東京の虫を見る人。 写真家・菅野絢子さんの虫写真を、昆虫学者の中瀬悠太先生と眺める。 東京特集
第1回 東京に虫が少ない理由。
──
まずは、菅野さんがお撮りになった作品を、
拝見したいと思うのですが‥‥。
菅野
ええ!? 恥ずかしいです。
──
いえいえ、ぜんぜん大丈夫ですし、
そのために、来ていただいてますので‥‥。
菅野
そうか。
──
とくに、こちらの中瀬先生なんか
朝イチで、特急に乗って
長野県にある信州大学のほうから。
中瀬
はい(笑)。
──
じつは、ついさっきまで、
「東京の虫」を撮影しようということで、
みんなで、暑いなか、
菅野さんが「あのへんいそう」と言った
東京タワー周辺を
ウロウロと、徘徊していたのですが‥‥。
菅野
す、すいません。
──
あまり見つかりませんでしたね‥‥虫。
中瀬
東京には、虫はあまりいないんですよ。
──
え!
菅野
そうなんだ。やっぱり~。
──
冒頭から
企画の根本を揺るがすような展開です。
中瀬
いや、東京というのは、
もともとが「まっ平ら」な土地なので、
単調で多様性が低く、
そもそも昆虫の数自体が少ないんです。
──
東京に虫がいない理由は、平らだから?
中瀬
都会になったことに加えて、
関東平野というところはもともと海で、
群馬のあたりまで、
ついこの間‥‥つまり何万年か前まで
海に浸かっていて、
陸地になってから日がまだ浅いために、
山の生きものが少ないんです。
──
何万年‥‥でも「最近」、なんですね。
生態系のスケールで話をすると。
中瀬
そうですね。

いちばん最後の噴火が3万年前であると
言われている箱根山なんかでも、
周囲の山にくらべたら、
昆虫の数、圧倒的に少ないですし。
──
つまり、一回ゼロになってから、
3万年かかっても、戻ってきていないと。
中瀬
はい。
──
生態系を元の姿に戻すのって、
本当に、大変な大仕事だってことですね。

壊すのは一瞬かもしれないけど。
中瀬
そうなんです。
──
そのような中、菅野さんは、
虫の少ない東京で、がんばって撮って。
菅野
はい。がんばってはいないですが。
──
もう何年くらい撮ってるんですか。
菅野
10年くらいかなあ。
──
それは、虫がお好きで?
菅野
はい。
虫だけじゃなくて、生きものが好きです。
──
中瀬先生は、はじめて見ると思いますが、
素敵なんですよ、菅野さんの写真。

「生活の中に見つけた、ちいさないのち」
みたいな、うれしさがあって。
菅野
えーと、どこがいいんでしょうか。
──
いや、そう直球で聞かれると。本人から。

でも、そうですね、見たことありそうで、
ちょっと見たことないなって感じがする。
菅野
ふぅん‥‥。
中瀬
たしかに、虫を撮ってる人は多いですが、
背景まできちんと、
東京の町ですよってわかるような写真は、
あんまり見たことないかも。
──
ですよね、先生。
中瀬
そこに菅野さんの個性があると思います。
──
菅野さんを知ったきっかけは、
菅野さんが、いまみたいに遠慮がちに、
「わたし、
 こんな写真を撮っているんですけど」
というメールをくれたからでして。
菅野
そうでした。
──
正直なところ、そのようなメール自体は
たまにいただくんですけど、
「あ、素敵!」
と思って、実際にお会いして、
じかに作品を見せていただくケースって、
じつはあんまり、ないんです。
菅野
えぇ!
──
いやいや、そんなに驚かなくても。
菅野
だって、そうなんですか。
中瀬
ちなみに、菅野さんは
これらの写真を、
どういうカメラで撮ってるんですか。
菅野
コンパクトカメラです。ちっちゃい。
──
こういうのも、そのカメラで? 
菅野
はい、ぜんぶそうです。
飛び立つ瞬間、パシャっとしました。
──
どれくらいの頻度で、
町に撮影に出てらっしゃるんですか。
菅野
決まってないんです。
春が来て、なんか思いついたときに。
──
今日はあんまりいなかったですけど、
ふだんは、もっと出会えるんですか。
菅野
シャクトリムシとか、わりといます。
──
へえ、目を凝らせば。
菅野
けっこう、ウネウネしてます。
中瀬
シャクトリムシはシャクガの仲間で、
数としては、多いんですね。

緑地があれば、だいたいいますから。
菅野
虫じゃないけど、
この間、阿佐ヶ谷にヘビがいたんです。

これです。道に、デローンとしてた。 
中瀬
アオダイショウですね。

アオダイショウはネズミを食べるから、
案外、
飲食店街などでも見ることがあります。
──
へえ、そんなごみごみした町中にも?
中瀬
ネズミがたくさんいるような場所‥‥
つまり
繁華街の排水口みたいなところに、
住んでるんじゃないですかね。
──
なるほど、飲み屋街にアオダイショウ。

「それも東京」って言いますか、
ぼくらが表面的に見ている部分だけが、
東京じゃないということですね。
中瀬
ええ、そうですね。
虫や動物にとっての東京でもあります。
──
ぼく、この写真、好きなんですよ。 
中瀬
ああ、いいですね。
──
何ていう蝶ですか、これ?
中瀬
ナミアゲハかな。
──
この写真を撮ったときは、
2羽で追いかけっこしてる感じ‥‥で?
菅野
そう。夫婦なのか、恋人なのか。
中瀬
オス同士でしょうね。
菅野
え!
──
へぇ。
菅野
オス同士? なんで? ホントですか?
中瀬
蝶の間では、オス同士で競争して、
勝ったほうがその場に残れるみたいな
習性があるんですよ。
──
つまり「縄張り争い」ってことで?
中瀬
そうです。
菅野
ええーーー‥‥そうなんだ。ビックリ。

夫婦か恋人同士で、
じゃれあってるのかなと思ってました。
──
ラブラブなシーンじゃなかった。
菅野
もう、超ラブラブだと思ってた。
すごい新事実。わー、ビックリ。
<つづきます>
2017-08-23-WED