東京オリンピック・パラリンピックに
出場する選手が受ける、ドーピング検査。
クリーンな大会を支えるための準備について、
東京2020組織委員会「アンチ・ドーピング」部門の
平井さんと原さんにお話をうかがいました。
数々の国際大会で得た学びをもとに
技術の向上や、法律の整備をして
効率よくストレスのない検査を
実現しようとしている人たちがいます。
東京大会を成功させるために、
あらたな試みも計画されているそうですよ。

3「知らなかった」は
勉強不足。

乗組員B
ドーピング検査で引っかかる選手は、
ほとんどが意図されたものなのでしょうか。
私たちがニュースで見ているだけでも、
かぜ薬に含まれていたとか、
意図せずに禁止成分が含まれていたという話も
耳にしたことがあるのですが。
平井
日本人の場合、
意図したドーピングで引っかかった人は
過去にもあまりいなくて、
意図せずに摂取した薬やサプリメントで
引っかかることが多いです。
ただ‥‥。
乗組員B
ただ‥‥。
平井
ただ、これはあくまで私の主観ですが、
「かぜ薬に入ってました」については、
正直、勉強不足だと思うんです。
そして、サプリメントを
色々な意味での競技力向上を目的として
摂取したということであれば、
すでに意図しているだろう、と。
どこまで意図したか、はっきりとわかりませんが、
摂取している物質から考えてみると、
意図的でないと摂れないケースがありますから。
乗組員A
これを伺ってもよいものか、
微妙な質問をいいですか。
選手によっては、基準値のギリギリまでなら
ドーピングの恩恵を受けられるように
調整することはあるのでしょうか。
平井
うーん‥‥、紙一重だとは思います。
日本の選手は比較的倫理観が強いので、
人に責められるような悪いことは、
できればしたくないからやらないという
タイプは多いんです。
でも、悪いこととは思わずに
やっていることもあるんです。
たとえば、薬はダメだけれど、
サプリメントを悪いとは思わない。
乗組員A
選手たちからしたら、
努力に近いこととしてやっているのでは。
平井
サプリメントとドーピングの薬は
紙一重なものなんです。
これも個人的な意見ですが、
そもそも、選手がサプリメントを飲む理由って、
「強くなりたいから」ですよね。
強くなりたくなかったら
サプリメントは飲まなくてもいいわけです。
でも、それってドーピングの薬を
摂取する目的と同じで、
「意図的に強化したいから」飲んでいる。
自分で管理することも、
アスリートには必要なんです。
自分が摂取するものに対して
責任が持てないといけません。
平井
もう引退されましたけど、
ハンマー投の室伏広治さんは、
自分が一度目を離したものを
食べたり、飲んだりしなかったそうです。
世界のトップに立っていた選手ですから
検査を受ける回数も多いこともあって、
かなり徹底されていましたね。
乗組員A
話は逸れますが、
ハンマー投は、
ドーピング検査で引っかかる選手が
多いイメージはあります。
平井
ドーピングの効果は
単純な動きほど結果が出やすいんです。
走る、跳ぶ、投げるというような動きですね。
おおまかに説明しますと
パワー系か持久系かの2つに分かれていて、
陸上や自転車、ウェイトリフティングなどは
ハイリスクのスポーツとして挙げられます。
乗組員A
ああ、想像がつきます。
乗組員B
選手たちはアンチ・ドーピングについて、
どのように学ぶのでしょうか。
私たちみたいな一般人が
普段気にせずに服用している薬が、
アスリートにとっては
ドーピングに抵触しかねないというのは、
知識がないと対応できませんよね。
平井
選手が薬について独自で勉強するのは難しいので、
薬剤師さんに相談することが多いですね。
薬を自分で選ぶのではなくて、
「自分はアスリートですが、
ドーピングで引っかからない薬はどれですか」
と聞いてから買うんです。
スポーツファーマシストという
資格を持った薬剤師さんがいて、
どの薬局にいるかの情報は、
JADA(日本アンチ・ドーピング機構)の
サイトでも紹介しています。
乗組員A
そういう仕組みがあるんですね。
平井
アンチ・ドーピング機構の役割としては、
ノウハウを教えてあげるということですね。
乗組員A
ときどき見かけるのが、
大会をさかのぼってドーピングで
失格になることもありますよね。
北京大会の男子400メートルリレーで
ジャマイカが失格になって
日本が銀メダルになったとか。
あれはつまり、検体がキープされていて、
分析が進化したことで発覚したのでしょうか。
平井
ドーピング検査の規則では、
オリンピック2大会分をカバーできるように、
時効が10年と決まっているんです。
なので、東京大会の開催前には
リオデジャネイロ大会(2016年)と
ロンドン大会(2012年)の検体を再分析します。
乗組員B
過去大会の検体を再分析するのって、
どんな目的があるのでしょうか。
平井
過去にさかのぼって再分析することで、
技術の進化により陽性結果となる場合があります。
過去の違反を追及しておくことで、
現在の大会には出させないようにするんです。
乗組員B
大会に出場してから判明するほうが、
大変なことになるからですか。
平井
日本では室伏選手の例がありますが、
室伏選手がアテネ大会で表彰された時には
銀メダリストとしての表彰でした。
後日、金メダリストになっても、
その場(競技場)で金メダリストとしての
表彰を受けることができませんでした。
極端な言い方をしますが、
ドーピングをした選手によって
一生に一回の機会を奪われているわけです。
アスリートには、
その場で表彰される権利があるんです。
表彰されるか、表彰されないかによって、
その後の人生は、大きく変わりますから。
平井
私たちとしては、競技が始まる前に
ドーピングしている人たちを追い出しておきたい。
なので昔に比べて、競技会外検査のウェイトが
大きくなってきています。
乗組員B
本来なら、その場にいてはならない人が
表彰されてしまうわけですもんね。
乗組員A
検体を保存している10年の間に
分析方法も進化していますよね、きっと。
平井
日々進化していますよ。
私はJADAに入って10年強になりますが、
この10年で、かなり変わりました。
昔なら検査対象とする選手を決めるのも
ランダムの要素が強かったのですが、
正確性に欠けるものではありました。
今は、インテリジェンスの時代で
対象を絞り込んで検査するようになっていますから。
乗組員A
その変化は、
どうやって生まれたのでしょうか。
平井
簡単に説明すると、
昔のアンチ・ドーピング活動は、
お医者さんが主導だったんです。
でも、そこからリーガルの時代に変わりました。
法律家がルールを作ったり、裁判をしたり、
主導権を握るようになってきました。
今は、警察系の方々が主導していますね。
薬の密輸もあり得るので、
WADA(世界アンチ・ドーピング機構)と
インターポールと世界税関が手を組んで
情報を連携しあっています。
乗組員B
医者→弁護士→警察というのは、
取り締まりが厳しくなっていく感じがします。

(つづきます)
2019-05-24-FRI