです。
- 乗組員B
- 大会に出場してから判明するほうが、
大変なことになるからですか。
- 平井
- 日本では室伏選手の例がありますが、
室伏選手がアテネ大会で表彰された時には
銀メダリストとしての表彰でした。
後日、金メダリストになっても、
その場(競技場)で金メダリストとしての
表彰を受けることができませんでした。
極端な言い方をしますが、
ドーピングをした選手によって
一生に一回の機会を奪われているわけです。
- 原
- アスリートには、
その場で表彰される権利があるんです。
表彰されるか、表彰されないかによって、
その後の人生は、大きく変わりますから。
- 平井
- 私たちとしては、競技が始まる前に
ドーピングしている人たちを追い出しておきたい。
なので昔に比べて、競技会外検査のウェイトが
大きくなってきています。
- 乗組員B
- 本来なら、その場にいてはならない人が
表彰されてしまうわけですもんね。
- 乗組員A
- 検体を保存している10年の間に
分析方法も進化していますよね、きっと。
- 平井
- 日々進化していますよ。
私はJADAに入って10年強になりますが、
この10年で、かなり変わりました。
昔なら検査対象とする選手を決めるのも
ランダムの要素が強かったのですが、
正確性に欠けるものではありました。
今は、インテリジェンスの時代で
対象を絞り込んで検査するようになっていますから。
- 乗組員A
- その変化は、
どうやって生まれたのでしょうか。
- 平井
- 簡単に説明すると、
昔のアンチ・ドーピング活動は、
お医者さんが主導だったんです。
でも、そこからリーガルの時代に変わりました。
法律家がルールを作ったり、裁判をしたり、
主導権を握るようになってきました。
今は、警察系の方々が主導していますね。
薬の密輸もあり得るので、
WADA(世界アンチ・ドーピング機構)と
インターポールと世界税関が手を組んで
情報を連携しあっています。
- 乗組員B
- 医者→弁護士→警察というのは、
取り締まりが厳しくなっていく感じがします。
(つづきます)
2019-05-24-FRI