──

上京にあたって、人びとが
気をつけたほうがいいことはありますでしょうか。

みうら

いちばん肝心なのは、
東京に出たあと、
最初に里帰りするときなんです。
そこは要注意です。

──

上京時ではなく里帰り時ですか。

みうら

東京には
「じゃん」と「さー」という菌が
はびこっているでしょ。
地方から上京した人が
「東京の人たちが意外に冷たくない」ことに
気づいたとたん、
己らの口からも「じゃん」が飛び出すことになります。
それはもう、じゃんじゃん飛び出しますからね。

──

わはははは。

みうら

「じゃん」と「さー」の菌が入った頃が、
最も高熱が出ている時期とされています。
患者はどんなものに対しても
「じゃん」と「さー」をつけなければ
気がすまないようになり、
「じゃんさー」とくっつけて言うこともあります。
おかしな言葉の語尾につけていたとしても、
その時期はそんなに東京の人と親しくないはずなので、
注意されることもないわけで、
後にこっそり
「じゃんは横浜の言葉だよ」
などと指摘され、顔から火が出ますからね。
問題なのは、そんな菌が入って
おかしなことになっている自分に
気づかない状態で
里帰りをしてしまうことです。

──

いったいどんなことになるのでしょう。

みうら

ぼくが里帰りしたとき、
大阪の友だちと飲みにいったんですが、
たまたま入った店が
阪神タイガースの大ファンのマスターがやっている
居酒屋さんでした。
しばらくカウンターのはしっこのほうで、
友達と楽しくしゃべっていたのですが、何かの拍子で、
「◯◯がさー」が
ぼくの口から出てしまったんです。

その瞬間、
カウンターの向こうのマスターが飛んできて、
「おいおい！　
いま『さー』とか言うたん誰や」
「誰や誰や」
と、最悪な状態になってしまって。

つまり、ヤクルトor巨人なんでしょう。
ファンの方って、そういう、
国家単位のような、枠組みで測っていく
傾向がありますでしょ。
そのマスターも、郷と球団を
いっしょに考えてしまっているようでした。
「おまえ、東京人か？」
「いや、違います‥‥」
「調子に乗ってるんちゃうぞ」
と、ものすごく怒られる結果になってしまいました。

それ以降、「じゃん」や「さー」が
出そうになったときは
「やんけ」を必死でひねり出し、
誰よりも関西人を主張するようになりました。

──

たいへんな思いをなさいましたね。

みうら

ですから、関西地方に故郷のある方は、
関ヶ原のトンネルで語尾を切り替えてくださいね。
昔は冬場、雪でよく新幹線が止まったもんですよ。
２時間遅延すると特急料金が払い戻しになるんですが、
新幹線も考えたもんで、
１時間55分くらいで回復して走り出したもんです。

──

わはははは。

みうら

しかしそこがポイントです。
そのシンキングタイムが、
関ヶ原のトンネルにはあるんですよ。
「じゃん」「さー」に感染した人間が、
「やんけ」「そやなぁ」に変換していくための
停車時間なのです。
東京は、調子に乗っている、気取っている、
というイメージが
まだ色濃く地方には残っていますので、
気をつけてくださいね。
東京に出ていくのは簡単です。
いったん戻るとき──そこに問題が発生すると
肝に銘じて。

ぼくはうちのおかんにまで
「あんた、変わったなぁ」と
失望されたことがありました。
「変わる」ということは、進化するということで
本来はよろこばしいことです。
しかし、故郷の人からすると
「変わった」は、冷たい鬼になること。
決していい方向に、ということではないのです。
それを知っておきましょう。

──

よくわかりました。

みうら

ぼくはいままでトークショーなどで
全国いろんな場所を訪れましたが、
初期のころは関西地方のイベント出演を
はずしてもらうようにしていました。

──

それはどうして‥‥。

みうら

当然、「じゃん」「さー」が出た途端、
会場がざわつくからです。
ネタよりも「じゃん」にひっかかるといっても
過言ではありません。
「あーあ」
「聞いてられへんな」
「あの人変わったな」
会場全体がそう思っていたことでしょう。
ですからつい、「じゃん」が出た際には
「じゃんけぇ！」と、不自然に語尾を強調して
しのぐという時代がありました。

でも、上京40を果たしたいまではもう、
関ヶ原でも切り替えることはありません。
「エセ東京人」からフツーの「東京の人」として
関西のイベントに
堂々として出られるようになりました。
完璧な東京弁であれば地元も許してくれるのです。
やっぱりみなさん、東京には憧れがあるんです、
なんといっても首都ですからね。
「東京からわざわざお越しに」という
ことになるには、もうあと
20年くらいかかるかもしれませんけどね。